第116話 初めて知った感情
レインが深い眠りについてから一時間ほど経ち、アイシスは目を覚ました。
「ここは……? そうか、私はバーンズアークの部屋で眠ってしまったのか……」
悪いことをしてしまったな、と思いながらアイシスがこの部屋の主を探して辺りを見回すと、レインが壁に寄りかかって眠っているのが目に入った。
「その上、ベッドまで奪ってしまったのか。本当に申し訳ないな……」
アイシスは身体強化を発動すると、レインをお姫様だっこで抱きかかえた。そのまま、ゆっくりとベッドまで移動し、レインを起こさないように気を付けながらベッドに下ろす。だが、疲れていた影響もあり、アイシスもそのままベッドに倒れ込んでしまった。
「……さすがに、少し眠ったくらいでは疲れがとれないか。 ……っ!」
目の前にあるレインの寝顔に、アイシスは思わず見惚れてしまう。そして、速くなる心臓の鼓動につられるように顔と顔を、正確には唇と唇を近づけていくが、その距離がゼロになる前に勢いよく顔を離した。
「いったい私はなにをしているんだ……。こういうことを眠っている相手に、いや、起きていたとしても許されることでは……。……駄目だ、一旦落ち着こう」
自分らしからぬ行動に混乱していたアイシスだったが、数回ほど深呼吸をすることで普段の冷静さを取り戻した。そして、ベッドから下りて窓に近づき外の様子を見る。
「雨はまだやんでいないようだし、もうしばらくはここにいさせてもらうか」
そう言いながら、アイシスは窓からレインへと視線を戻し、さらにその視線をレインの顔へと向けた。
「……しかし、先ほどのような行動を衝動的にしてしまうとは、やはり私は君のことが……」
そうつぶやくアイシスのレインに向けた視線は、次第に熱っぽい視線へと変化していった。その後、ベッドに近づきレインのそばに座りながらアイシスは口を開く。
「先ほどの行動は問題だが、これくらいなら構わない……よな? 以前、バーンズアークも私とこうしたがっていたし……」
アイシスは戸惑いながらも自分の右手をレインの右手へと伸ばしていく。そして、少しの間ためらったのちに、思い切ってレインと手を繋いだ。その繋いだ手から伝わる熱が、アイシスの心をじんわりと温めていく。
「……君も魔法学院の屋上で私と手を繋いでいたときに、こんな気持ちだったのか? そうであれば嬉しいが、おそらく違うのだろう……。……だからせめて、もうしばらくはこうさせてくれ」
初めて知った感情に困惑と心地よさを感じながら、アイシスは繋いだ手に力を込めた。その状態で数十分ほど経過した後、いつの間にか雨音がしなくなっていることにアイシスは気付く。
「……まだ、ここにいたいところだが、帰らないわけにもいかないしな」
繋いだ手の熱に名残惜しさを感じながら、アイシスはゆっくりと手を離して立ち上がる。そして、窓を開けてそこから出る前に、未だに眠ったままのレインに言葉を残す。
「今日は世話になった、ありがとう。明日は……休みだし、次に会えるのは明後日か。……またな、バーンズアーク。……いや、レイン」




