第162話 絶対に幸せに
おれがリミアと恋人になってから一月が経過し、十一月になった日の魔法学院。
「……ねえ、レイン、ちょっといい?」
「サフィアか、どうした?」
「えっと……」
自分から話しかけてきたにも関わらず、なぜかサフィアは言葉を続けようとしない。それに、今日は普段の強気な態度と一転して妙にしおらしい気がする。
「なにか話があるんじゃないのか?」
「………………や、やっぱりいいわ」
そう言うとサフィアはくるっと後ろを向き、まるで逃げるように走っていってしまった。その後ろ姿を見て、なぜかおれは嫌な予感と良い予感という相反する二つの予感がした。
*****
放課後、おれはリミアと一緒に買い物に出かけ、その夜のこと。
「今日は付き合ってくれてありがとな」
「いえ、わたしも同じことを考えていましたし、全然いいですよ」
おれとリミアはとある買い物を終え、おれの部屋でベッドに座りくつろいでいた。こうして二人きりになると、どうしても恋人としての欲求が出てきてしまう。おれがリミアの顔をみると、彼女はそっと目をつむってくれる。
「んっ……」
おれ達が口づけを交わし顔を離すと、驚いたようにリミアの目が見開かれていた。おれがリミアの視線の先に目を向けると窓があり、そこには激しく動揺したサフィアの顔があった。
おれ達の視線に気づくと、サフィアは涙を流しながらどこかへ走っていく。……やってしまった……。あんな反応をするってことはやっぱりサフィアもおれのことを……。
それなのに、おれはなにをやってるんだ……。サフィアの心も守るって誓ったはずなのに、守るどころか傷つけるような真似をしてしまった……。……いや、今は後悔している場合じゃない!
「あのさ、リミア。おれ、今からサフィアを追いかけるけど――」
「分かりました。行ってあげてください」
「……え? いいの?」
「はい。わたしは大丈夫ですから」
そう言って、リミアは笑ってくれた。正直、引き留められるかと思っていたので意外な答えだ。こんな反応をされるとリミアの真意が気になるところだが、それを考えている時間もない。
「じゃあ、おれはサフィアのところに行くけど、ちゃんとリミアのことが大好きだからな!」
そう言葉を残し、おれはサフィアの後を追った。
*****
魔力感知でサフィアを探すと、彼女は女子寮の近くにある公園のベンチに座っていた。ここは、おれがサフィアに盟約の指輪を渡した場所だな。おれがゆっくりとサフィアに近づくと、サフィアは驚いたような顔でこちらを見る。
「な、なんで、あなたがここにいるのよ!?」
「なんでって、そんなに泣いてたら追いかけるに決まってるだろ」
「は、はあ!? べ、別に泣いてなんかないわよ! ……あれっ?」
サフィアは泣いていたのをごまかすかのように涙を拭うが、すぐに新しい雫が顔をつたっていった。その様に気付き、サフィアは自嘲気味に笑う。
「あはは……、あたしってホントにバカよね……。ミアみたいに可愛くて優しい女の子がいたら、当然あなたはそんな子を好きになるに決まってるわよね……」
本人は気付いてないのだろうが、涙を流しながら言ったその言葉は告白に等しいだろう。ならば、おれがサフィアに言うべき言葉も決まっている。
「……なあ、サフィア。おれはお前のことも好きなんだ」
「…………………………は?」
意味が分からないとでも言うように、サフィアはポカンと口を開けて固まってしまった。
「だから、サフィアさえ良ければ、お前もおれと恋人になって欲しい」
「……ちょ、ちょ、ちょっと待って! あなたはミアと付き合ってるのよね?」
「ああ、付き合ってる」
「そ、そうよね。……ってことはなに、ミアとあたしで二股したいとか言ってるわけ?」
「……まあ、そうなんだけど」
「あなた、本当にバカなの? そんなの、ダメに決まってるでしょ。……あー、もう、あまりにバカな話で涙も引っ込んじゃったわよ」
サフィアは呆れ笑いを浮かべていた。こんな形ではあるが、サフィアの涙を止められたなら良かったかもしれない。おれはサフィアの目を真剣に見つめながら、再び口を開く。
「おれは真面目に言ってるんだけど、本当に駄目か? 二股だけど、絶対に二人とも幸せにするからさ」
「それは……。………………確かに、このままレインのことを諦めるくらいなら、そっちのほうがいいかもだけど……」
「そう思うなら、おれのほうを選んでくれないか?」
「……仮に、あたしがそれでいいって言ったとしてミアはどうするの? まさか、二股の許可を取ってるわけないんでしょ?」
「さすがに、そんな話はしてないな。だけど、絶対に説得してみせるから、おれを信じてくれないか?」
そう言って、おれはサフィアを優しく抱きしめる。迷いからか、サフィアはしばしの間両手を宙にさまよわせていたが、最終的におれの背中に両手を回してくれた。
「……分かった、あなたを信じるわ。だから、絶対に幸せにしてよね」
「ああ、約束する。絶対に幸せにするって、この指輪に誓うよ」
おれがサフィアに盟約の指輪を見せると、サフィアは嬉しそうに頷いてくれる。そして、サフィアに盟約の指輪を渡したあのときと同様に、おれが赤く輝く指輪を付けた小指に自分の小指を結んできた。
「じゃあ、おれはリミアのところに行くから待っててくれ。……あ、でも、すぐに説得できるってことはないだろうし、やっぱ帰ってもらったほうがいいか」
「……ううん、待ってる。待っていたい」
「……そういうことなら待っててもいいけど、しばらく経ってもおれが戻ってこなかったら帰ってくれよ」
おれの言葉にサフィアが頷いたのを確認すると、おれは男子寮のほうへ向き直り足を進める。
「あ、ちょって待って」
「どうかし――」
振り返って開こうとしたおれの口が急に塞がれた、サフィアの唇で。その柔らかい感触がおれから離れると、サフィアは頬を赤くして不安そうに話し始める。
「なんだか気持ちが昂って、どうしてもしたくなっちゃったの……。まだ、恋人じゃないからダメだ――」
サフィアが疑問を言おうとしたその口を、今度はおれの唇で塞いだ。おれだって、大好きなサフィアとキスがしたかったし、キスをしてあげたかった。唇を離すと、真っ赤な顔をしたサフィアがおねだりするように言う。
「……ねえ、もう一回だけいい?」
「……ああ」
今度は、互いに惹きつけられるように顔を近づけ、彼女と三回目のキスをした。




