第11話 勝てるわけがない
おれはリミアと二人で宿屋の一室に二日間泊まることになった。
これを言い換えると、男女が二人きり、密室、二日間。なにも起きないはずがなく……、となる可能性がある。え、あるの? マジであったりしない!?
いやいや、いかん。おれとリミアはまだそういう関係ではない。せいては事を仕損じる。
おれは紳士として、もっとリミアとの間に信頼関係を築き、さらにその関係を深め、それを清い交際へと発展させるべきだ。
さて、宿屋は夕食付きだったからご飯は済ませたし、風呂にも入ったからあとは寝るだけだな。
「じゃあ、明日は試験だし早めに眠ろう」
「そうですね。じゃあ、レインさんはベッドを使ってください。わたしは床で大丈夫なので」
もー、なんでこの子はこう遠慮するんだろう。リミアみたいな美少女はもっとワガママ言ってもいいと思うんだけどなあ。むしろ、たまにはワガママ言って欲しい。そして、それを聞いてあげたい。
まあ、そんなおれの歪んだ欲望は置いておいてどうしようか? 部屋の中にはベッドが一つ、机と椅子が一つずつなど最低限の家具しかない。まあ、本来は一人部屋だし一つずつしかないのは当然である。
ここで、「いや、おれが床で眠る」と言っても、先ほどのどちらが宿屋に泊まるかというやりとりと同じく、押し問答になるに違いない。
では、どうするべきかと考えていると、おれより先にリミアのほうが口を開いた。
「あの、レインさんって今自分のほうが床で眠るって考えてますよね?」
「……バレたか。んー、でもどうするかなあ……」
「……それじゃあ、……あのですね」
リミアは頬を朱に染め顔を俯かせながら、思いもよらぬ提案をしてきた。
「……もし、レインさんが嫌じゃなければ、その……、ベッドで一緒に眠りませんか?」
なん………………だと………………!?
リミアは今なんて言った!? ベッドで一緒に眠りませんかって言わなかったか!?
え、ちょっと待って!? ベッドで一緒に眠りませんかってことはつまり、ベッドで一緒に眠りませんかってことだよな!?
え、なにもしかしてリミアっておれのこと好きなの? いや、待てそんなわけがない。冷静になれ、おれ。こんな美少女がおれのことを好きになってくれるわけがない。
いや、待て。好きになってくれるわけがないと決めつけじゃだめだ。おれはリミアとはいずれそういう関係になりたいわけだから、そう簡単に好きになってくれるわけがないに訂正しよう。
で、そう考えた場合、この提案は優しく可愛い光の女神リミア様からの厚意による提案なわけだ。いやでも、厚意じゃなくて実は好意だったりしない? いや、だからそう都合よく考えるな、おれ。
だいだいもし仮に好意だったとしても、まだそういう関係でもないのにそういうことをしようと考えるような女の子じゃないだろう、リミアは。
うん、やはりこれはリミアの優しさから来る物だ。よし、まずここまでは大丈夫だ。では、次はこの提案をどうすべきかだ。
もちろん、おれとしてはリミアと一緒にベッドで眠りたいかと問われれば、答えは「はい」であり、「YES」であり、「OK」である。断るという選択肢など一片たりとも存在しない。
いや違うよ、あれだよ。別に美少女と一緒のベッドで眠りたいから断らないとかじゃないよ。あくまでも、リミアの厚意を無碍にはできないってのが理由だよ。やましい気持ちなんて全く全然これっぽっちも存在しないよ。ホントだよ、嘘じゃないよ。
そう、やましい気持ちなんて一切ない。だから、この提案に乗ってリミアと一緒のベッドで一晩過ごしてもなんの問題も起きないし、問題が起きないならなんの問題もない。
いや待て。本当になんの問題もないのか? 確かに紳士であるおれがリミアに対して変な気を起こしたりするつもりは毛頭ない。だが、絶対と言い切れる保証もない。そう、万が一ということもありえなくはない。
そうだ、もしかすると、おれの理性が暴走してリミアに嫌な思いをさせてしまう可能性も1%くらいは存在するかもしれない。
そう考えると、ここは男として残念だが……、じゃなかった。リミアの厚意を無碍にしてしまい申し訳ないが、この提案を断るべきだろう。
よし、考えはまとまった。あとはリミアにその提案を断るということを伝えるだけだ。そう思い、おれは口を開いた。
「……おれは別に嫌じゃないから、ベッドで一緒に眠ろうか」
……………………………………………………。
考えていたこととは真逆の回答が、おれの口から勝手に出た。
残念ながら、欲求には勝てなかったよ。
*****
というわけで、今おれはリミアと一緒にベッドに入っている。
ただ一緒のベッドで眠るだけでそれ以上のことはないのだが、今のおれは異様な高揚感に包まれている。しかも、今日だけじゃなくて明日もこうなるんだろ。
あ、もしかして師匠の手紙に書いてあった餞別ってこれのことなんじゃないか? やっぱり師匠は最高だぜ!
「……レインさん、まだ起きてますか?」
その声とともにリミアが寝返りを打つ気配がした。一応、お互いに逆方向を向いて寝ていたのだが、おれと話をするためにこちらを向いたようだ。
「すいません、なんだか寝付けなくて……」
「……えーと、理由は分かるか?」
「やっぱり、明日の試験が不安で……」
なんだ、そういうことか、びっくりしたぜ。「眠っている間にレインさんに襲われないか不安で」とか言われたらどうしようかと思った。
まあ、眠るだけならおれのテクニックで眠らせてあげることもできるんだけどな。いや、違うよ。なんか、意味深な言い方したけど変な意味じゃないよ。<睡眠>の魔法を使うだけだよ。
さて、リミアは不安とのことだが、おれの見立てと事前に入手した情報から考えると、リミアはほぼ確実に合格できるはずだ。王都までの旅の中である程度の話はしたが、もう一度確認しておこう。
「リミアって基本的な読み書き計算はできるよな?」
「はい、できます」
「あとは、ちょっと確認したいことがあるからそっちを向いていいか?」
「大丈夫ですよ」
許可をもらえたのでおれは寝返りを打ちリミアのほうを向く。うおっ、リミアの顔がめっちゃ近い! しかも、超可愛い。って、そうじゃない。今は真面目な話をしているんだ!
おれは魔眼を発動し、リミアの魔法能力を確認する。その結果、リミアの保有魔法数はやはり五種類。この時点で、魔法学院が定める合格基準を満たしている。
さらに、リミアは魔力も高く貴重な光魔法の使い手。これで、合格しないほうがおかしいだろう。
まあ、リミアにその話をする前に念のため、おれが入学試験の情報収集をした日のことを思い出しておこう。
そうだな。あの日の感想を十文字以内で述べるならこうなるだろう。
うわようじょつよい!