第47話 素敵な先輩と素敵な先生
「……そうか。そんなことがあったのに力になれなくて申し訳ない……」
「でも~、みなさんが無事で本当に良かったです~」
おれの『異常者』呼ばわりのときもそうだけど、アイシス先輩はちょっと責任感が強すぎると思う。別に、アイシス先輩は全然悪くないんだけどなあ。それと、ルミル先生のほうは口調こそ普段と同じだが、その表情と声音からは普段以上の優しさと気遣いを感じられた。
その後、曇った表情をしていたアイシス先輩が真剣な顔になって話し始めた。どうやら、すっぱりと気持ちを切り替えたようだ。
「過ぎたことはどうしようもない以上、今すべきは今後の対策だな。まず、この学院と女子寮の中は安全だ。登下校中も他の生徒がいるし距離も近いから問題はないだろう。となると、残る問題はやはり外出中か……」
「そうですね~。一人では出歩かず、出来る限り誰かと一緒に出かけてもらうしかないですね~」
「だが、同行者には強さが必要だな。私が女子寮に暮らしているのならその役目を担うが、生憎私は私邸暮らしだからな。かといって、他の生徒や寮長・寮管に負担を強いるわけにもいかないし……」
アイシス先輩はすぐにいい考えが浮かばず言葉に詰まる。そんなアイシス先輩に声をかけたのは他ならぬリミア自身だった。
「あの、そこまで心配してくれなくても大丈夫ですよ」
「どういうことだ?」
「わたし自身が強くなるつもりですし、そうなるまではレインさんが守ってくれますから」
「つまり、当面の間は外出時にバーンズアークが同行するということか?」
「……えっと、はい、そんな感じです……」
リミアは頬を少し朱に染めて、左手に付けている盟約の指輪を右手で隠しながらそう答えた。おれとしては別に話して構わないのだが、どうやらリミアのほうは盟約の指輪に関しては言いたくないようだ。ならば、おれもそれについては言わないようにしよう。
「そうか。確かに、バーンズアークの実力なら問題ないだろう。君のほうもそれでいいのか?」
「はい、おれは大丈夫です」
「では、すまないが頼む。あと、すべきは生徒達への注意喚起だな。今回は光魔法の使い手というのが主因のようだが、他の生徒になにも起きないとは限らない。生徒会のほうでも動きますが、先生のほうでも対応をお願いできますか?」
「分かりました~。こっちは任せてください~」
「ありがとうございます。……とりあえずはこんなところだろう。では、アトレーヌとラステリースは特訓に戻ってくれて構わない。……ただ、バーンズアークだけは残ってくれ」
「はい、お気遣いありがとうございました」
そう言って、リミアとサフィアはこの場を離れ、魔法の特訓を再開した。
それで、おれだけ残されたのはなんでだろう? あ、もしかして誘拐の件で活躍したおれを褒めてくれたりするのかな。かういうおれも褒められると伸びるタイプの人間だから、是非とも褒めて欲しい。欲を言えば、ご褒美として頭を撫でて欲しい。
そんな欲望を抱いているおれに対し、アイシス先輩が視線を向けた。
「さて、バーンズアーク。君にはお小言がある」
「……え? な、なんですか……?」
褒めてもらえるのかとワクワクしていたおれだが、実際にはその逆でお叱りを受けるようだった。いやでも、アイシス先輩に叱ってもらえるとか、これはこれでご褒美なのでは? ……いや、いかんな。今は真面目に話を聞くべきだ。
「まず、君は誰にも声をかけずに誘拐犯の元へ向かったそうだな?」
「はい、急いだほうがいいと思ったので」
「確かにそうだが、君はそのとき男子寮にいたのだろう? それなら、他の生徒に言伝を頼むくらいは出来たはずだ。自分の実力に自信があるのはいいが、過信は禁物だぞ」
「……それは、そうですね……」
アイシス先輩はやや厳しめな目をしながら言葉を続ける。
「次だが、ラステリースは連れて行くべきではなかったな。彼女の気持ちを汲みたいというその想いは理解出来るが、本人の実力を考えればやはり危険が大きい。友人を大切に思うなら、ときには厳しくすることも必要だぞ」
「……はい、すいませんでした」
「……まあ、そういう状況では冷静な判断は出来ないからな。仕方がない部分もあるよ。それと、すまないな。今回の件で、なにも出来なかった私に叱られるのは納得がいかないだろうが、良ければ気に留めておいてくれ」
「……いえ、納得出来ないとかそんなことはないですよ。忠告ありがとうございました」
そう言って、おれは頭を下げた。やっぱりこうして叱られると凹むなあ。
「では、最後に一つ」
……ぐっ。お小言は終わったと思ったがまだあったのか。さらなるダメージを覚悟していたおれだが、その予想に反してアイシス先輩は優しい声で言葉を発した。
「アトレーヌとラステリースが今ここで平穏に魔法の特訓に励めるのは君のおかけだ。無事に事件を解決してくれてありがとう。バーンズアーク」
アイシス先輩は先ほどの厳しい目から一転し、優しい目でおれのことを見てくれていた。この人は厳しさと優しさを併せ持った素敵な先輩なんだと思う。
「……そういえば、ラステリースに礼を言ってなかったな。少々失礼する」
アイシス先輩はサフィアの元に向かっていった。その後、おれ達のやりとりを黙って見守ってくれていたルミル先生が口を開いた。
「では~、先生からも一ついいですか~」
「もちろんです。なんですか?」
「今後~、なにかあったときは先生を頼ってくださいね~。だって~、先生は教師でみなさんは生徒、そして~、先生は大人でみなさんは子どもなんですからね~。教師であり大人でもある先生は~、生徒であり子どもでもあるみなさんのことが~、と~っても大切なんですからね~」
「……はい、ありがとうございます」
とても優しい声音でそう言ってくれたルミル先生に対し、おれは頭を下げてお礼を言った。
本当に、本当にありがたい話だ。アイシス先輩はとても素敵な先輩で、ルミル先生はとても素敵な先生だと、おれは心からそう思った。