第155話 ずっと隣に
夜が明け、朝になった。朝と言っても太陽が水平線から顔を出したばかりであり、時間帯としては早朝と言えるだろう。
そんな時間におれは目が覚めた、というかろくに眠れなかった気がする。夜中にあんなに刺激的な物を見てしまったら、眠れないのも仕方がないという物だ。そう思いながら外にでると、家の近くに誰かが立っていた。
「あ、アイシス先輩。お、おはようございます」
「む……。……お、おはよう」
昨夜、あんなことがあったばかりなのでお互いに気まずい。特に、アイシス先輩のほうはおれと目を合わせようとしてくれないし。あの後でちゃんと謝ったが、もう一度しっかり謝るべきだな。
「……あの、昨日はすみませんでした。完全におれが悪かったです。ごめんなさい」
「…………そうだな。完全に君が悪い」
そう言って、アイシス先輩は笑ってくれた。以前であれば、自分にも非があるとアイシス先輩は言ったはずだ。それなのに、こう言ってくれるのはそれだけおれに心を許してくれたってことだろうし、その事実がおれには嬉しかった。
「はい、おれが完全に悪いです。だから、お詫びをさせてください。なにか、おれにして欲しいことはありますか?」
「…………では、こちらに来てくれ」
アイシス先輩は家の近くにあったベンチに腰を下ろした。どうやら、隣に座れということなので、間に一人分のスペースを作っておれも座る。それなのに、アイシス先輩はそのスペースを埋めるようにこちらに詰め、なぜかおれの腕に抱きついてきた。
「ちょ!? アイシス先輩、これは!?」
「なにか、不満があるのか?」
「いえ、不満はないですけど……」
抱きつかれたおかげで、おれの右腕に柔らかい感触が伝わってるので不満はない。むしろ、あるのは感謝である。ただ、アイシス先輩がこんなことをしている理由が分からない。分からないが、それは訊くなとアイシス先輩の目が言っていた。
だが、アイシス先輩のその目は、次第に優しく柔らかいそれへと変化していく。
「……私は君に感謝しているんだよ」
「……え? 昨日、あんなことがあったからですか?」
「そんなわけがないだろう! 君は私をなんだと思ってるんだ!」
「す、すいません!」
思わず言ってしまったが、アイシス先輩の言う通りそんなわけがない。
「それで、おれのどういうところが良かったんですか?」
「先ほどのような、軽口を叩くところかな。私の立場上、後ろをついて来てくれる人は大勢いるが、こうして隣にいてくれる者はそうはいない」
そう言って、アイシス先輩はおれに抱きついた腕の力を強めた。
「それと……」
「それと?」
「……私の前にまで立とうとしてくれたのは、とても嬉しかったし……」
「……そうですか」
「うん……」
見ると、アイシス先輩の顔が赤くなっている。いるのだが、その理由がおれにはまったく分からなかった。「前にまで立とう」っていったいなんの話だろう? おれ、バカだからよく分かんねえからよ、もう少し直接的に言って欲しいぜ。
さて、さっきは雰囲気を壊さないように、「……そうですか」って答えたから、このまま流れを継続するために分かることだけ言おう。
「あれですね。もし、良かったら腕だけでなく、手や肩も好きにしてくれていいですよ」
「……それなら、お言葉に甘えてそうさせてもらおう」
アイシス先輩は空いていた右手でおれの右手を握り、おれの肩に頭をのせてきた。ヤバい、胸だけでなく手も柔らかいし、近づいた頭からはふわりといい匂いがするしで落ち着かない。
「なあ、レイン……」
「な、なんですか?」
「これからも……、ずっと私の隣に……いて欲しい」
「アイシス先輩さえよければ、おれはずっと隣にいますよ」
「……うん、たの……む……」
横を見ると、アイシス先輩は目をつむりスースーと寝息を立てている。少し様子がおかしい気がしていたが、どうやら眠かったみたいだ。おれと同じく、アイシス先輩も昨日はろくに眠れなかったのかもしれない。
*****
太陽も完全に空に昇り、おれ達の小旅行も終わりを迎える時間になった。
「じゃあ、おれはあの三人を一旦送った後で、また帰ってきますから」
「それはいいけど、なるべく早く帰ってきておくれよ」
師匠は寂しそうな顔をしながらそう言った。その様子は、可愛い孫とずっとそばにいたいおばあちゃんのように見える。
「早めに帰ってきますよ。おれがいない数ヶ月で家の中もだいぶ散らかってましたし」
「おっ、話が早くていいねえ。アンタもこの数ヶ月で少しは成長したってことかい」
師匠は楽しそうに笑いながらそう言った。やっぱ、この人おれに家事をやらせたかったみたいだな。……まあ、一週間くらいはいるつもりだから、その間は昔みたいに家事とかやってもいいけどさ。
おれがそう思っていると、師匠は先ほどから一転して真面目な顔で話し始める。
「魔法学院の受験前にも話したけど、あの魔法は使ってないだろうね?」
「言われた通り、使ってないですよ。まあ、使ったほうが良さそうな場面や、使おうとした場面はありましたけど。ただ……」
「なんだい?」
「おれには大切な人が何人もできましたから、もし必要なときが来たらそのときはためらいなく使いますよ」
「……そうかい。まっ、アンタなら大丈夫だろう。万が一、そのときが来たら好きにやりな」
「はい、好きにやります」
その会話を終えた後で三人のほうを向くと、ちょうど帰る準備が終わったところだった。
「じゃあ、師匠。また、少しだけ行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」
そう言って、ニカッと笑った師匠の顔はとてもきれいだった。……ホント、この人って見た目はきれいだから、こういうとき反応に困る。
この話で、第4章は完結になります。ここまで読んでくれた方、評価やブックマーク、感想などをしてくれた方、本当にありがとうございました。
本作の今後ですが、考えた結果ここからは展開を早めて次の第5章で完結させることにしました。
理由としては、あらかじめ本作で書こうと思っていた話は次の第5章でだいたい書き終わるのと、新たに話を考えて本作をもっと長く続けても、私の目標とするところには届きそうにないからです。
それで、肝心の第5章の内容ですが、本作で最も重要な三人のメインヒロインとの関係を進展させる話になります。
ただ、前述したように展開を早めるので、作中月日が急に飛んだり、枝葉の話がなくペースが早くなる点をご了承願います。その代わりと言ってはなんですが、メインヒロイン達とは中途半端な関係で終わらず、全員ときっちり関係を進展させて終わります。
それと、第5章の投稿ペースですが、すでに話は全て書き終えてあるので一括更新とし、投稿日は1/12(月)にする予定です。
変則的な投稿になりますが、私の目標に近づく可能性を少しでも上げるためなのでご理解いただけますと幸いです。
では改めて、ここまで読んで頂き本当にありがとうございました。残り短い間ですが、最後まで本作をよろしくお願い致します。




