第34話 つばぜり合い
おれは部屋の中にあった階段からまた下へと降りていく。
階段を降りきった先にはまた小さな部屋があり奥にはドア。さっきと似たような構造だな。
魔力の反応からリミアはこのドアを開けた先の右のほうにいるな。そして、おそらくまだ下に部屋があり、もう一人の敵はそこにいる。だが、この階に上がって来ているようなので、そいつが来る前にさっさとリミアのところに行こう。
おれはドアを開けて先へ進む。すると、また先ほどと同じように殺風景で広めの部屋があり、右側にドアがあった。そのドアを開けると、部屋の端にベッドがありリミアはそこに横たわっていた。
「良かった、無事だ。……これはたぶん<睡眠>で眠らされてるな。それなら……」
おれは回復魔法の<解毒>を発動した。その魔法の効果により、毒魔法である<睡眠>の効果が消え、リミアは無事に目を覚ました。
「……あれ、ここは? え? レインさん?」
「起きたな。リミア、眠る前になにがあったか覚えてるか?」
「……えっと、サフィアさんがお店から出てくるのを外で待っていたら、少し手を貸して欲しいって男の人に頼まれて、その人に付いて行ったら……、っ!!」
リミアは誘拐されたときの恐怖を思い出したのか、おれに抱きついてきた。おれはリミアを安心させるようにその身体を優しく抱きしめる。
「……その、なにか魔法を使われたみたいで。それで、抵抗しようとしたんですけど、いつの間にか眠っていたようです……」
「そうか、分かった。嫌なことを思い出させてごめんな。けど、安心しろ。もう大丈夫だから」
「……はい、ありがとうございます。レインさん」
「……それで、お前はいつまでそこで見ているつもりなんだ。悪党だと思っていたが、空気を読むあたり案外優しいのか?」
おれはドアの近くに立っていたもう一人の誘拐犯に背を向けたまま声をかけた。
「いえいえ、まるで演劇でも見ているようで、途中で割って入るのが忍びないと思っただけですよ。さて、これが演劇なら、あとは悪党を倒してめでたしめでたしとなるのでしょうが、果たして今宵の舞台はどうなることやら……」
「……そうだな。これが演劇なら悪党は捕まるか死ぬフリをするだけで済むんだがな。まあ、安心しろ。殺さないでやるから悪党は悪党らしくやられ役を演じてくれ」
「おやおや、まだ子どものくせに……、いえ、子どもだからこそ威勢がいいんでしょうか? さて、良ければこちらの部屋へ来ていただけますか? この部屋の中で戦いたくはありませんし、貴方もこの場で戦ってその女性を傷つけたくはないでしょう?」
「分かった、先に行ってろ。すぐに行く」
「はい、お待ちしてますよ」
そう言って、誘拐犯の男はおとなしく部屋を出て行った。まあ、この部屋に他に出入り口はないし、逃げられるわけがないということだろう。
「……あの、レインさん」
「安心しろ、リミア。おれが強いのはリミアもよく知ってるだろ?」
「……はい、そうですね。レインさんならきっと大丈夫ですよね?」
「ああ、大丈夫だ。だから、ここでおとなしく待っていてくれ」
だが、おれのその言葉を聞いたリミアは不安げな顔になり、口を開く。
「すいません、出来ればレインさんの姿が見えるところにいたいんですが……」
「……そうか、分かった。じゃあ、あのドアの前にいてくれ。ただし、危ないから部屋の外には出ないようにな」
「はい、分かりました。レインさん、気を付けてくださいね」
「ああ」
そう言って、おれはリミアから姿が見えるようにドアを開けっぱなしにして部屋を出た。
先ほどの広い部屋に戻ると、男が一人立っていた。上にいたモヒカンヘアの男とは対照的に穏やかな見た目で、とても悪党には見えなかった。まあ、詐欺師とかも見た目はいいらしいからなあ。その見た目の良さで油断させ、さらにリミアの優しさにつけ込んで騙し誘拐したんだろう。
さて、戦う前に一つ気になったことを訊いておくか。
「なぜ、リミアを誘拐した?」
「彼女は貴重な光魔法の使い手と耳にしましてね。その上、容姿端麗で素晴らしい。彼女のような女性を欲しがるような人が世の中にはいるんですよ」
つまり、目的は人身売買で、こいつに言わせればリミアは傷つけたくない大切な商品といったところか。確かに、言われてみればリミアにはこういう輩に狙われるには充分な理由があった。
「私からも一つよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「上にいた男はなにをしているのでしょう? もう一人の侵入者と戦っているようですが、なぜ貴方だけこうも早くここまで来れたのでしょうか?」
「ああ、あいつならおれの上級魔法にビビってあっさり道を空けてくれたよ」
おれのその言葉に、誘拐犯の男は顎に手を当てながら口を開いた。
「そうでしたか。それなら、彼ではどうしようもありませんね。しかし、上級魔法を使えるとは思っていたよりも手練れのようだ」
「お喋りはもういいか? さっさと始めたいんだが」
「これは失礼しました。では、そろそろ始めましょうか」
おれ達は互いに魔力を高め、臨戦態勢へと入った。
「では、先手をどうぞ」
「そうか。ならば、いかせてもらおう。<旋嵐疾風刃>」
相手は魔力障壁を展開し、おれの魔法を防いだ。魔力障壁には少しヒビが入ったくらいか。
「次はこちらからいきますよ。<剛塊岩石砲>」
おれも相手と同様に魔力障壁を展開して魔法を防ぐ。おれの魔力障壁にも少しヒビが入った程度だ。
「フッ、思っていたよりはやるようだが、上には上がいるということを教えてやろう。<剛塊岩石砲>」
相手は再び魔力障壁を展開し、おれの魔法を防ぐ。そして、先ほどとは違い、相手の魔力障壁はおれの魔法の前に一撃で砕け散った。
さて、どうするか。これくらいの実力を持った相手だと、<睡眠>のような毒魔法は防げるだろうし、やはり実力行使で無力化するしかないか。
そう考えていたおれに対し、相手はやや苦々しい表情をしながら言葉を発する。
「くっ、想像以上にやるようですね。ならば、体術のほうはどうでしょう?」
相手は身体強化を発動し猛スピードでこちらへ突っ込んできた。おれも同様に身体強化を発動してそれを迎え撃つ。
「こちらもなかなかの腕前のようですね」
「フッ、当然だ」
おれは相手の拳や蹴りをいともたやすく躱していく。かつて、師匠と行った体術戦闘に比べればこの程度は造作もないことだ。だが、問題点が一つある。
「ですが、体術では私のほうが上のようですね。貴方は避けるのに精一杯で反撃する余裕がないようだ」
などと、攻撃を繰り出しながら相手は言っているが、別にそんなことはない。体術も力量もおれのほうが上だ。いや、上過ぎる。そして、それこそが問題点だ。
もし、これが通常時ならば別に問題にはならない。だが、今のおれはとある事情により力加減がうまく出来ていない。この状態で下手に相手を攻撃すれば、手加減しきれず殺してしまう可能性がある。
まあ、正直な話、おれとしてはこういう悪党の命は奪ってもいいのではないかと思うことはある。
だが、だからといって拳銃を渡され目の前の相手は悪党だから撃っていいと言われても、なんの躊躇いもなく引き金を引けるかと言われれば話は別だ。たとえ、悪党といえど、人の命を奪うほどの覚悟はおれにはなかった。
まあ、リミアの安全はすでに確保出来ている。それに、サフィアの戦闘状況も把握しており、そちらもいざとなれば対応できる。であるならば、無理に決着を急ぐ必要はない。だから、もう少しの間、こうして体術によるつばぜり合いに興じるとしよう。