第115話 こうしたい気分
現在、おれは自室にいるのだが……。
「服を借りてしまってすまないな」
「いえ、さすがにずぶ濡れのままじゃ帰れませんし、全然いいですよ」
今、目の前にはおれのTシャツとハーフパンツを着たアイシス先輩がいる。これは、いわゆる彼シャツというやつなのでは? しかも、あれだけ雨に打たれれば下着も当然ずぶ濡れなので、今のアイシス先輩は下着を付けていないのでは?
「どうかしたのか?」
「あ、いえ、むしろおれのほうこそすいません。最近、雨が多くて洗濯をサボっていたからロクな服がなくて」
「それは構わないし、そもそも借りている以上は不満を言える立場でもない。だが、君の言う通り、部屋の中は少々乱雑だな」
洗濯物を入れてあるカゴはすでに満杯な上に、床にもいくつか服が点在していた。……あれじゃね、いっそこのまま部屋を散らかせば、いずれはお隣の天使様に部屋の掃除をしてもらえるのでは?
だが、残念ながらここは男子寮なのでお隣りに天使様は住んでいない。お隣ガチャに関しては大外れである。その代わりというわけではないが、今のおれの部屋には天使と言っても差し支えない美少女がいるのだが。
その天使様ならぬ氷の姫君様が洗濯カゴを覗きながら口を開いた。
「……ちなみに、君の言うところの、……女の子は普通に洗濯ができるのだろうか?」
「……え? ああ、まあ、そうですね。そういうイメージです」
「……そ、そうか。ほ、他には、どんなイメージがある?」
「そうですね……。掃除とか料理も上手いと思います」
「ぐっ……」
洗濯という言葉から家事に関する話だと思いなにげなく答えたのだが、なぜかアイシス先輩に見えない刃が数本グサリと刺さっているように見えた。
「……あの、どうかしましたか?」
「いや、私はそれらのことが一切できないんだ……。その手の家事は全て使用人がしてくれるのでな……」
落ち込んでしまったのか、アイシス先輩は俯きながらそう言った。イカン、フォローしなければ。
「いやでも、アイシス先輩は貴族で忙しいですし仕方ないですよ。そ、それより、疲れてるんだから、座って休んだらどうですか?」
おれは自分が座っているベッドの横をポンポンと叩いた。
「そうだな……。そうさせてもらうか」
そう言って、アイシス先輩はこちらに歩いて来る。だが、その途中で床に落ちていた服の一つに足を滑らせた。
そういえば、胸の大きい女性はそれゆえか、足元が見えないと聞いたことがある。おれがそんなことを考えている内にその大きな胸は眼前に迫っており、そのままおれをベッドに押し倒してきた。
そのため、おれの顔全体に柔らかい感触が走り息が止まる。……ああ、このまま息苦しさと幸福が共存する感覚の中でなら死んでも本望かなと思っていると、アイシス先輩がガバッと身を起こした。
「す、すまない! 大丈夫か?」
「あ、はい、全然大丈夫です。むしろ、ありがとうございますというか」
「ありがとう……?」
おれのお礼に首をかしげていたアイシス先輩だったが、その意味するところを理解したのか、次第に頬が赤くなっていった。
「あ、あの、なんというかすいません」
「……いや、そもそも押し倒してしまった私が悪いからな。君に非はないよ」
「…………前にも言いましたけど、こういうときは文句や不満を言ってくれていいんですよ。なんなら、わがままとか言ってくれてもおれは全然いいですし」
「そうか……。では、一つだけ」
そう言うと、アイシス先輩はおれの身体にのしかかってきた。そのため、今度はおれの全身にアイシス先輩の柔らかい身体の感触が走る。
「あ、アイシス先輩、これは……?」
「…………なんとなく、こうしたい気分だったのだが駄目だろうか?」
「だ、駄目ではないですけど……」
近い! アイシス先輩の顔がめっちゃ近い! 可愛い! そして、視線を下に向ければ、そこにあるのは豊かな胸。しかも、おれのTシャツを着ているせいで首回りにゆとりがあり、胸の谷間や北半球が露わになっている。
さらに言えば、おれにのしかかっているせいで胸がつぶれてしまっている。にも関わらず、その大きさと存在感をはっきりと主張しているため、元々がいかに大きいかを強調しているようである。
なにこの状況!? こんな視覚的にも触覚的にも最高な状態が続けば、おれの理性はすぐに崩壊しちゃうよ!? い、いや、大丈夫だ、落ち着け、レイン。おれにはルミル神から賜った強靭な精神力という名の<麻痺>がある。
ゆえに、いざとなればそれを使ってこの状況を問題なく切り抜けられる。だから、後はこの幸せにして危険な状況がどれくらい続くかだけ確認しておこう。
「……ちなみに、いつぐらいに帰る予定ですか?」
「そうだな……。雨がやむまではいさせてもらっていいか?」
ということは、もし雨がやまなければ一晩中このままということか。雨、やむなー! そう思いながらアイシス先輩の顔を見ると、アイシス先輩は顔を赤くし潤んだ瞳でおれを見ていた。だが、おれと目が合うと恥ずかしさゆえか、顔を逸らしてしまう。
ああ、ヤバい。可愛いし気持ちいいしで全然落ち着かない。この時間がずっと続いて欲しいが、そうなるとある意味困るので続かないで欲しい。そんな矛盾した思いを抱えながらしばしの時間が経過すると、横を向いていたアイシス先輩の顔がおれの肩のあたりに落ちてきた。
「どうかしましたか?」
「…………………………」
へんじがない、ただのしかばねのようだ、なんてわけはなくスースーと寝息が聞こえてきた。どうやら、眠ってしまったようだが、だいぶ疲れていたみたいだから仕方ないな。このままというわけにもいかないし、どうせならベッドでゆっくり休んでもらおう。
おれは一夜の過ちを犯さないようにまず精神統一をした後で、アイシス先輩を起こさないようにゆっくりと身体を反転させた。すると、目の前にあるのはアイシス先輩の可愛らしくて無防備な寝顔。
そのまま、ずっと眺めていたくなってしまうような寝顔だが、その想いを無理やり抑え込んでおれはベッドから下りた。さて、美少女がおれのベッドで眠っているという状況におれの理性が崩壊するまえに、それを失ったほうがいいだろうな。
そう思ったおれは座って壁に寄りかかり、自分に威力を上げた<睡眠>を発動して深い眠りにつくことにした。




