第4章 その8 帰ってきたゲンジロウと魔法使いアル
第4章 その8 帰ってきたゲンジロウと魔法使いアル
「やあ、ゲンジロウ」
「ヤッホー!ゲンジロちゃん!」
少し乱れた映像の中で、子パンダは静かに語りだし、その背後でコアラが手を振っている。
狭い座席に見覚えがあった。そう、そこはビッグファイア・フジヤマ・マウンテン・カグヤボックス仕様の中だ。
「……君が、君たちがこの映像を見ている頃、我々はもう人の意識を失っているだろう」
少し目つきの悪い子パンダが明瞭な発音で話す、不思議な眺めの、これが見納めだった。
「鷲豚……歴史豚もか」
それはオリジナルの名前のはずだったが、一日に満たない短い時間ながら本人たちよりも濃密な時を過ごした仲間への哀惜に満ちていた。
「だが、悲しむことでもあるまい。我々はかりそめの存在から本来の生き方に戻るだけなのだ」
「最初からわかってたしね。だからゲンジロちゃんとアルちゃんと一緒にいられたのは楽しかったわあ」
「我らは人としての記憶を動物に移植した、不自然極まりない存在だ。時が来たれば、自然に帰る。だから、生まれ育ったはずの土地に帰してもらうことにした」
「もしも次に会うことがあっても、もう二人のことは覚えてないの」
淡々と語る映像を食い入るようにゲンジロウは見る。その傍らにはアルもいる。
「こんな映像を残したのは、我らの未練かもしれん。それでもゲンジロウに伝えておきたいのだ……地球を頼む。今は君にしか頼めない」
「他の仲間は、まだ何も言えないし、ハカセにだけ任せるには、ちょっと、いえ、かなり不安だわあ」
二人は頭を下げた。そして続ける。
「今、月にいる君には、可能性がある。ただ強化されただけの存在ではない」
「ハカセが見込んだだけのことはあるのよ。押しつけるあたしたちが言うことじゃないけど、でもゲンジロちゃんには人より選択肢が多いんだから」
そこで顔を上げた子パンダは、画面の中からゲンジロウと目を合わせる。
「不幸中の幸い。あの事変で地球では核戦争も大規模環境破壊も未然に終わった。今ならまだ自然の再生も可能だ」
「あたしからも。あの、混沌として謎と不思議に満ちたあの星の歴史や伝承を守って欲しいの。それはどんな先進惑星にも残っていない、地球だけのものなんだから」
「あと、アル嬢にも……できることなら、ゲンジロウの友として、彼女を支えてほしい」
「二人にはず~っと仲良しでいてほしいわあ」
子パンダはかすかに、コアラは大きく手を振って。
「では、さらばだ」
「さよなら~」
そして画面は暗くなった。
それは、ちょうど1年前。月面でシャトルに帰ったゲンジロウたちに残された映像だった。
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そして、現在。
「鳥だ!」
「飛行機だ!」
「いや、ゲンジロウだ!」
「帰ってきたゲンジロウか!」
昭和の海外アニメから特撮タイトルの連続ネタが自然に出てくる流れは、さすがに業の深いハンターズだった。
「うらあ!」
翼をたたみ急降下したゲンジロウは、巨大ジャイアントパンダの足をかかとで蹴り落とした。今まさに踏み降ろそうとされていたその足は、おかげで目標をそれたわけだが。
「アブねえ!」
「ニアミスにもほどがある!ス○ープドッグ一機分の誤差だぞ!」
ロボオタが言うのはATで、全長4m弱だ。その間、ミリオタは豆タンクの全長を思い出そうと苦戦していたが、誰も気づかなかった。
「ゲンジっち、ちゃんと確認してよ~」
「でも、おかげで助かったんでしょ?」
数mもの足の裏が大きく地面に陥没したのは、かつての仲間達が潜むすぐ傍らであった。おかげで足の甲に乗ったままのゲンジロウは大いに毒づかれることになった。
一年ぶりの帰星なのに、あいにくの歓迎ぶりだ。
「だって殴ったりしたら、パンダがかわいそうじゃねえか。それになあ、アル」
その脇にふわりと舞い降りた異星の天使。それはこのうえなく幻想的な光景だった。
「そうね。自重がありすぎて、転倒、即、生命の危機レベル。この惑星じゃ、これでも保護動物なんでしょ?むやみに殺したらダメよ」
もっともその言葉はだいたい極めて散文的なのだが。
「異星人にそれ、言われたくない」
「インベーダーじゃなかったってのは聞いたけど」
「理解はできても納得できねえ」
「ウルトラマンだって平気だし問題ないだろ」
トクオタに由れば身長40m体重3万5000トンの巨人が格闘戦を行うからには大丈夫と主張するが誰も聞いちゃいない。
そんな不平を全スルーして、アルはサポートを再開する。
「ふん。あんな大きいだけの在来生物、あたしたちの敵じゃないけど……傷つけないってのが厄介ね」
「できるんだろ?」
「もちろん。でも少しだけ時間がかかる」
「わあったよ。まずは俺が時間を稼ぐ。アルは」
「わかってる。強化を解除する処置を準備するわ……そこらにいる原始人、じゃなかった。地球人は離れて!」
アルは翼を畳んで地上に降り、ゲンジロウは翼を広げ再び宙に舞い上がる。
アルの声に、我に返った地球人たちだが。
「ゲンジロウ!まさかあれをやっつけるつもりなのか!?」
「巨大在来獣なんて、ほとんど大怪獣よ?」
ろくな武器もない身で中型外来獣(MS級)すら倒したハンターズだから不敗の人も一目は置いてくれそうだが、大型(超電磁級?)、まして巨大クラス(伝説巨人級?)は未だ不可侵領域だ。
「いいや、異星帰りのゲンジロウなら、ここは巨大変身くらい!」
期待するトクオタはゲンジロウに期待を込めた視線を送るのだが。
巨大ジャイアントパンダの目の前まで飛び上がったゲンジロウには届くはずもなく。
「阿呆、ここでそんなんやられたら、オレら全滅だぞ」
もちろん、仲間は期待してなかった。いや、ただ単に特撮が自分の趣味から外れるだけかもしれない。
「まったく、やっぱり原始人なのかしら」
なかなか離れようとしない地球人たちに見切りをつけたか、アルは作業を始めた。
「マジカロイド散布」
地面からわずか数センチ浮いた状態で、ダイバースキンの一部が開き、高速移動を始める。
まるでプリズムが七色の光を放つかのように、飛散した粉末が輝き、地面にまかれていく。
半径数十mの円に描かれたそれを見て、ハンターズ達から声があがる。
「魔法陣か?」
「阿呆、それは創作。魔術師が使うのは魔法円」
「いや、どっちも創作みたいなもんだかから」
魔術オタという希少種によれば、魔法円とは元来魔術の契約をするため、魔物を召喚する術者自らが身を守るために入る防御フィールドの一種らしいが、そんなのはどうでもいい。
「マホウってなによ?これ、マジカロイドを地面に焼付けた簡易重力制御回路よ」
地面に散布したナゾの粒子をダイバースキンのレーザーで焼付ける。
つまりはヒックス素粒子を制御するための装置をその場で作り上げたらしい。
「すげえ。物知りでキュート!まるでサイエンスプリプリだ!」
日朝番組の大きなトモダチが憧れの目を向ける。しかし仲間達は醒めた視線を彼に向けた。
「おまえ、そっちだったのか……」
「そんな目で仲間を見てはいけない。オタクに貴賤はないのだ」
「へえへえ」
「ち、あいつら。相変わらずの変人集団だな」
かつての仲間に向け、まるで自分は更生したかのようなゲンジロウだったが、今は巨大ジャイアントパンダの手を逃れ、そのスキをかいくぐって。
「くらえ!」
顔面に蹴りを入れる。見事な空中機動なのだが、強化しても所詮は軽量級。
「たいして効いてねえし」
超超重量級の巨大在来獣相手には一瞬ひるませるのが精一杯だ。いや、もしも転倒させたらその自重で保護動物を殺しかねない躊躇もあるのかもしれない。
「ゲンジロウ、時間稼ぎだからムリしちゃダメだって」
そんな通信を送るアルだったが、その近くで聞き覚えのある声がする。
「等身大で巨大怪獣に勝てるのは鉄王の静○太郎くらいだってさ」
仲間から仕入れた知識を自慢げに話す声の主はカー子だった。
「鉄王って?」
「アイアンのキングよ」
「ナ○ィアの?」
ハンターズにいながらそこまで染まってる自覚がないのがカー子だ。その彼女が連想したのは、有名監督の出世作となった公共放送アニメである。彼女らの世代ではないが知名度は高い。それでも一話限りの登場なのにすらっと出てくる彼女の闇は意外に深い。
「特撮だって」
いつの間にかアルの左右にいた、意味不明の会話をする二人をアルは見つめる。
「ええっと、アチャ子とカー子だったね」
「そうそう。覚えていてくれてありがと~」
「お久しぶり。一年ぶりね」
ハイタッチの音が鳴る。場違いに挨拶を交す女子達だった。
「あんたたち、逃げないんなら手伝ってよ」
「もち」
「そのつもりよ」
その頭上では、空中でパンダを殴り蹴るゲンジロウの姿がある。動物虐待と非難されかねない行為なのだが、さすがに両者の体格差が非難を封じている。
「んじゃ、お願いよ。あいつをここに追い込むの」
アルは自ら描いた円の一画につく。キラキラと光るそれは、魔法円にしか見えない。それは彼女自身の容姿も相まって、幻想的な光景であった。
「アルっちってば、マジ、魔法使いみたい」
「高度に発達した科学は魔法にしか見えない、か」
多少とも中身を知ってる二人にそう見える程度に。




