第145話 きれいな月
露天風呂での最高に素晴らしい混浴を終えた後。
おれは身体をふらつかせながら廊下を歩いている。い、イカン、マジで限界だ……。誰か一人との混浴でも最高なのに、最後のルミル先生との混浴は破壊力が高すぎた。これで死んだとしても、おれは本望な気がする。
……い、いや、だが、またどこかでこんな体験をできるかもしれないし、いずれは恋人が欲しいことも考えるとまだ死ぬわけにはいかない。なんとか、気力を振り絞って歩いているおれの前にヒトカゲ……、ではなく人影が見えた。
「あら、レインじゃない」
「さ、サフィアか……?」
「そうだけど、どうかしたの? あなた、顔が真っ赤な上に身体がふらついてるわよ」
「いや、風呂で――」
「ちょ、ちょっとレイン!?」
おれの意識が薄れていく中で、サフィアがおれの名前を叫んでいる気がした。
*****
「あれ……?」
「あ、目が覚めたのね。あなた、急に意識を失ったのよ。たぶん、風呂につかりすぎてのぼせたんでしょ」
「ここは……?」
「ロビーにあるソファーよ。近かったから、ここまで運んで寝かせてたのよ」
「……そうか。悪かったな」
「いいわよ、これくらい」
おれが寝ているソファーの隣に座っているサフィアがこともなげにそう答えた。その後、サフィアは顔を少し赤くし嬉しそうに口を開く。
「それにしても、さっきはびっくりしたわよ。あなた、急にあたしに抱きついてくるんだもの」
「……あー、すまん、倒れた拍子につい」
「だから、謝らなくていいわよ。それより、体調はどう? 身体は起こせるの?」
「そうだな……。まだ、少しふらつく気がする……」
試しに身体を起こしたおれはそう答えた。寝ていた……、というよりは気絶していたおかげでだいぶ落ち着いたようだが、さすがにまだ完全回復とはいかないようだ。
「それなら、外に行かない? この時間なら海の近くまで行けば涼しいし、風も気持ちいいわよ」
「そうするか。……っと、危ねっ!」
「まったく、仕方ないわね。ほら」
足がふらついているおれに、サフィアは肩を貸してくれた。それは助かるのだが、美少女であるサフィアに密着されると、また脳の温度が上がっていくのを感じる。だが、肩を借りないとおれは歩けそうにないので、そのまま外に出てビーチに到着した。
「……来たのはいいが、やっぱり横になりたいな。……けど、それなら枕が欲しい」
「……しょうがないわね。今だけ特別よ」
そう言って、サフィアは砂浜に正座し、自分の膝をポンポンと叩いた。
「ほら、来なさいよ」
「……え、いいの?」
「いいからこうしてるのよ」
「……じゃあ、ありがたく」
お言葉に甘えて、おれはサフィアの膝枕で横になった。以前、アイシス先輩に膝枕をしてもらったときも思ったが、頭の下の柔らかくも温かい感触が心地いい。だが、あのときと大きく違うのは空が完全に見えていることだ。
これが、俗に言う胸囲の格差社会というやつか。おれがそう思っていると、開けていた空が急に見えなくなった。サフィアが顔を下に向け、おれをジト目で睨んできたからだ。
「今、失礼なこと考えてたでしょ?」
……!! 思考が……読めるのか? まずい……!
「か、考えてないです」
「ホントかしら……?」
「本当だよ。サフィア(の胸がちっちゃくて)可愛いって思ってただけだよ」
「っ!! ……それなら、別にいいけど……」
おれの言葉を聞いて顔を赤くしたサフィアは、その顔を隠すように上を向いてしまった。そのおかげで、再び空が見えたので、おれは素直な感想をこぼす。
「きれいな空だな」
「そうね……。特に、月がきれいね」
「…………なあ、サフィア。夏目漱石って知ってる?」
「知らないけど、なに? というか、聞き慣れない響きね……」
サフィアはおれのほうを見て怪訝な顔をした。つい訊いてしまったが、この世界でその名前が知れ渡ってるわけがない。なお、夏目漱石が、『月がきれい』を『I love you』と訳したと言う話は信憑性が低いらしい。
「……いや、知らないならいいんだ。それより、一つお願いしてもいいか?」
「なに?」
「おれの名前を言った後で、さっき空を見たときの感想を言ってくれないか?」
「……? なにそのお願い?」
「いいからいいから」
「まあ、良いけど……」
いまいち納得が言ってなかったサフィアだが、気持ちを切り替えたようで空を見上げながら口を開く。
「レイン、月がきれいね」
「…………………………」
「ちょっと、なにか言いなさいよ」
「……ああ、悪い悪い」
自分でやらせといてなんだが、告白されたみたいでついドキリとしてしまった。まあ、サフィアのほうはそんなこと知る由もないんだが。
「せっかくだから、もう一回言ってくれない? できれば、今度はおれのほうを見ながら」
「さっきから、本当になんなのよ?」
「まあまあ、いいからいいから」
「まったく、仕方ないわね……」
おれの頼みを聞いてくれたサフィアは、今度はおれの目を見ながら口を開く。
「レイン、月がきれいね」
「…………………………」
「なんで、そんなに顔を赤くしてるのよ? なんだか、こっちまで恥ずかしくなってくるじゃない」
そう言って、サフィアはそっぽを向いてしまった。そんな態度を取られると、余計に告白感が出てる気がする。
最期にそんなドキドキする体験をして、おれ達のプライベートビーチ観光は終わりを迎えた。




