第152話 試合を終えて
先刻まで目の前にいたはずにディーバが消え、アイシスの思考は混乱で満たされる。
「ディーバ殿はいったいどこに……?」
「アイ先輩!!」
「前!!」
「しまっ……!」
ディーバがその場から消えたことで、本来はディーバが喰らうはずだった神聖なる不死鳥がアイシスに直撃した。
「アイシスさん、大丈夫ですか!?」
「……ああ、大丈夫だ。だが、これで私は敗北だな」
神聖なる不死鳥が直撃する寸前で身体に魔力を纏って防御したため、アイシスに大きなダメージはない。だが、胸に付けた勝敗を決めるためのプレートは燃え尽きてしまった。
「怪我がないなら良かったです……」
「ええ、良かったわ。それで、ディーバさんはいったいどこに消えたのよ」
三人は辺りをキョロキョロと見回すが、前後左右はもちろん上空にもディーバの姿はない。ないはずなのに、どこからかディーバの声がする。
「アタシなら、さっきからずっとアンタらの目の前にいるよ」
「……え?」
「目の前……?」
「まさか!?」
アイシスが魔力感知を発動すると、確かに目の前にディーバの魔力が存在する。その魔力を感じる部分を凝視すると、そこには一匹の蚊が飛んでいた。
「これはもしや、<変身>ですか?」
「ご名答。<変身>で小さな蚊に変身することで、<神聖不死鳥>を回避したのさ」
「まさか、<変身>にそんな使い方があるなんて……」
「しかも、あそこまで小さい生物に変身できるなんて驚きです……」
「その上、あの一瞬で<変身>を発動できるとはな。攻撃魔法でないがゆえに発動速度が重要ではない変身魔法をあの速度で発動できるとは、さすがはディーバ殿だ」
(いや、普通はそうなんですけど、師匠の場合は<変身>の発動速度が一番速いんですよ)
アイシスの言葉を聞いたレインはそう思いながら苦笑いを浮かべていた。
「で、どうするんだい? まだ、続ける気があるのならかかっておいで」
<変身>を解き蚊から元の姿に戻ったディーバは、リミアとサフィアにそう問いかけた。
「……あたし達二人だけじゃ無理よね。作戦も上手く躱されちゃったし」
「……そうですね。それに、<凌魔封結界>の反動で疲労も大きいですし」
サフィアとリミアが降参を宣言したことで、この試合はディーバの勝利となった。
*****
試合が終わった直後、アイシス先輩達は肩を落としていた。
「やっぱり、少し悔しいですね」
「そうね。三人がかりなら、もしかして勝てるんじゃないかと思ってたし」
「これが、九星魔術師の実力か……」
悔しさをにじませる三人に歩み寄りながら、師匠が優しい声音で話しかける。
「なあに、試合はアタシの勝ちだけどアンタ達も充分にすごかったよ。この平和な時代に、その若さでそれだけの実力を身に着けるのは大したもんさ。特に、アイシス」
「は、はい」
「アンタが小さいころから鍛錬を積んでたのは知ってたけど、その成果が伝わる良い戦いっぷりだったよ」
「あ、ありがとうございます……」
師匠がそう言いながらアイシス先輩の頭を撫でると、アイシス先輩は嬉しそうに頬を赤く染めていた。まるで、頑張った孫とそれを褒めるおばあちゃんみたいな光景だな。さて、師匠がアイシス先輩を褒めているなら、おれは残った二人を褒めてあげよう。
「リミアとサフィアもよく頑張ったな。偉いぞ」
「ありがとうございます……」
「ええ、ありがと……」
そう言って、おれがリミアとサフィアの頭を撫でると、二人とも頬を赤くして満足そうに微笑んでくれた。……あ、そうだ。試合を見てて一つ気になったことがあったから訊いてみるか。
「なあ、サフィア。最後以外は<神聖不死鳥>ではなく<灼熱火炎弾>を使ってたのはどうしてなんだ? 結果的には、あれで師匠を後一歩のところまで追い詰められたけど、もしかして狙ってたのか?」
「別にそんな狙いはないわ。それは、ただの偶然よ」
「じゃあ、どうして?」
「…………前にあなたが言ってたでしょ。上級攻撃魔法でカッコイイ<神聖不死鳥>が、下級攻撃魔法の<火炎弾>に破れるカッコ悪い瞬間なんて見たくないって」
「……お、おう。そうか……」
つまり、あの行動はおれのためであり、最初に<神聖不死鳥>を放とうとして<灼熱火炎弾>に切り替えたのも、アイシス先輩の<絶零氷柱槍>を師匠が<氷柱槍>で相殺したのを見たからだったのか。
まったく、相変わらずサフィアは良い奴だな。思わず、抱きしめたくなってしまう。そんなことをしたら怒られるだろうからしないけど。
おれがそんなことを考えていると誰かの視線を感じ、そちらを向くとアイシス先輩が不機嫌そうな目でおれを見ていた。この目には見覚えがある。確か、この魔の森に入った後でアイシス先輩が、「私は?」と言ったときの目だ。
……ということは、最適解はこれのはずだ。おれはアイシス先輩に近づきその頭を撫でる。
「もちろん、アイシス先輩もすごかったですよ。さすがです」
「うん、ありがとう……」
アイシス先輩は頬を赤くしてとても嬉しそうに微笑んでくれた。よし、今度はすぐに正解を引けたようだな。
「それで、この後はどうする?」
「できれば、わたしはお風呂に入りたいです」
「そういえば、かなり汗をかいたわね」
「汗……!」
そう言って、アイシス先輩は素早く後ずさりし、おれから距離を取った。
「どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもない」
なぜか、アイシス先輩は自分の服の匂いを嗅いでいた。よく分からないし、おれの横で師匠が、「まったく、アンタは乙女心の分からないやつだねえ……」とぼやいていた理由も分からない。
「そういうことなら、女性陣はアタシと一緒に露天風呂に行こうか?」
「露天風呂!?」
師匠の言葉に大きく反応した者が一人いた。それは、もちろんおれである。
「アンタはおとなしく家の中にいるんだよ。もし、うら若き乙女達の入浴を覗いたら、どうなるか分かってるだろうね?」
「わ、分かってます」
圧のあるギロリとした目で師匠に睨まれ、思わずおれは怯えた声を出してしまった。




