第02話 無力化と模倣
おれが師匠の元で世話になってから十四年が経った。
師匠はこの世界の知識や魔法をおれに教えたり、最強になるための修行を付けてくれる。おれはその恩返しとして、家事やお金稼ぎを行う。
簡潔に言えば、そんな感じの十四年だった。
しかし、もう十四年か。なにかに夢中になっていると、月日が経つのは早いものだな。歳を重ねるにつれて、体感の一年が短くなって時間が早く過ぎると感じるようになるらしいが、そういう感覚に近いのかもしれない。
「さて、修行も終わりが見えてきたし、今日はアンタの能力を再確認しておこうかね」
「サーイエッサー」
この返事の仕方は師匠に言われて修行の際にするようになった。……というのは冗談でただふざけてみただけだ。あれ、そういえば、相手が女性の場合はイエスマームだっけ? まあ、どっちでもいいか。
「よし、じゃあまずはアタシがアンタに向かって魔法を放つから、それをアンタの魔法で防いでみな」
そう言って、師匠はおれの前後左右の四ヶ所から、地水火風、四種類の魔法を出現させた。しかも、その全てが上級攻撃魔法だ。
まず正面には、圧倒的な硬度で眼前の相手を押しつぶして圧殺する巨大な岩石。
土魔法の<剛塊岩石砲>。
次に右からは、触れる物全てを貫き一瞬で凍結させる巨大な氷柱。
水魔法の<絶零氷柱槍>。
そして左からは、あらゆる物を燃やし尽くして灰燼と化す大火球。
炎魔法の<灼熱火炎弾>。
最後に後ろからは、周囲にあるその全てを切り刻む鋭い刃の嵐。
風魔法の<旋嵐疾風刃>。
その四つの魔法が恐ろしい速さでおれをめがけて飛んでくる。それに対し、おれは防御の姿勢を取るどころか、無防備に突っ立ているだけだ。
にもかかわらず、おれに向かって飛んできたその四つの魔法は、おれに欠片も触れることなく消失した。当然、おれはダメージどころか服にすら傷一つ付かない。
「改めてみると、とんでもない能力だねえ。アンタの吸収魔法は……」
おれのその様子を見て師匠が感嘆の息を漏らす。
「傍から見てるとアタシの放った魔法がただ消えたように見えるが、実際は……、なんだっけ?」
「例えば、炎魔法なら魔力によって炎の塊が作られているでしょう。その炎を元の魔力へと戻して無力化し、自分の魔力として吸収できる。これが吸収魔法です」
「ああ、そうだったね。いや、最近は歳のせいか物忘れが増えてきてねえ」
確かにおれが師匠に出会ってから十四年も経ったからな。当時は二十歳だった師匠も、今は立派な二十歳だもんなあ。あれ、なんかおかしいな?
いやでも、おれの前世の日本でも、本人は十七歳なのに十七歳を超える年齢の娘を持つ声優さんとかいたからなあ。そう考えるとおかしくはないな、うん。
そんなことを考えているおれの前で、師匠は真面目な顔で口を開く。
「魔法は魔力によって構築されている以上、アンタの吸収魔法を突破してダメージを与えることはできない。言わば、魔法に対する絶対防御。これだけでも凄いのに、それで終わりじゃないんだろう。確か…………」
「吸収した魔法の能力まで吸収して、それ以降は自分の魔法として使えるようになります。まあ、普通に魔法を覚えるのと同じで、吸収した魔法を使いこなす鍛錬は必要ですが、簡単に言うと模倣ですね。例えば……」
おれは先ほど師匠が放った<剛塊岩石砲>を発動する。すると、師匠は自分にその魔法を放ってみろと言わんばかりに手招きしたので、おれは師匠に向かってそれを放つ。
師匠はその巨大な岩石を、魔力で生成した壁である魔力障壁を展開して防ぐ。その結果、<剛塊岩石砲>の威力で魔力障壁が砕け散り消滅した。
「ふむ、アタシの魔力障壁を一発で砕くとは攻撃力のほうも大したもんだね」
「その辺は師匠の教えの賜物ですよ」
「いや、しかし本当に凄い魔法だねえ。魔法が通じない以上、アンタと戦う場合には――」
師匠は魔力で身体強化を行って高速でおれに接近し、顔をめがけて拳を繰り出す。師匠と同じく身体強化を発動したおれはその拳に対し首を横に傾けて避ける。
そのまま、おれ達は高速で格闘戦を行いながら会話を続ける。
「――こうやって、こちらは魔法を使わず体術で戦うしかない」
「だけど、おれには師匠仕込みの格闘技術がありますからね」
「ああ、しかも――」
師匠が目で合図を送ってきたので、おれは師匠に向かって<旋嵐疾風刃>を放つ。しかし、師匠は高速戦闘中にも関わらず、魔力障壁を展開しておれの魔法を難なく防いだ。
「――アンタのほうは一方的に魔法を使って攻撃できる。まったく厄介にも程があるね。アンタの吸収魔法は」
「それで、どうします? 決着がつくまで続けますか、これ?」
「……いや、やめとくよ。だって、ほら確か……あれだろ、あれ?」
おれ達は格闘戦を終えて普通の会話に戻る。なんか、今日は師匠の物忘れがひどいなあ。まだ二十歳なのにこれとか、若年性健忘症というやつだろうか(棒読み)。
「……まあ、いいや。とにかく、アンタの強さはよく分かってる。ゆえに、勝ち目がないこともよく分かってるからね」
「いやいや、そんなことはないですよ」
「なんだい、そりゃ、謙遜かい? それとも、アタシが師匠だから気遣ってるのかい?」
「んー、あえて言うなら、おれは優しいんですよ、特に相手がお年寄……」
その瞬間、おれの頭をめがけて<絶零氷柱槍>が飛んできた。当然、おれはそれを吸収魔法で防いだ。
「ちょっとなにするんですか、師匠? もし、おれが死んだらどうするんですか?」
「殺したって死なないような奴がなに言ってるのさ?」
「いや、殺されたら普通に死にますよ。殺されないから死なないだけです」
殺されても死なないとかそんな不死の否定者じゃあるまいし。
師匠はため息をつきながら言葉をこぼす。
「まったく、女性に年齢の話はするなって何度言ったら覚えるのかねえ……」
「いや、ちゃんと覚えてますよ。ついうっかりしまして」
そう、師匠がたまにうっかりお年寄りみたいな発言をしてしまうように、おれもたまにうっかり師匠に年齢の話をしてしまうのである。これはつまり、弟子は師匠に似るというやつだろう。
「それで、この後の修行はどうします?」
「いや、もういいだろう。昔、アンタは最強になりたいって言ってたけど、もう最強になってるよ」
「おお、マジですか!?」
「ああ、かつて王国最強の魔術師として名を馳せ、さらに『戦場に咲いた可憐にして清麗かつ妖艶な薔薇の魔女』と呼ばれたこのアタシが、アンタを最強だと認めてあげるよ!」
「……なんですか、その無駄に長い二つ名?」
それ、どの言葉も見た目がきれい的な意味じゃないの? せっかく師匠が最強だと認めてくれたのに、妙な二つ名のほうが気になってしまった。
だが、師匠は『戦場に咲いた可憐にして清麗かつ妖艶な薔薇の魔女』と呼ばれた頃を思い出していたようでおれの疑問は聞いておらず、しばし遠い目をしていた。
「んー、でも修行がないならこの後どうしようかなあ?」
「ああ、そのことで思ったんだけどさ。アンタ、最強になってなにがしたいんだい?」
「なにってそれは………………、あれ?」
言われてみれば、アニメや漫画で見る最強キャラがカッコよくて最強を目指してたけど、そのための修行に夢中で、その後のことをなにも考えてなかったことに今更ながら気付いた。
「まあ、この世界には魔物もいるし、人間の中にも悪い奴はいるから弱いよりは強いほうがいいけどね。だが、昔と違って今は平和で戦争もしてないし、アンタが前に話していた魔王軍なんてのもいないからねえ……」
師匠の言うことはごもっともであり、ここまでの強さはいらなかったのかもしれない。そうなると、修行はほどほどにして、もっと他のことに時間を使ったほうが良かったのか?
……いや、違う。強さが必要かどうかじゃない。最強という事実が重要なんだ。だから、もし時間の無駄遣いだったとしても、後悔なんてあるわけない。
とはいえ、時間というリソースには限りがあり、それを有効活用すべきなのもまた事実。
その点でいくと、転生したおれはまだ十四歳。幸いにして時間はたっぷりある。そう、まだあわてるような時間じゃない。
では、この時間をなにに使うべきか? そうだなあ……。せっかく転生して二度目の人生を過ごしているんだから、前世で後悔したことで、なにかやり直せることをやればいいんじゃないか。
……そう考えると、おれがこれからの人生でやりたいのはやはりあれだな。
「師匠、確かこの世界には魔法学院っていうのがあるんですよね?」
「あるけど、それがどうしたんだい? 今のアンタなら大して学ぶこともないだろうし……」
「それはそうかもしれませんが、学院でやってみたいことがあるんです」
「ほう……。アンタのしたいことはなんだい?」
師匠はおれのことを興味深そうな顔で見る。そんな師匠に対し、おれは未来への期待に目を輝かせながら、力強く宣言した。
「魔法学院に入って……、とにかく美少女とイチャイチャしたいです」
そう言い放ったおれのことを、師匠はなにやら気持ち悪いものを見るような目つきで見ていた。
……いや、違うんですよ。前世では灰の魔女……じゃなかった、灰色の青春、略して灰春を過ごした記憶しかないから、学校生活をやり直したかったんですよ。
つい勢いで言ってしまったが、普通に青春を謳歌したいって言えば良かった。この言い方ならさっきと言っている内容に大差ないのに聞こえかたが全然違うからな。
まあ、あれだね。ホント言い方って大事だよね。
2話を読んでいただきありがとうございました。
これからも本作をよろしくお願いします。
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