第101話 可愛い物が好き
アイシス先輩とのお忍びデートが幕を開けた。
お忍びデートなので、もし誰かにアイシス先輩だと気づかれたら、その相手にモノを葉っぱに変える忍術を使わないといけない。……いや、あれは生きている相手には効かないから、使うのは記憶消去の忍術だな。忍術名はイキュラスキュオラ。
さて、肝心のデート内容だが、昨日の今日ということもあり具体的に行先は決まっておらず、まずは適当に街を歩いている。
「……やはり、多数の視線を感じるな」
「え、そうなんですか?」
「ああ、間違いない。この格好でも、私だと気付かれているのだろうか?」
「そんな簡単に気付かれないと思いますが……」
そう言いながら、おれも周囲の視線を観察すると、確かにすれ違う人達の大多数がアイシス先輩に視線を向けている。だが、その視線はアイシス先輩のご尊顔、ではなくご尊パン、でもなくご尊パイに向けられていた。
……まあ、いかに恰好を変えても、その大きな胸は隠しきれないからなあ。いや、実際には胸を小さく見せる下着とかもあるらしいけど、わざわざそんなのつけてるわけがないし。
それと、こういうときは女の子の胸をジロジロ見るなと言いたくなるところだが、それに関してはおれも人のことを言える立場ではない。というか、むしろこんな素晴らしい物を見ないほうが失礼なのでは? いや、実際には見るほうが失礼なんだけどね。
ゆえに、アイシス先輩に見られてるのは顔ではなく胸ですよ、なんてことを言うわけにはいかないな。ここは適当にごまかしておこう。
「あれですね。やはり、アイシス先輩みたいな有名人だと、隠しきれないオーラみたいな物があるんですよ。だから、周囲の人もアイシス先輩のことを見るんでしょう」
「ふむ……。そういう物だろうか……」
「はい、きっとそうです。それより、どこか行きたいところとか、見たい物とかはありますか?」
残念ながら、先ほどのごまかしだけでは通らなそうなので、ここは話題を逸らしておこうと思い、おれはそう言った。
「そうだな……。正直、あまり思いつかないのだが……」
そう言いながら、アイシス先輩は周りを見回す。すると、とあるお店を見て、ピタッと動きが止まった。そこには雑貨屋があり、さらにアイシス先輩の視線を追うと、窓際に置いてある猫のぬいぐるみが目に入った。
「このお店が気になるんですか?」
「い、いや、そういうわけでは……」
珍しく少しうろたえながらアイシス先輩がそう答えた。だが、その答えとは裏腹に視線はあの猫のぬいぐるみにチラチラと向けられている。……猫と言えば、以前アイシス先輩がおれの部屋に来たときに、猫をずいぶんと可愛がっていたな。
「もしかして、猫が好きなんですか?」
「っ! べ、別にそういうわけでは……」
「でも、前におれの部屋で猫を可愛がっていたじゃないですか」
「なっ!? み、見ていたのか!?」
「あー、見ていたというかなんというか……」
さすがに、あの猫が実は<変身>で化けたおれだったと言うわけにはいかない。まあ、サフィアみたいに下着姿を見てしまったわけではないから、言っても許してもらえるとは思うけど。
「見られていたのなら仕方がないな……。正直に話すと、猫……というか可愛い物が好きなんだ……」
アイシス先輩は観念したとでも言うようにそう話し始めた。
「そうだったんですね。でも、そういうことなら隠す必要もないと思いますが」
「だが、私にはそういう物は似合わないだろうし……」
……確かに、見た目はまごうことなき美少女であるアイシス先輩だが、中身のほうは女の子感がないかもしれない。このお出かけ……、ではなくデートに誘ったときも休日は基本的に鍛錬をしているとの答えだったからな。
つまり、そういうところを踏まえてアイシス先輩は自分に可愛い物は似合わないと思っているということか。だが、それは大きな誤解と言える。だって、美少女にはなんでも似合うものだからな。
「大丈夫です。アイシス先輩には可愛い物も似合いますよ」
「そ、そうだろうか……」
「はい、おれが保証します。だから、このお店に入りましょう」
「わ、分かった。君がそこまで言うならそうしよう」
無事に話がまとまったので、おれ達はその雑貨屋に入りぬいぐるみコーナーへと向かう。そこに並んでいる猫・犬・兎などのぬいぐるみを見てアイシス先輩は目を輝かせていた。
「こ、これは触ってもいいのだろうか?」
「それくらいなら大丈夫ですよ」
おれがそう答えると、アイシス先輩は猫のぬいぐるみを手に取り、嬉しそうに頭を撫で始めた。……これは前言撤回だな。アイシス先輩は中身のほうもちゃんと女の子であり、そのぬいぐるみを愛でる姿は非常に可愛らしい。
「ちなみに、どのぬいぐるみが好きなんですか?」
「そうだな……。やはり、これだろうか」
アイシス先輩は白猫のぬいぐるみを持ち上げておれに見せた。おれはそれを受け取りアイシス先輩と見比べる。……うむ、似合うな。
「分かりました。じゃあ、おれはちょっと他のところを見てくるので、アイシス先輩は好きにしていてください」
おれはそう言うとその場を離れ、店内で所用を済ませ戻ってきた。そして、アイシス先輩がひとしきりぬいぐるみを愛で終わったところで声をかける。
「満足しましたか?」
「ああ、とても楽しかったよ、ありがとう」
「それなら良かったです。じゃあ、これをそうぞ」
「これは、先ほど私が好きだと答えたぬいぐるみだな。どういうことだ?」
「日頃、生徒会の仕事とかでアイシス先輩には世話になってるし、そのお礼といいますか……。まあ、要するにプレゼントですね」
「そういうことか……。それなら、遠慮なくいただこう」
おれがぬいぐるみを手渡すと、アイシス先輩はそれを両手でギュっと抱きしめた。そして、頬を朱に染めて微笑みながら口を開く。
「ありがとう、大切にするよ」
その笑顔は、まるで小さな子どものようにあどけなさを感じさせる可愛さだった。