第01話 転生と出会い
おれの意識が覚醒し最初に目にしたのは……知らない木だった。いやまあ、そもそも木に詳しくないから知らない木のが多いんだけどな。
で、見た感じだと周囲にたくさん木が生えているからここは森の中か? というか、ここが森の中だとして、おれはなんでそんなとこにいるんだ?
状況を把握するためにおれは眠る前の出来事を思い出そうとするが、なにも思い出せない。寝起きで意識がはっきりしないせいか?
まあ、仕方ない。どうやらおれは地面に寝転んでいるようだし、とりあえず身体を起こすか、と思ったのだがなぜか起き上がれない。
そこで、とりあえず視線を身体のほうに向けてみると、目に映るのはまるで赤ん坊のように小さい身体だった。……え、マジでどういうことだってばよ?
………………あーそういうことね、完全に理解した。きっとこれは夢だな。でも、どうせ夢を見るんだったらもっと良い夢を見たかったなあ。
まあ、別に全然贅沢は言わないけど例えば、ある富豪の家に遊びに行くとそこの富豪の娘と友人がなにも言ってないのに勝手に衣服を脱ぎ始め、「今夜は両親が留守なの」って言い出すとかさ。
あれでも、こうして意識がはっきりしているってことはこれってたぶん明晰夢だよな。だとすると、夢の展開をある程度コントロールしたりできるはずだ。よし、せっかくだし試してみよう。
……じゃあ、とりあえずあの木の陰から美少女が出てくるとかどうだ。さあ、来い!
すると、おれの思いが通じたのか、なにやらガサガサと音がして本当に木の陰から誰かが出てきた。しかし、出てきたのは残念ながら美少女ではなく、……え、いや、なんだあれ?
なんか全身が緑色だし手には棍棒みたいのを持っているし、あれアニメとかでよく見るゴブリンじゃね? え、しかもなんかこっちに近づいてくるんだけど。
いやいや、待って! 夢とは言えゴブリンに襲われるのとか嫌だよ! 助けて、ゴブスレさん!
……いや、そうだ、これは明晰夢なんだから、あのゴブリンは念じれば消えるはずだ。
……駄目だ、念じても消えない! な、ならせめて防御だ。覚醒しろ、秘められしおれの力。そして、バリアを貼るんだ。
そう、指を結べば人はバリアをはれる! ガキでも知ってる常識だべ?
そう考えているうちにゴブリンはおれの目の前に立ち、おれに向かって棍棒を振り下ろす。だが、その棍棒はおれに届くことはなく、まるで見えない壁にぶつかったかのようにはじき返される。よっしゃ、どうやらバリアをはるのには成功したらしい。
その後、ゴブリンは何度か棍棒を振り下ろしていたが、無駄だと悟ったらしく、どこかへ消えていった。……ふう、夢とは言え危なかったぜ。
さて、気を取り直して今度こそ美少女カモン! すると、またなにやらガサガサと音がして木の陰から誰かが出てきた。そして、そこから現れたのは……、よっしゃマジで美少女が来た! いや、見た目の年齢的には美女か?
しかも、その見た目は絶世の美女と言っても過言ではないほどだし、胸もすごいでかい。英語で言うと、SUGOIDEKAI。
そして、その美女はおれのほうに近づいてきて口を開く。
「おや、妙な魔力を感じて来てみれば、いたのはまさかの赤ん坊か」
えっ、魔力? ……うーん、まあ夢だから変な言動をしてもおかしくないか。
あと、魔力と言えば、この美女の格好がなんか魔術師っぽいな。いかにもなローブと帽子を身に付けているし。ついでに言うと、長い桃色の髪をしている美女だ。
「まったくどこのどいつが捨てたんだか知らないが、ひどいことをする奴もいたもんだ。……まあ、放っておく訳にもいかないし、とりあえずアタシの家に連れて帰るかね」
そう言って、美女はおれを持ち上げて抱きかかえる。すると、赤ん坊のおれの身体にその豊満な胸ががっつり当たる。あ、すごい柔らかい。
こうして、おれは素晴らしい温もりを感じながら、美女の家へとお持ち帰りされた。
*****
「さて、連れ帰ったはいいが、このあとどうするかねえ。あんな場所にいたけど見た感じ、怪我とかはないようだが……」
美女はおれをベッドに寝かせると、自分もすぐ近くに座ってそう言った。
「ねえ、アンタ誰に捨てられたとか分かるかい? ……なーんて、赤ん坊には無理な話か。なんにも覚えちゃいないだろう」
うーん、そうなんだよなあ。おれの記憶は未だにはっきりしない。……あれ、というかさすがにこの夢長くないか? 目が覚める気が全然しない。
そういえば、この美女はさっき魔力がどうとか言っていたし、モンスターであるゴブリンを見かけた。加えて、おれは赤ん坊になり見ず知らずの場所にいた。
これらを踏まえると、まさかとは思うがひょっとして、
「これって夢じゃなくて異世界転生なのか!?」
「えっ!? 喋った!?」
「え? あ、喋れるんだ、おれ」
まさかの異世界転生に驚いて思わず声を出してしまったが、おかげで喋れることに気付くことができた。未だに驚きの表情を浮かべる美女におれは声をかける。
「あの、すいません。色々と訊きたいことがあるんですが、大丈夫ですか?」
「……え? あ、ああ。そうだね、構わないよ。アタシも訊きたいことがあるし。しかし、喋る赤ん坊に出くわすとか長生きはするもんだねえ……」
ん、長生き? 見た感じは二十歳くらいだけどこの人って高齢なのか? 耳は長くないけど実はエルフとか?
「さて、まずはアンタの質問に答えようか。なにが訊きたいんだい?」
普段のおれであれば、こんな美女相手には、いや相手が美女じゃなくても他人とは緊張してまともに話せないのだが、異世界転生という特殊な状況で精神がハイになっているのか、スムーズに言葉が出てくる。
「えーと、そうですね……。お姉さんって魔力とか魔法って使えるんですか?」
「ああ、使えるよ。例えば、これが炎魔法だ」
お姉さんは手を上に向けてなにもないところから炎を発生させた。マジかよ、すごい。
「なにかもうひとつくらい魔法を見せてもらっても良いですか?」
「ああ、構わないよ。……そうだ、それならちょうど良いのがあるね」
「というと?」
「いやなに、さっきから赤ん坊と会話しているのがどうにも変な感じでね」
言われてみれば、確かに喋る赤ん坊というのは非常にシュールな光景だろう。
「だから、この魔法を使うよ」
お姉さんがおれに向けて手をかざすと、おれの身体が光に包まれる。そして、その光が消えると、おれは赤ん坊ではなくなっていた。
「……あの、これっていったい?」
「今のは変身魔法だ。とりあえず、アンタを六歳くらいの姿に変身させた。これなら喋っても違和感はないだろう」
そう言うと、お姉さんはベッドから立ち上がり、手近にあったイスに座った。おれのほうは子どもの姿になったことで無事に起き上がることができたので、ベッドの端に腰掛けて姿勢を正した。
しかし、手から炎を出した上におれの姿を別物に変えるとかこれは完全に魔法だ。この状況で目が覚めないとも思えないし、これは異世界転生で間違いないだろう。
「次はアタシに質問させとくれ。アンタはいったい何者なんだい?」
「……すいません。おれもどうしてこうなったかは覚えてないんですが、状況的におれは別の世界からこの世界に転生したんだと思います」
「転生か……。まあ、そういうこともあるんだろうねえ」
「えっ!? 信じてくれるんですか!?」
「わざわざそんな妙な嘘をつく理由がないしね。 それに、この世界には魔法があるんだ。だったら、転生があったって不思議はないだろう?」
言われてみれば、確かにその通りだ。魔法という特殊な概念が普通に存在しているこの世界なら、転生という話も信じやすいのだろう。
「それにアンタの魔力は明らかに特殊だ。別の世界から来たってんだったらむしろ納得がいくよ」
「えっ、ホントですか!? おれに魔力があるってことは、もしかしておれも魔法が使えるようになるんですか?」
「ああ、なれるね。しかも、アンタはすでに魔力を使っている。赤ん坊なのに話せたのもそれも原因だろう。その辺を踏まえて上でアタシの見立てだと、アンタは相当の使い手になるだろう」
うおおおおお、マジか!! めっちゃテンション上がってきた!! これっていわゆる転生チートってやつだろ!!
あと、おれがすでに魔力を使っているってことは、あのゴブリンの攻撃を防げたのもそれが原因なのかもしれない。
「ち、ちなみにおれはどんな魔法が使えるようになるんですか!?」
「まあ、とりあえず落ち着きな。まずはこの世界に魔法について説明してやろう」
「は、はい、お願いします!」
まさに夢にまで見た状況に心が躍り、おれは前のめりになってお姉さんの話に耳を傾ける。
あ、そういえば今更だけど、おれがこのお姉さんと言語の壁を感じずに普通に話せるのも転生特典みたいなものなのかな? きっと、そうなんだろうな。
「この世界には様々な魔法が存在している。しかし、どの魔法が使えるかは先天的に決まっていて、その全てを使えるようになるわけじゃない」
お姉さんはそこで一度言葉を区切ると、両手の人差し指をピンと立てた。なにかと思いその指を見ていると、数字の1と9の形をした炎がそれぞれの手に浮かんでいた。
「この世界では誰もが最低で一種類、最高で九種類の魔法が使えるよ」
「えっ、最高でも九種類って少なくないですか?」
「九種類って言うのは九個とは違うからね。例えば、炎魔法ならさっき見せた小さい炎を出す魔法、今見せている炎の形を操作する魔法、大火球を発生させる魔法などがある」
「なるほど。炎魔法を使える人間はその系統に属する魔法なら色々と使えるってわけですね」
「ああ、その通りだよ。ただ、その場合でも全ての炎魔法を使えるわけじゃない。上位の魔法ほど習得難度が上がるからね」
ふむふむ、そういうことか。それなら仮に使える魔法が一種類だとしても、別に少ないってことにはならないな。となると、気になるのは、
「おれは何種類の魔法が使えるんですか?」
「そうさねえ、アンタは……」
お姉さんはおれをじっと見つめてしばし観察しており、おれはその姿を固唾を呑んで見守る。
……いや、でもよく考えたらあまり心配はいらないな。だってさっき、お姉さんはおれのことを相当の使い手になるって言ってたし、間違いなく上位のほうだろう。なんなら、チートパワーで十種類以上になっちゃったりするんじゃないの?
そのことに気付いたおれは、お姉さんを期待に満ちた眼差しで見る。そして……、
「……アンタが使える魔法は、……一種類だね」
「…………………………今なんて?」
「アンタが使える魔法は一種類って言ったんだよ」
「いやいやいや、一種類って最低ですよね!? おれはかなり強いんじゃないんですか!? なんか話が違いません!?」
「まあ、落ち着きな。確かに一種類だが、かなり強力な魔法だろう。アタシの魔術師としての才能と長年の経験がそう告げてるよ」
「そ、そうなんですか。良かった……」
お姉さんのその言葉におれは胸をなでおろす。
せっかく魔法が使えるんだったらやっぱり強いほうがいいし、なんならアニメや漫画で憧れた、カッコイイ最強キャラのようになってみたい。
そして、いずれどこかで強敵と戦う前に仲間に心配されて、「大丈夫、僕、最強だから」とか言ってみたい。
で、そのためにはその強力な魔法の使い方を知る必要があるな。
「じゃあ、おれはどうやったらその魔法が使えるようになるんですか?」
「んー、そうさねえ……。その辺はアタシがおいおい教えてやろう。それに、アンタは行く当てもないだろうし、良かったらこの家で暮らしな」
「え、そこまでしてもらっていいんですか?」
確かにおれには行く場所どころかこの世界の知識が全然ない。となると、魔法以外にも色々と知る必要があるし、この申し出は非常にありがたい。
「こうして出会ったのもなにかの縁だしねえ。それに、アンタがどんな魔法を使えるようになるか非常に興味がある」
「ありがとうございます! じゃあ、よろしくお願いします!」
おれは感謝の気持ちを込めてお姉さんに対し頭を下げる。それを見たお姉さんは、「うむ」と大きく頷いた。
「じゃあ、とりあえず、……そういえば、自己紹介がまだだったね。アタシはディーバ・バーンズアークだ。ただし、アタシのことは師匠と呼びな。それで、アンタは?」
「えーと、おれは……」
おれは記憶を探るが未だに名前すら思い出せない。もしかすると、転生の影響で部分的に記憶が消えてしまったのかもしれない。
どうしようか考えていると、この六歳の姿を見てある名前がふと浮かんだ。なんなら、頭の中で『コテリン』という音が響いた気がする。
おれは思いついたその名前をカッコつけて口にする。
「江戸川コナソ……。探偵さ……」
「えどがわこなそ? 変わった名前だねえ。アンタのいた世界じゃそれが普通なのかい?」
「あ、すいません、冗談です。実は名前が思い出せなくて……」
「そうなのかい。じゃあ、とりあえず仮でレインってのはどうだい? もし、アタシに子どもができたら、付けようって思っていた名前だよ」
「じゃあ、とりあえずそれでお願いします」
「うむ、しかしなんだか、孫ができた気分だねえ……」
子どもじゃなくて孫? 妙だな……。さっきなら、師匠は何度か長生きをしていると取れる発言をしているが、見た目は普通の人間で長命な種族には見えない。
なんだ? なにかが引っかかる? 今までの会話の中にこの謎を解くヒントがある?
先ほど、名探偵の名前を名乗った影響かおれの頭脳が活性化を始め、この謎を解こうとし始める。
長生き……。魔法……。六歳に変身……。……そうか、わかったぞ!
「……もしかして、師匠って変身魔法で姿を変えていて、実際はおばあ――」
答えを言い切る前になにかがおれの顔を高速で横切り、後ろからバーンという大きな音がした。驚きそちらを振り向いてみると、壁の一部が砕け散って穴が空いていた。
「アンタのいた世界には、女性に年齢の話をするなっていう常識はないのかい?」
その声を聞き師匠のほうを振り返るとおれをギロリと睨み、恐ろしいほどの怒気を放っていた。
それと、師匠の右手がこちらにまっすぐ伸びていることから判断するに、なにか魔法を放ち、それが壁を壊したのだろう。
「……す、すいませんでした。以後、気を付けます」
うん、マジで気を付けよう。次に失言したら今度は壁じゃなく、おれの頭が砕け散る可能性がある。師匠が見た目は美女、中身はおばあさんだということはおれの心の内に秘めておこう。
……あれ、ちょっと待って。おれがこの家に来るまで、師匠の胸で幸福に包まれていたんだけど、あれって実際はおばあさんの胸ってことだよね?
い、いやでも外見は美女だからお姉さんの胸ってことでいいのか?
おれはその事実をどう受け止めていいか分からず、なんとも言えない気持ちになった。
1話を読んでいただきありがとうございました。
これからも本作をよろしくお願いします。
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