第42話 いつもと違う視線
おれは今、アイシス先輩と一緒に登校デートをしている。
ただ、惜しむらくは男子寮から魔法学園までの距離は、徒歩で十分くらいしかないことだ。普通、登校や通勤時間は短いほうがいいはずなので、こんな落とし穴が存在するとは思いもよらなかった。
一応、楽しく雑談をしながら歩いているが、このままではすぐに魔法学院に着いてしまう。……こうなったら、わざとゆっくり歩こうかなあ。
いや、違うよ。女の子のほうが男より歩幅が短いがゆえの配慮だよ。まあだから、最初から普段よりはゆっくり歩いているよ。なんたって、おれは気遣いが出来る紳士だからね。
そうやってアイシス先輩への配慮を行っていたおれだが、普段の登校とは明らかに違う、とあることに気が付いた。
「なんか、周囲に人からの視線を妙に感じますね」
「それは私が一緒にいるせいだろうが、確かに妙だな」
おれからしてみれば妙だったのだが、言われてみればアイシス先輩が注目されるのは当然のことか。だけど、アイシス先輩も妙に感じる?
「どういうことですか?」
「いつも感じている視線とは違い、好奇や驚きの眼差しといった印象だな」
なるほど。そういうことか。ただ、アイシス先輩が妙だと感じた理由は分かったが、そういう視線になった理由は分からない。まあ、いつもと違う視線ということは、見られているこちら側にいつもと違うなにかがあるということになる。
だとすると、それはなにか? ………………はっ、そうか、そういうことか。
「いつもと違う理由が分かりましたよ。アイシス先輩」
「そうか。では、すまないが教えて貰えるか?」
「はい、もちろん。その理由とはズバリ、このおれが付けているマントです」
「マント?」
「だって、こんなにカッコイイマントを付けている人間が二人揃って歩いているんですよ。そりゃみんな注目しますよ」
「ふむ。そういうものだろうか……」
そう言って、アイシス先輩は首をかしげた。まあ、女の子であるアイシス先輩はマントのカッコよさもあまり理解出来ていないようだし、こういう反応になるのも仕方がないだろう。
だって、こちらを見ている男子の中には、やけに悔しそうな視線を向けてる奴とかいるからな。あれはきっと「ぐぬぬ。なんて羨ましいんだ。俺もあのカッコイイマントを付けたい」とか思ってるに違いない。
こうして、おれはそのカッコよさゆえの注目を浴びながら、登校デートを楽しむことが出来た。
*****
アイシス先輩との登校デートを終え、今おれがいるのは自分の教室。座っているのももちろん自分の席。
というわけで、今はいつもと違うという状況ではないのだが、ここでも妙に視線を感じた。そして、おれにそんな視線を向けている人達がなにやらヒソヒソと話し始める。
「ねえ、あれってアイシス様が付けているマントと同じだよね? どういうことなの?」
「それなんだが、俺見たんだよ。今朝アイシス様があいつと一緒に登校しているのを」
「えっ、それって、そういうことなの!? もはや、匂わせとかそういうレベルじゃなくない!」
「つまり、マントでペアルックをした上に登校デートってことか!?」
「いやいや、あり得ないでしょ。だって、あの変わり者のバーンズアーク君だよ」
「だよなあ。きっと、あのマントも一緒に登校していたのも、アイシス様のご慈悲の賜物だろう」
ふむ、声が小さいからほとんど聞こえないが、マントという言葉は聞き取ることが出来た。つまり、このマントがカッコよくて注目しているということか。フッ、このクラスにもなかなか分かっている奴がいるようだな。
さて、いつもと違う視線といえば、おれの左隣からもそれを感じるな。
「リミア。さっきから何度もこっちを見てるけど、どうかしたか?」
「え!? わ、わたし、レインさんを見てましたか!?」
「ああ。何度も視線を感じたぞ」
「……そ、そうですか。……その、すいません」
「いや、別に謝るようなことじゃないぞ。さっきはああ言ったが、リミアがおれのことを見ていた理由は分かってるんだ」
「……!? き、気付いてるんですか!?」
そう言ったリミアの顔はみるみるうちに赤くなっていった。加えて言うと、なにやらあわあわしているように見える。そんな可愛らしいリミアに対し、おれは気付いたその理由を口にする。
「つまりあれだろ。おれのことがカッコイイと思ってつい何度も見ちゃったんだろ」
「……え?」
「……あれ、違った?」
「……い、いえ。そうですね。レインさんは、その、……カッコイイと思います」
リミアはそう答えると、その赤い顔を隠すかのように俯いてしまった。やはりそうか。そうだよなあ。どう考えてもカッコイイもんなあ。このマント。
そんな会話をした後は、リミアからの視線は感じなくなった。では、今のリミアがなにを見ているかというと、昨日おれがあげた盟約の指輪にその視線を向けていた。
なにやら、かなり嬉しそうに指輪を見ているし、ずいぶんと気に入ってくれたようだ。まあ女の子だし、きれいに光り輝く指輪などそう言う物が好きなのだろう。
そんなことを考えていたおれに対し、右隣から声をかけられた。その相手はもちろん、おれの人生の二人目のメインヒロインことサフィアだ。
「ねえ、レイン。ミアから話は聞いたんだけど、あなた男女が左手の薬指に指輪を付ける意味って分かってないのよね?」
「ああ、そういえばそれ知らないんだよな。どういう意味があるんだ?」
おれがそう答えると、サフィアはジト目でこちらを見た。前も思ったけど、やっぱり美少女のジト目って悪くないよね。というか可愛い。だが、可愛いという観点で言うと、そもそもサフィアが可愛い。
そして、そんな可愛いサフィアが「はあ……」とため息をつき、やや頬を朱に染めながら口を開く。
「それは……、その、……あれよ」
「いや、どれだよ」
「……その、けっ……よ」
「え? なんだって?」
「……だから、その、……こんよ」
「え? なんだって?」
指輪の意味を教えてくれているサフィアだが、肝心な部分になると声が小さいため、残念ながらおれには聞き取れなかった。
「……やっぱり教えない」
「ええ、どうして……?」
「別にいいでしょ。そんなのあたしの勝手よ」
「まあ、それはそうだけど。というか、ちょっと機嫌が悪くないか、お前?」
「……なんだかこの話をしていると、この辺が少しモヤモヤするのよ」
そう言って、サフィアは自分の胸の辺りを手で抑えた。もしかして、不整脈かな?
「大丈夫かそれ? 痛かったりするのか?」
「そんなに大したことは無いわよ」
「それならいいけど……。まあ、あれだ。痛かったり苦しかったりしたら我慢せずに言えよ」
「……ええ。ありがと」
まあ、本人も大したことは無いって言ってるし、とりあえずは大丈夫だろう。ただ、こうなると、この左手の薬指に指輪を付ける意味というのは、サフィアにとっては嫌な話なのかもしれない。
そうなると、まいったな。サフィアにとって嫌な話だとするならば、意味が気にはなるがサフィアはもちろん誰かに訊かないほうがいいのかもしれない。もし、おれが意味を知ったとサフィアが気付いた場合、またサフィアの体調が悪くなるかもしれないしな。
……仕方がない。サフィアのためにその指輪の意味については一旦忘れることにしよう。