その6 惑星アトラクションの正しい遊び方
その6 惑星アトラクションの正しい遊び方
当社ワルダックが誇るアトラクションは、各テーマに沿って惑星を改造し、プレイヤーに惑星ごとに異なる刺激を楽しんでいただく、星間連合でも最高峰の娯楽でございます。
しかしながら、同業他社がはびこるこのご時世の中、当社は唯一無二の刺激を提供させていただいております。それは、現地住民の採用であり在来生物の活用でございます。
星間連合に加盟していない未開惑星の、無知で無学な現地住民の採用に抵抗をお持ちの紳士淑女方もいらっしゃるとは思いますが、その土地ならではのユニークな習俗や意外な景勝地の案内人としてはやはりその土地の者の存在が欠かせません。加えて、各星系で既知の生物ではない、未知の現住生命との出会いは、あなた方プレイヤーの冒険心をくすぐるに間違いございません。
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大きな成層火山を背景に、異星人の少女は実体剣を突き出した。
「アル・マーニリャ165世、デゥエルを申し出る!」
その姿は翼を隠した天使に見えるが、つまりは最新型のダイバースキンに投影したものである。なお現在は地上戦モードであるため、慣性や重力の過剰な制御は絶っている。
「……ササキゲンジロウ、申し出を受けた」
対するは真っ赤な大鎧……正式には赤糸威大鎧という……の武者である。
アル・マーニリャ165代は勇躍して抜剣した。目の前には謎の原住民が妙に反り返った実体刀をかざしている。サムライソードとかいう名前の剣だ。もちろん剣と刀は違うのだが。
「いざ、尋常に勝負」
あの甲冑は原始的だ。可動部分が多い代わりに隙間が多そうで、見た目だけなら金属部分も少ない。アルはそのスキを狙う。まずは左脇腹から切り上げる。
「実体剣スキル逆袈裟、発動しました」
最新式ダイバースキンによる強化・補正のおかげで、人体には不可能な速さと正確さの攻撃だったが。
「狙いはいいが姿勢が高い!」
それは固い金属音と共に阻まれ、実体をもった剣と刀がせめぎあう。
「もっと低い位置から始めないとすぐに動きを読まれる」
「なにを偉そうに!現住民のくせに!」
そういえば、この星の看板は原始惑星だ。つまり光学兵器どころか火器すらない。地上戦モードでは自分が得意なレーザー系は使えない中、原始人相手に習得したての実体剣スキルでは不足だったか?……などと殊勝なことは思いもしない。さもなくば就学中の学生ながらあまたの惑星アトラクションで出禁をくらう訳がない。
「くらいなさい!あたしの必殺技を!」
とりあえず言ってみただけだが、意外に律儀なAIが即座に反応する。
「警告!実体剣必殺技スキルは習得していません」
「うるさい!」
必殺技はこれから考える。0.2秒後に決めた。
「三次元剣法その1!惑星剣回転斬!」
戦闘とは頭上を制した者が勝つ。これが空間戦闘の鉄則。この原住民は両足を地につけて戦っているが、スキンを着た自分は容易に空中からの打ち下ろしができる。二次元よりは三次元、脳内の戦闘範囲が広いのが文明人の勝利のカギだとアルは密かに勝ち誇った。
「とう!」
と、一声。ジャンプし、空中でポージング!そこから慣性を多少無視して大回転に入るのは、AIの多大な努力の賜である。
アルはきれいに縦回転しながら、でたらめな軌道の中で原住民の頭部に向かって剣を繰り出した。スキンの性能だけではない、自前の動体視力や身体能力あってのこと荒技だ。
「実体剣スキル唐竹、発動しました」
そのままの勢いで敵を真っ二つに!……しかし突き出した先に頭はなく、剣はむなしく空を突く。
「原住民のくせに!」
アルは、空中で振りむきざまに剣を構える。AIには再び過重な負担をかかる。人間ならば過労死しかねない過酷な演算と姿勢制御の末、AIはその機動を実現した。さらにそこでもう一仕事。感情があったら泣き出しかねない作業容量だが、あくまで自然に発するのがAIの所以だ。
「警告!敵サムライ後方から攻撃!」
運良く、か、どうか。再びの金属音で眼前の刀を阻むことができた。その意外な重さに、スキンの姿勢制御も追い付かないが、アルは自ら後方に流れることで打ち消した。
「やはり強化型地球人ね!?」
アルはやや離れた位置に着地し、身構える。
「NPCかしら?それも高レベルの役付き。ひょっとしてあたしに剣の修行をつけてくれるとか?」
プレイ開始のプレイヤーに、この原始惑星で必要な実体剣スキルを身につけさせるための師範キャラかもしれないと思う。
「でもね、あたし、お節介(チュ-トリアル)はキライなの!」
無人惑星サバイバルではなぜか惑星規模の農地開発を、最終戦争シナリオでは戦争回避どころか全勢力を戦闘不能に追い込んだのは伊達ではない。ルール無用の「惑星荒し」と呼ばれるのは完全に自己責任だが。
「ふ……アルとか言ったな。気の強いお客だ」
しかし、赤い鎧武者はそんなアルを余裕で笑う。
「ただその気の強さも、ここじゃあ、二番目だ」
「なによ!その余裕は!んじゃ、一番は誰よ!?」
「……それは、この俺、赤い一番星ゲンジロウさ」
棒読みのセリフを口にしている間、赤い鎧武者はなぜか動きを止めていた。
「ふん!腕は立っても記憶容量に問題ありね!さすがは原住民NPC。スキだらけよ!」
今度は空中に飛び上がるのではなく、地表を滑走するように直進したアルだ。
「三次元剣法その2!」
わずかな間は技を考える時間だ。AIは賢明にも余計な警告は諦めたらしい。
「彗星剣奮進撃!」
それは彗星の軌道のように、まっすぐ心臓の位置に向かう実体剣での突撃だ。
「速い!しかしまだ甘い!」
が、跳ね上げた刀に逸らされる。
「このお!原住民のくせにぃ!」
アルはそのまま勢いとダイバーの力で押し切ろうと、力を込める。
「戦い方にひねりがない。外来獣相手ならともかく対人戦じゃあ命取り」
滑る刃が火花を散らす中、ゲンジロウは剣を巻き込み抑えようと刀をひねって落とし、重心を次第に移す。それに伴ってアルの勢いが殺されていく。
「つまりあんたは怪物相手なら玄人でも、人間相手には素人だ」
「人間相手に戦う訳ないでしょ!この原始人!」
次第に迫る両者の距離だが、アルは不利と悟って空中に逃れようと地を蹴った。その動きを読んだかのように、ゲンジロウは刀を放しアルを捉える。
「悪い癖だ。すぐに上に逃げようとする」
「接触されました このままでは投影モードは終了いたします……5、4、3……」
スキン越しとはいえ、誰かに触れられる感覚に思わず悲鳴をあげるアルだった。
「きゃあ!すけべ!この野蛮人!」
羽根を隠した天使の姿だが、それはスキンに投影された姿に過ぎない。触れられて、体表を覆う映像がブレ始め、AIが無情に告げる。
「2、1……外皮への投影を終了いたします」
アルは剣を手放し闇雲にもがき出す。
「やめて!見ないで!お母さんにも見せたことないんだから!」
星間連合内でも若い世代、とりわけ就学中の女子は物心ついて以来、常にスキンを身につけ、気に入った姿を投影している。つまり肉親にすら実像を見せない者が多い。
意外なところで精神的なもろさを露呈し、アルは身を縮こまらせた。
「なんだ?なんか、俺、悪いことしたか?」
「放してよ!あと、こっち見ないで!」
お手上げ、とゲンジロウは両手を挙げて素直に離れた。それに乗じて……と思わなくもないアルだったが、スキンを解かれ姿をさらすことに耐えられない。
「へえ?異星人ってそういう姿なんだ……」
「人をインベーダーなんて呼ぶな!てか、こっち見んな!この野蛮人!未開惑星の原始人!」
別に裸というわけではない。体の線こそ見えるが下着姿ですらない。全身を覆う白い繊維は薄いが中が見える訳でもない。それでも今どきの若い星間連合、とりわけ女性は強い羞恥を覚える。社会問題になるレベルだ。さすがにそんなことは知らないゲンジロウだが、なんとなく事情を察する。昔のマスク女子や顔出しNGのネッ友を思い出し、自分に斬りかかった相手から目をそらすことにした。
とはいえ見てしまったものは忘れられない。地球人とほぼ変わらない少女の姿だったが、額の左右に角があり目も一つ多かった。それでもゲンジロウに美しいと感じさせる、不思議な魅力があった。
「……そんなに恥ずかしがらなくても」
「あんただって、素顔隠してるくせに!」
ゲンジロウの素顔は面頬に隠れたままだ。アルはそれを自分と同じ理由と思ったらしい。
「あたしの姿を見たんだから、あんたも顔くらい見せなさいよ!」
「どういう理屈だ?」
「お互い様でしょ!わかんないの!だから原始人は!」
「原始人だの野蛮人だの言うなよ、インベーダー」
「人をインベーダーなんて呼ぶな!だから野蛮人なのよ!」
ラチがあかない。ラチがなにかは知らないが。ふとゲンジロウは笑いたくなった。異星人のイメージが崩れすぎだ。この1年の自分を笑い飛ばしたくなった。
「まあ、いいぞ。こんな顔で良かったらな」
素直に面頬を外したゲンジロウを見てアルは息を飲んだ。それは二つ目のツノなしだったが、原住民というには、さほど自分とは変わらないようにも思える。そして思っていたより遙かに若く、凜々しい中にもどこか柔かい顔立ちだった。
「ゲンジロウって……あんた、女だったの?」