第163話 心からの信頼
おれが自室に戻ると、リミアはベッドの上で膝を抱えてうずくまっていた。その姿とすすり泣く声に気付いたおれは、急いでリミアに走り寄った。
「ごめん、リミア。不安にさせたよな」
「……いえ、ちが……です」
「おれはリミアのことも大好きだし、別れたりとかは絶対にしないから安心してくれ」
そう言って、おれはリミアを優しく抱きしめた。リミアはおれの胸に顔をうずめるが、まだ泣き止みそうにない。おれはなるべく優しい声音が出るように意識しながら語りかける。
「……まずは、気が済むまで泣いていいから。その後、落ち着いたらゆっくりと話をしよう」
「……はい、すい……ん」
リミアはおれの胸の中で泣き続け、三十分ほど経って話ができるくらいには落ち着いた。ただ、ずっと泣いていたせいでリミアの目は腫れてしまっている。
「改めて、本当にごめんな。あんなことがあって、すごい不安な気持ちにさせちゃったよな……」
「……いえ、違うんです」
おれの言葉を、リミアはふるふると首を振って否定した。
「違うって、どういうことだ?」
「……わたし、たぶんサフィアさんもレインさんのことが好きなんだろうなって気付いてたんです。それなのに、レインさんと恋人になれたのが嬉しくて嬉しすぎて、サフィアさんの気持ちを見て見ぬふりしてしまって……。そのせいで、さっきサフィアさんをすごく傷つけてしまいました……」
泣いていたのはそういうことだったのか……。この状況で自分ではなく他人のために泣くなんて、リミアは本当の本当に優しい女の子だな。だけど、悪いのはリミアじゃない。
「別に、リミアが悪いわけじゃない。全部、おれが悪いんだ」
「いえ、レインさんは悪くないですよ」
「いや、悪いのは全部おれだよ。………………それで、本当に申し訳ないんだけどそんな悪いおれからの頼みを訊いてくれないか?」
「なんですか?」
これからする頼み事を思えばついリミアから目を逸らしてしまいたくなるが、そういうわけにもいかない。おれは彼女の目をまっすぐ見つめながら話を続ける。
「……そのだな。……おれはこのままリミアと付き合いながら、サフィアとも付き合いたんだ。……俗に言う二股ってやつなんだけど、なんとか許してもらえないかな?」
「…………………………分かりました。サフィアさんさえ良ければ、わたしはいいですよ」
「えっ、そんなにあっさり!?」
思わぬ決断の早さに、おれは驚きの声を出してしまった。そんなおれとは対照的に、リミアは当然のことだと言わんばかりの様子だ。
「だって、すぐそばでサフィアさんが悲しんでいるのに、これ以上わたしだけ幸せでいるなんてできません。わたしはサフィアさんにも幸せになって欲しいです」
「……そっか。本当にありがとな。絶対に二人とも幸せにするから」
「はい……。幸せにしてくださいね、レインさん」
おれ達は約束と口づけを交わす。おれと、リミアの心にもじんわりと幸せが広がっていくのを感じる。
本当に、最初に恋人になってくれたのがリミアで良かった。女神様のように優しいリミアでなければ、二股という自分の得にならない提案をこうもあっさり受け入れてはくれなかっただろう。
「……そういえば、ちょっと気になったんだけどさ。最初に不安じゃないって言ってくれたってことは、それだけおれのことを信頼してくれてたのか?」
「レインさんのことはすごく信頼してますよ。だって、出会ったときからわたしのことをずっと大切にしてくれてますから」
「……そうか」
「はい、そうです」
リミアは嬉しそうに微笑みながらそう言ってくれた。その後、なにかを思い出したように言葉を続ける。
「……後は、夏休みに聞いたお母さんの言葉ですかね」
「なんて言ってたんだ?」
「お母さんにレインさんへ告白するように言われたんですけど、サフィアさんのこともあってどうしていいか分からなくて。それで、そのときにお母さんが言ってたんです。『なにかあってもレイン君がなんとかしてくれるから大丈夫。母親としての勘がそう言ってるわ』って」
「母親の勘か……」
「でも、本当になんとかしてくれましたし、これからもなんとかしてくれますよね?」
リミアは未来への不安など一片も存在しないと言わんばかりの眼差しでおれを見る。この瞳を裏切るわけにはいかないし、裏切るつもりは欠片もない。
「もちろん、なんとかするよ。……じゃあ、悪いけどおれはそろそろサフィアのところに行くから」
「悪くなんてないですよ。わたしはもう大丈夫ですから、サフィアさん、あなたのもう一人に彼女のところに行って、安心させてあげてください」
「ああ、ありがとな」
再びサフィアのところへと向かうおれを、リミアは心から信頼した表情と笑顔で送り出してくれた。




