第32話 事件発生
リミアとの初デートを終えた翌日の夜。
昨日は本当に充実した一日を過ごすことが出来た。そして、今日のリミアはサフィアと楽しい時間を過ごしていたんだろうなあ。
寮の自分の部屋でおれは静かにそんなことを考えていた。だが、誰かが部屋の窓を叩いたことで、その静かな時間は終わりを告げた。
「レイン、いる!?」
「サフィアか。どうしたんだ、そんなに慌てて?」
窓を開けながらおれがそう問うと、サフィアが必死な顔をしながら叫んだ。
「ミアが……、ミアが誘拐されたの!!」
リミアが誘拐された……!?
いったいなぜ? 犯人の目的はなんだ? いや、それよりもリミアは無事なのか?
……駄目だ。まずは落ち着け。こういうときほど冷静にならなければいけない。それは、強者たりえるためには必要な条件であり、数多の戦場をくぐり抜けた師匠の教えでもある。
おれはいったん深呼吸をし、冷静になるように精神を集中させて気を落ち着かせた。よし、これで大丈夫だ。
だが、おれとは違いサフィアのほうは相変わらず取り乱していた。
「ねえ、どうしよう!? 学院の先生に知らせる!? それとも、騎士団!? あっ、そうだ! アイ先輩に頼めばなんとかしてくれる!?」
「サフィア、まずは落ち着け」
「こんなときに落ち着いていられないわよ!」
そうやって、取り乱すサフィアの両肩に手を置いて、おれは安心させるように声を発する。
「おれがなんとかするから大丈夫だ。だから、落ち着け」
「そんなこと言われたって……」
「おれがすごいのはお前もよく知ってるだろ」
「…………ええ、確かにそうね。それはよく分かってるわ」
おれの言葉でサフィアはなんとか落ち着きを取り戻したようだった。
「それで、どうするの?」
「……まずは、リミアが今いる場所の特定と安否確認だな。誘拐されたのがついさっきならいけるだろう」
おれは魔力感知を発動し、その範囲をどんどん広げていく。……よし、リミアの魔力を見つけた。
まず、場所は……、ここからそう遠くはないな。動いていないってことはどこかの建物の中か?
次に、安否だが……、よし、魔力の乱れもなく落ち着いている。ということは安全そうだな。魔法かなにかで眠らされているかもしれないが、少なくとも危険な状況ではない。
「リミアの居場所は分かった。今から行って助けてくる」
「……やっぱりあなたってすごいわね。だけど、一人で行くの? 騎士団とかアイ先輩に声をかけたほうが……」
「いや、一分一秒を争うほどじゃないが、それでも急いだほうがいいだろう。だとすると、声をかけてる時間がもったいない。それに、そもそもおれ一人がいればそれで充分だ」
「……そうなのね。分かった、あなたを信じるわ」
サフィアはそう言ったあと、少し目を伏せて考え込む。そして、顔を下に向けたまま話し始めた。
「……ねえ、足手まといかもしれないけど、あたしも付いていったら駄目かしら?」
「おれが一緒とはいえ、一応危険はあるぞ。どうしてだ?」
「……だって、友達が誘拐されたのにただ待ってるだけなんて出来ないわよ。あたしもミアの力になりたいの!」
顔を上げてそう強く宣言したサフィアの目には友達を助けたいという、強い炎の意志が宿っていた。どうやら、この炎を消すのは難しそうだ。いや、消すような真似はしたくない。
「……分かった。一緒に行こう」
「ありがと、レイン」
「ただ、急ぐからな。足並みは揃えてやれないぞ」
「ええ、身体強化を全開にして全力で付いて行くわ」
「いや、悪いがそれじゃ遅い。だから、ちょっと我慢してくれ」
「えっ!? ちょ、ちょっと!?」
サフィアが驚くのも無理はない。というのも、今おれはサフィアを抱きかかえたからな。いわゆるお姫様だっこというやつだ。そして、おれはその状態のまま、<飛行>を発動し、宙に浮いた。
「じゃあ、けっこう飛ばすけど、落としたりはしないから安心していいぞ」
「……え、ええ。わ、分かったわ」
まだ、動揺の色が見えるサフィアを抱いたまま高く浮き上がり、おれはリミアのいる場所へ向けてスピードを出す。その結果、
「いやああああああああああ!!」
サフィアの大絶叫が王都の空に響き渡った。
*****
「……死ぬかと思ったわ」
「すまん、急いでたからな」
サフィアはぜえぜえと息を吐き、すでに疲れている様子だった。うん、なんかごめんね。今のところリミアは大丈夫そうだけど、急ぐに越したことはないからさあ。
さて、ここは王都のとある建物の前。一見、普通の建物だが、人を誘拐するような悪人が分かりやすく怪しい建物にいるはずもない。
魔力感知で中の様子を確認すると、リミア以外に二人いるな。全員の魔力は下から感じるため、どうやら地下にいるようだ。なら、とりあえず、目の前にある入り口から普通に入ればいいだろう。
「じゃあ、行くぞ」
「……ええ。分かったわ」
サフィアの返事に違和感があったので振り返ると、サフィアの身体はわずかに震えていた。……まあ、サフィアはまだ十五歳の女の子だし、授業で戦闘の訓練はしても、実戦経験は皆無だろう。そりゃ恐怖が無いわけが無いか。
そんなサフィアに対し、残念ながらおれはあまり気の利いた言葉は思いつかなかった。だから、せめて優しい声音を出そうと心掛けておれは口を開く。
「別に無理して付いてこなくてもいいんだぞ。ここまで来ただけでお前は充分に偉い」
「……い、いえ、大丈夫よ。あたしも行くわ」
「…………分かった。じゃあ、少しアドバイスだ」
おれはサフィアの目をしっかりと見て、ゆっくりと語りかける。
「高い魔力を持っている人間は生命力も高い。そして、お前の魔力はかなり高い。だから、サフィア。お前はそう簡単に死んだりはしない」
サフィアはおれの言葉に黙って頷きを返した。
「で、そう言う意味ではこれから戦うであろう相手も同じだ。そう簡単に死んだりはしないから殺す気でやるくらいでちょうど良い。敵の命は気にせず、全力でやれ」
「ええ、分かったわ」
「あと、最後にもうひとつ」
「なに?」
「もし、お前がピンチになるようならおれが助けてやるから安心しろ」
サフィアはおれの言葉に目を丸くしたあと、当然の言葉を返してきた。
「あたし達はミアを助けに来たのよ。なら、あなたはミアを助けるのに全力を尽くすべきでしょ」
「なあに、お前とリミアの二人を助けるくらい余裕だ。なんたって、おれは最強だからな」
「また、バカみたいに最強って……。ふふっ、でもレインらしいわね」
「笑う余裕が出来たなら大丈夫そうだな。じゃあ改めて、行くぞ」
これから、おれ達はリミアの救出のために誘拐犯のアジトである建物に突入する。