第125話 カナイ村の案内
「案内と言っても、あまり大した物はないんですが……」
リミアに連れられて、おれ達はまずこの村で一番大きな家の前まで来た。
「ここが、村長さんの家です。村長さんの家系は代々結界魔法の使い手で、いつも村を守ってくれています」
「村の周囲に貼られてた結界は村長さんのだったのか」
「え、そんなのあったの? あたし達は普通に村に入れたわよね?」
「あの結界は人には効果がないからな。だが、危険な生物、特に魔物には強い効果を発揮するタイプだよ」
おれ達が次に案内されたのはこの村で一番大きな……、というよりは広い建物だ。
「ここは大衆浴場です。この村ではわたしの家も含めてお風呂がない家が多いので、たくさんの人がこの大衆浴場を利用しています。あ、ちなみに男女別ですよ」
「なんで、今リミアはおれを見たんだろう?」
「そんなの決まってるでしょ。それより、広いお風呂があるのは良いわね」
「そうだな。今夜は是非とも利用させてもらおう」
その後、いくつか建物を案内されたところでサフィアが口を開いた。
「ねえ、ミア。この村には飲食店とか洋服屋ってないの?」
「すいませんが、そういうのはないですね」
「そうなのね。やっぱり、王都と比べると色々と大変そうだわ……」
「飲食店はまだいいとして、着ている服はどうしてるんだ?」
「狩った動物の皮などを素材にして加工が得意な人に作ってもらったり、後はおさがりをもらったりですね」
「なんか、こういう素朴な村らしいな」
サフィアの言う通り、やはり田舎の村は大変そうだな。王都では魔道具などもあり生活基盤は割と安定しているが、この村は最低限の物しかないといった印象だ。その生活状況に思うところがあったのか、アイシス先輩が悩まし気に話し始める。
「ふむ……。この国の中にはこのように不便な生活を送っている場所もあるのだな。今すぐには難しいが、いずれは王都から支援を行って生活を発展させたいところだ」
「……! アイシス様、ありがとうございます! 可能であれば、是非ともお願いしたいです!」
感極まったのか、リミアはアイシス先輩の右手を両手で握りながらお礼を言った。
「どこまで支援ができるか分からないが、公爵家の者として善処しよう。それと、この村にいる間は様付けを止めてもらえないだろうか? もし、君さえ良ければ、この村だけでなく、今後は様付けをしなくても構わないし」
「……分かりました。じゃあ、これからはアイシスさんと呼ばせてもらいますね」
「ああ、それで頼むよ。私も、これからはリミア君と呼ばせてもらおう」
さすがは、民のことを重んじるアイシス先輩だ。未来の夫として、そのときはおれも全力で協力させてもらおう。
さて、村の案内はそろそろ終わりみたいだが、おれが一番気になるのはやはり娯楽の少なさだな。これが日本であれば、田舎だろうとネット環境さえあればいくらでも楽しめる。なんなら、コンテンツが多すぎて、時間がいくらあっても足りないくらいだ。
だが、この村どころかこの世界にはネット環境なんて物は存在しない。なので、口癖が「唆るぜ、これは」の天才科学者をこの世界に連れてきたいくらいだ。まあ、それは不可能なので、実際にはどうしてるか訊いてみよう。
「なあ、リミア。この村ではなにか娯楽ってあるのか?」
「娯楽ですか。そうですね……」
リミアが周囲を見回すと、一人の小さい女の子、言い換えると幼女がこちらに走ってきた。幼女ということはつまり、どこぞの後宮の先帝が好みのタイプとする女性だな。
「あー、リミアおねえちゃんだー、おかえりー」
「ただいま。モカちゃん、久しぶりだね」
「ひさしぶりー、えーと、…………さんかげつぶりくらい?」
モカちゃんは指を一本ずつ曲げながら月日を数えて答えを出した。リミアは、「そうだよー」と答えながらモカちゃんの頭を優しく撫でる。
「お姉ちゃんってことはリミアの妹なのか?」
「いえ、違います。近所の子ですね」
言われてみれば、リミアとモカちゃん似ていないな。このくらいの子が年上の相手を『お姉ちゃん』と呼ぶのはよくある話か。ならば、おれのことも『お兄ちゃん』と呼んでくれても構わない。むしろ、推奨。
「リミアおねえちゃん、あそぼー」
「うーん、ちょっと待ってね」
そう言って、リミアはおれ達のほうを見た。まあ、今は一応おれ達に村の案内をしてくれていたからな。とはいえ、それも終わりみたいだし、特に問題はないだろう。それに、さきほど娯楽の話をしていたから、遊ぶというのもちょうどいい。
「その子と遊んで大丈夫だぞ」
「ありがとうございます。じゃあ、モカちゃん、なにして遊ぶ?」
「うーん、……おままごと!」
おままごとか……。確か、昼ドラばりのドロドロとしたやりとりをする遊びだな。……うん、違うね、それはリアルおままごとだね。さて、真面目な話、おままごとは大した道具がなくてもできるから、この村の子供らしい娯楽だな。
だが、このおままごとを発端として、あんな言い争いが発生するとは思ってもみなかった。




