第130話 光の女神様
「あれ? レインさん、そんなところでどうしたんですか?」
「リ、リミアっ!?」
いつの間にか、リミアが部屋から出ておれのところまで来ている。ヤバい、先ほどは女の子の着替えを覗いていたせいで異様な背徳感を感じていた。だが、今度はその本人を目の前にすることで、とてつもない罪悪感が襲ってきている。
「え、レインさん、本当にどうしたんですか!?」
「えっ、なにが!?」
「だって、すごい汗をかいてますよ!」
言われて自分の顔に右手を触れていると、確かに汗……、いや正確には冷や汗でびっしょりだった。
「なにかあったんですか?」
「………………いやその、おれはリミアにひどいことをしたというか……」
「わたしに……ですか?」
罪悪感からごまかさずにそう答えたおれの言葉に、なにがあったか知らないリミアはきょとんとしている。
「本当にマジでごめんな……」
「……えっと、わたしになにをしたんですか?」
「…………それは、リミアに本気で嫌われそうだから言えない。……いや、ごめん、こんなときまで嫌われることを考えてるとかひどいな、おれ」
そう言いつつ、おれの口からはそれ以上の言葉が出てこない。すると、リミアが両手でおれの右手を握り、おれを安心させるように優しい声音で語りかける。
「なにがあったか分かりませんが大丈夫ですよ。わたしがレインさんを嫌いになることなんて絶対にありませんから」
「リ、リミア……」
「だから、正直に話してください。どんな内容でも、わたしはちゃんと受け止めますから」
そう言ってくれたリミアの表情、いやその姿は本物の光の女神様のように神々しく見えた。
「……分かった、本当にありがとう。……実は――」
おれがなにをしてしまったかを説明すると、リミアは耳まで真っ赤に染まった顔を俯かせた。だが、先ほどまで不安がっていたおれを安心させるためか、すぐに顔を上げて早口でまくし立てる。
「その、レインさんに悪気があったわけじゃないですし、仕方ない部分もあると思うんです。女であるわたしには分かりませんが、男の人はそういう物を我慢するのが難しいんでしょうし。それに、すごく恥ずかしかったですけど、わたしはレインさんになら見られても嫌じゃないです。だから、とにかく」
リミアは一度言葉を切ると、再び両手でおれの右手を握った。
「安心してください。今までと変わらず、わたしはレインさんのことが大好きですから」
「……ああ、本当にありがとう。………………あれ、今おれのことを大好きって言った?」
おれの疑問に対し、リミアはただでさえ真っ赤な顔をさらに赤くし、両手をブンブンと振りながら声を発する。
「ちちち違います! い、今のは人として好きってことで、べべ別に変な意味はないですから!」
「わ、分かった。分かったから落ち着いてくれ」
まあ、そうだよな。あんなことがあったんだし、むしろ人として好きって言ってくれるだけでも非常にありがたいくらいだ。……あれでも、さっきリミアが早口で喋ってるときになんか気になることを言っていたような……。
いや、待て。今はそんな場合じゃないな。それより、まずはリミアへのお詫びを考えるべきだ。こんなに優しい女の子には、おれも相応のお返しをしなければならない。
「それで、お詫びをしたいんだけどどうしようか? ……見ちゃったわけだし、おれの身体だったら好きにしてくれていいけど」
「……!」
「とは言っても、男であるおれの身体に価値なんかないよな」
「……そ、そんなことはないと思いますけど……」
「え、そうなの? じゃあ、おれはなにをすればいい? なんでも言ってくれていいぞ」
「そ、それは……」
おれのことを恥ずかしそうにチラチラと見てくるリミアだが、いっこうに口を開く気配はない。……まあ、よく考えればそうだよな。仮に、おれが女の子に、「なんでもしていいけど、なにがしたい?」って問われても、恥ずかしくてなにがしたいかは言えないだろうし。
しかし、リミアはしたいことはあるみたいだが、それはいったいなんなんだろうな? ……あれかな、女性は男の筋肉が好きとか耳にしたことがあるし、そういうことか? ……なんにしても、リミアがしたいことをできる状況にしてあげるべきだな。
「じゃあ、こうしよう。おれは今から<睡眠>を強めにかけて、なにをされても数時間は目が覚めないようにする。その間に、リミアはおれの身体を好きにしてくれ」
「……ほ、本当にいいんですか?」
「ああ、おれがしてしまったことを考えれば、なにをされても文句を言う権利はないからな。だから、したいことがあれば、好きにやってくれて構わない」
「……わ、分かりました」
無事に話がまとまったので、おれ達はリミアの部屋に入る。そして、リミアに言った通り、おれは<睡眠>を自分に発動して深い眠りにつくことにした。
*****
数時間後、おれが目を覚ますと、リミアが近くに座っていた。
「あ、目が覚めましたか?」
「ああ、おはよう。それで、どうだ? 少しはお詫びになったか?」
「は、はい。とても、お詫びになりました」
顔を赤くしたリミアが、なにやら少し不自然な言葉遣いでそう返した。……ふむ、いったいなにをされたんだろうな? ……まあ、あれこれ詮索するのもリミアに悪いからやめておこう。
「それなら良かった」
「あ、でも……」
「なんだ?」
「……その、しちゃいけないなと思ったことはしてませんから」
リミアは恥ずかしそうにおれの目を見ながらそう言った。……いや、正確に言うと目ではないな。目よりも、少し下のほうを見ている気がする。
「そうなのか? 別に、したいことがあるなら好きにしてくれて良かったんだけど」
「いえ、それは……、やっぱり今の関係でそういうことをするのは良くないと思いますし……」
下を向きながら、小さな声でリミアがつぶやいた。なにを言ったかは分からないが、おれに異を唱える気はないからいいだろう。
「まあ、思っていた以上にお詫びになったみたいだし良かったよ。ただ、まだまだ詫びたりないだろうし、また同じようになにかしたくなったら、遠慮なく言ってくれていいから」
「い、いいんですか?」
「……え? あ、ああ、リミアがしたいならもちろんいいぞ」
「……そ、そういうことなら、またそのうちお願いするかもしれません」
なにかと遠慮がちなリミアなら断ってくるかと思ったが、予想に反してのってきたな。まあ、それほどまでにお詫びになったのならなによりだ。