その7 ようこそ富士樹海パークへ
その7 ようこそ富士樹海パークへ
「ゲンジロウは、昔ゲームで使ってた名前でな、本名じゃないんだけど、ま、いろいろあって」
二つ目のツノでなし原始人だが、顔立ちは正視できる。自分よりいささか年長だろうか?アルは面頬を外したゲンジロウと向き合っても顔を背けたり吐き気を催したりしなかったことが意外だった。
「真名を名乗らないのが、この原始惑星の風習なんだ?」
「惑星って言うか……まあ、歴史豚なんかはこう言いそうだ……それはあくまでアジアの習慣だろうってな」
ちなみにレキシントン氏とは、歴史系オタである戦友である。頭脳は人間見かけは……だそうだ。
「アジア?」
「この火山列島周辺の地域だ。ホラ」
ゲンジロウが巻物を広げると、そこにはメルカトル図法で描かれた世界地図が見える。
「うわ、二次元の絵図なんて原始的……まあ、でも古代ダンジョンぽくはあるけど」
そういうテイストに寄せてあるのは、企画した星間企業なのだろう。
「……ここが俺たちがいる火山列島なんだけど、ホントはまだ解放してないんだよな」
「はあ?」
「そもそも地球ダンジョンはまだグランドオープンしてない。アフリカ辺りがプレオープンするはずって聞いてたけど」
「え?だって、あたし普通に降りてきたけど?」
地球ダンジョンは未だ「誠心誠意準備中」と聞いてアルは首をかしげる。
「俺たちはこの辺りにプレイヤーが降りたって言うから事情を確認に来たんだ。この火山列島は、地球ダンジョンの最終目的地予定だから」
ゲンジロウは自分のNPC権限の範囲で事情を話す。ちなみに師範キャラというアルの読みは大きくは外れておらず、ゲンジロウの権限は現地採用の中では大きい。
「え?最下層なの?ラスボスいんの?」
「その辺りは、まあ、それなりに。ただし、まだ実装されてない。だから、こんなタイミングでプレイヤーが降りてくるのもおかしいし、そもそもここに降下許可出したヤツは誰だって話しになる」
オープン前の店内に客を入れるのは確かに重大な過失であろう。蛍狩りの開始前に客が乱入して開始時間には狩り尽くすというのとは事情が違う。
「……だから、まずはアルがなんでここに降りたのか聞いていいか?誰かから誘導されたとか、ここの情報を聞いてたとか」
ゲンジロウ的にはアルがカスハラではないと踏んだらしい。まあ、アルを面倒くさいが悪気はない相手と判断した、とも言える。事実、アルには悪気だけはない。
「とくになんもないけど」
アルからすれば、母の元配偶者である父(第二遺伝提供者)が自分への罪滅ぼしでいろいろ気を利かせてくれる一環なのだ。ウェブでの面会も禁止された父は、どうやらどこかの会社の重役らしく、時々娘にアトラクションのチケットをくれるのだ。母には内緒だ。
「地球ダンジョンはまだ未解放なんだけどな。そんなチケット、どこで出回ってるやら」
そこでゲンジロウは上を見上げる。つられてアルも。そこには光で描かれた星間共通言語があった。
「ようこそ富士樹海パークへ?」
自動翻訳でスターログをたどたどしく読んだゲンジロウだが、端々から「なんでやねん」オーラがにじみ出ている。
「なんだ。もう解放してんじゃん」
アルはそんなのは気にせず、秒でスキンをまとい直した。臨戦態勢。まあ、正しい。ここは準備中か未解放かも怪しいダンジョンの入り口なのだ。
ちなみにゲンジロウの同行者は既に帰した。事情の報告のためと、アルが断固同行拒否したからである。ゲンジロウとしては、事情確認さえできたらアルにこそ帰っていただきたいのだが。
「行くよ、ゲンジロウ」
「行くの?俺が言うのもなんだけど、怪し過ぎるって思えよ」
目を離すと、この客(?)はなにをしでかすかわからないことだけはわかった。現地採用員としては、見過ごせないのだ。そもそも本社の管理はザツ過ぎるが。
曲がりくねった木材ででっちあげられたドームに入る。背景には鬱蒼とした密林が見えるが、ここだけは人の手による建造物がある。
「原始的なつくり~」
例によってアルが言う程度のものではあったが。
「駅だ。ちゃんと来てるし」
呆れるゲンジロウの前には、ピンクに塗装された物体が居座っていた。
「うわあ、なに、この煙吐いてるモンスター?」
さっきから情報表示がない。スキンのサポートが途絶えているのだが、アルは気にもしていない。
「……蒸気機関車だ。樹海を通る交通機関はこれしかない」
「ジョウキってなに、そのナゾエンジン?」
かつて黒々しくも風格に満ちた先頭の機関車も、今ではデコレーションされたストロベリーケーキを連想させる。しかも客車は、ほとんど壁がない解放型だ。
「宇宙人のくせに物知らずだな。石炭を燃やして動かす内燃機関だ」
かつてより樹海と呼ばれていた森林は、今や密林型ダンジョンとなった。プラットホームから見る外の景色は、うっそうとした木々は密度を増している。怪しい鳥の声が響いてる。
「これに乗るのね?」
「おい、アル……ホントに行くのか?」
「もちろんよ。ゲンジロウはガイドNPCじゃないの?」
「俺は違う」
「でも着いてくるんでしょ?」
「う~ん、今回は調査員だから、アルについていって事情を調べるのが仕事って気がする」
「じゃあ、一緒に行こ」
原始人相手に冒険の勧誘?言ったアルが自分で驚く。思ってたよりゲンジロウが気に入ってたらしい。
「ああ……うん?」
即断即決なゲンジロウにしては珍しく戸惑う。アルは視界の中に表示を読み取り微笑んだ。
「同行者設定が認められた。ゲンジロウ、あんた、ホントにNPCなの?」
プレイヤーとはスターウェブを経由し、実体をスキンで包んだ星間連合人のことである。
「そうだけど」
現地採用された地球人であっても、ゲンジロウにその資格はない。あの男からはそう聞いている。まあ、アイツの言動は今さら信用しはしないが。
「ふうん……ま、いいや」
ガチャ一回で大当たりが当たり前のようなアル相手では、目隠しして放ったダーツでも中央を射貫くのである。細かいことなんか気にした方がバカであろう。
無人の駅に無人のSL。どう考えても怪しいのだが。
「そういや、俺、夢の国にも行ったことがなかったな」
「なにそれ?」
インベーダーの侵略でそれどころではなかったのだが、悪気も屈託もなさ過ぎる異星人相手に、考え悩むことは難しい。ゲンジロウは差し出されたアルの手をとって、客車に乗り込むことにした。不思議なことに、スキンの警告は出なかった。