第19話 この学院の異常者
初登校日は入学式とホームルームだけで終わった。そして、その翌日の始業前の教室。
おれはリミアと雑談をしていたのだが、妙に視線を感じた。その視線を感じた方向に目をやると、数人の女子生徒がこちらを見てひそひそと話をしている。
距離があるためなにを話しているかは分からないが、その目には嫌な感じはしない。むしろ、憧れの存在を見るかのような目だった。
……おれはなにかそんな目で見られるようなことをしただろうか? そう考えていると、一つ思い当たることがあった。
そう、おれは実技試験でこの学院の先生に圧勝するという超カッコイイ姿を周りの受験生に見せていたのだった。ということはつまり、あの女子生徒達はおれの活躍を見ていて、おれのことをカッコイイと思っているということか。
おれが素晴らしい気付きを得たそのあと、その女子生徒達は意を決したかのようにこちらへ向かってきた。フッ、どうやら真の実力を隠しているにも関わらず、おれの時代が来てしまったようだ。
おれは髪をふぁさっとカッコよくかき上げながら、女子生徒が来るのを待つ。そして、おれの席のすぐ近くまで来た女子生徒達が口を開いた。
「ねえねえ、あなた光魔法が使えるってホントなの?」
「え? あ、はい、そうです」
「わー、すごーい! ホントなんだー!」
「光魔法って使える人がすごく少ないんでしょー」
「しかもこの子、とっても可愛いー!」
…………………………あー、そっちかあ。そういうことね、はい。
おれががくりと肩を落としていると、その落とした右肩を優しくポンと叩き、温かい声をかけてくれる人がいた。
「ねえ、なんでそんなにがっかりしてるか知らないけど、元気だしなさいよ。ね」
やっぱ、サフィアってけっこう良い奴だよなあ。
*****
そして、あれから十分くらいたったあと、またしても妙に視線を感じた。その視線を感じた方向に目をやると、今度は数人の男子生徒がこちらを見て話している。その目には嫌な感じがあり、言わば侮蔑の対象を見るかのような目だった。
しかし、距離があるためなにを話しているかは分からない……、ということはなく、むしろこちらに聞かせるかのごとく、大きめな声で話し始めた。
「あいつって、平民な上に一星魔術師なんだろ?」
「ああ、しかもこの魔法学院の生徒で一星魔術師なんてのは初めてのこと。つまり、この学院始まって以来の異常事態と言ってもいい」
「まじかよ。じゃあ、あいつは言ってみれば、この学院の異常者ってことか」
ふむ、あいつらはカースナ先生と同タイプの人間か。しかし、あいつら、昨日のルミル先生の言葉を聞いていなかったのか? それともまさか、あのルミル先生の魅力を理解できていないのか? もし、後者だとしたら、おれはあいつらに同情すら覚えるぞ。
いや、待て。むしろ逆か? もしかして、あいつらはルミル先生に叱られたくてわざとあんなことを言っているんじゃないか? だとしたら、その気持ちはすごい分かる。やっぱ、ルミル先生に叱られてみたいよな。
しかし、そんなおれの内心をよそに、両隣から怒りの混じった声が聞こえてきた。
「あの人達、ひどいと思います」
「そうよね。あたし、ちょっと文句を言ってくるわ」
「おい待て。特にサフィアは落ち着け」
おれはガタッと音を立てて椅子から立ち上がったサフィアの左腕を掴んで彼女を制止した。
「なによ。あんなことを言われてあなたは平気なの?」
「ああ、おれは平気だ。むしろ、嬉しいとすら感じている」
おれのその言葉にサフィアは目を丸くしていた。そして、おれの言葉を聞いていたリミアが疑問の声を投げかける。
「……あの、嬉しいってどういうことですか?」
「んー、まあ、なんだ。以前、師匠にも言われたことがあるんだけど、おれとしては異常者って響きがカッコよくてわりと気にいってるんだよ」
「……すいません。わたしにはよく分かりません」
「あたしにも分からないわね」
……うーん、残念ながらご理解いただけなかったようだ。まあ、この辺は感覚とかセンスの違いだろうし仕方ない。
「まあ、とりあえずおれは気にしてないからさ。だから、二人がおれのために怒ってくれたのは嬉しいけど、気にしなくていいからな」
「……分かりました」
「……まあ、あなたがいいって言うならいいけど」
二人とも完全には納得していないようだが、とりあえず矛を収めてくれたので良しとしよう。まあ、正直な話、おれもまったく気にしてないわけではない。師匠のときとは違い、あいつらのそれは明らかに侮蔑の意図が込められているからな。
だが、ここであいつらとおれの状況を比較してみよう。まず、あいつらはむさくるしく男子だけで固まっていて、周囲には一本の花も咲いていない。
それに対し、このおれは両隣に学院一の美少女と言っていい花が二本も咲いている。しかも、どちらの花も一本で百本分の花束、いや、千本分の花畑に匹敵する美しさ。
この美しい花畑にいるだけで、おれの心は癒やされ満たされていく。もはや、あの程度の罵詈雑言はどうでもよくなっていた。
結論。
美少女というのは非常に尊く、心に癒やしを与えてくれる素晴らしい存在である。