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リアル惑星ダンジョン、原始惑星「地球」編、開始しました  作者: EDーADAM・e(エダマメ)
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その3 訳ありハカセがやってきた

その3 訳ありハカセがやってきた


「いいかね、ゲンジロウくん」

 メガネもない、白衣も着てないこの男はハカセと呼ばれている。半年ほど前に合流した、いわば新参者だが、インターネットも多くの書物も失った時代、多種多様な知識を蓄えた彼は実に貴重で、二月ふたつきもしないうちに隊の要となっていた。人格的に問題が多いハンターズ(オタクたち)と比べれば人格者と言っていいのだが、説教好きというのが欠点だと思われていて、現在それを絶賛発揮中である。

「キミの頭には敵と戦う以外の選択肢は浮かばないのか?テツを失った後、仲間が戦い続けられたのは幸運以外の何物でもない」

 全国チェーンのスーパーを中心として、食品・飲食店・家電・100鈞・DIYなどが並ぶ県内屈指のショッピングタウンが、自称ハンターズ、A県A市の生存者が集る隠れ家だ。

 安価だった地価のおかげか広い敷地に並ぶ建物は全て一階建てだ。そのせいかどうか。店内の被害は中心街のデパートなど比べれば大きくはないと言えた。その一画に未だ太陽光発電が生きているくらいには。そんな貴重な明りの中、激戦を終えたハンターズは正座させられている。その先頭にいるゲンジロウもだ。

「しかも、ほぼムカマキを倒せそうな流れまでつくっておいて、わざわざプランB?中型外来獣を2体同時に相手取る?……キミに自殺趣味があったとはね」

「いや、それは誤解で……カー子が釣りに行く前まではマジヤバだったんです」

「たまたま勝ちそうになっちゃった時に、カー子のバカが連れてきやがたんですよぉ」

「あのアホアマ、空気読まねえから」

「あたし、悪くないモン!」

 口々に騒ぐハンターズの面々をハカセは冷ややかに眺める。

「言い訳はそれだけかね?」

 40アラフォーの、侵略以前の日本ならどこにでもいそうなサラリーマンという風体だが、生き残った猛者たちが屈する迫力だけは別だった。

「……すんませんでしたあ!」

 慌てて口を押さえる関係者たち。

 しかし、殊勝なゲンジロウや一度にらまれた者たちはさておき、他の面々はそろそろ足がしびれてる。特に後ろに座った者は離れてる油断があった。いい歳して教室の後ろを陣取ったつもりらしい。

「さっきからネチネチと……」

「ハカセ粘着質だから」

「勝ったからいいじゃん」

 しかしハカセはそんなかすかな声を聞きつけ、一見穏やかそうに一人一人に目をしっかり合わせた。目が合う度に、合った者の背筋にナゾの悪寒が走る。そこに追い打ちの一言。

「まだ言いたそうだね?」

「いいえ!」

 ハカセは人がよさそうな、そんな笑みを浮かべた。まあ、今さら誰もだまされないが。

 ・

 ・

 ・

 あの時。

 ゲンジロウがムカマキの顔面に飛びつき、その触覚や複眼を潰したところに、カー子が新たな外来獣カブトカゲを連れてきてしまった。

 もっと早ければあんなムチャをしなくてよかったし、もっと遅ければムカマキを倒してから次の外来獣を倒すなり逃げるなりできていた。

 しかし、このままでは中型外来獣を共食いさせるどころか、ただの挟み撃ち。しかも、自分で仕掛けて、される側。タイミングは最悪だ。

「仕方ない!みんな、いったん下がれ!」

 不利と悟ったゲンジロウの判断は早かった。ムカマキに取りついていた突撃班を遠ざける。

「カー子!ムカマキの目は潰している!安心して突っ込んで来い!」

 ここに至ってのプランB再発動は、原点回帰か初志貫徹か?或いは思考放棄かと思えるのだが。

 ムカマキの攻撃力即ち左右のオオカマは残ったままだ。これでカブトカゲのレンジが長ければ一方的にやられるだけだが、名前の通り頭部が硬質な魚鱗に覆われたこの中型外来獣は、その突き出たツノが主武器となる。つまり攻撃範囲は中型の中では狭い。

 体当たりされたムカマキが即死しなければ、残ったオオカマを振り回してカブトカゲを倒す可能性は決して低くはない。

 それを一瞬で判断したゲンジロウが賭けに出た、ということなのだが、いかんせん、全部説明してくれるわけもない。

「どう安心すればいいのかな?この死にたがり!」

 前門のムカマキ、後門のカブトカゲは、この後ハンターズの流行語になるであろう。生き延びれば。しかし目の前に迫る家サイズの昆虫外来獣と後ろから追いかけるは虫類外来獣。ここで迷う余裕は皆無。年下のゲンジロウへ向けた危うさと信頼がせめぎ合うが、直感が後者が選んだ。

「死んだら化けてやる!」

「その時はテツと一緒に来いよ。歓迎するから」

 場違いな明るい声に、カー子はコイツ幽霊フェチかと吐き捨てたくなった。こんな時代なのに妙に身持ちが堅いゲンジロウだ。変な趣味くらいあって当然。最年少なのに突撃班リーダーだけあって、戦闘狂は確実だが、幽霊フェチとは二次元派の上級者なのか?

 TPOをわきまえず、あらぬ妄想にかきたてられたカー子だったのだが、なぜかテツを思い出した。あれは郊外のウイスキー工場跡で原酒の樽を見つけた時だ。

 珍しく酔っ払ったテツが、母親の血肉の中呆然としてたゲンジロウを見捨てられなかったと口を滑らせたのだ。まあ、人の事情を話すなんてマナー違反も甚だしいが、テツですらつい言ってしまったくらい凄惨な光景だったんだろう。

「会ったばかりのゲンジロは、まだお人形だったっけ。今の元気なゲンジロもいいけど、あれはあれでかーいかった……あれからいろいろあったよね」

 ゲンジロウとの思い出がカー子の脳裏に次々浮かぶ。

「あ~これがアレ?伝説の……ソーマトーってヤツ?」

 てっきり都市伝説の一種かと思ってたけど、本当にあったらしい。死にフラグの一種なのだろう。

 ガコン。タイヤが石を跳ね飛ばす手応えが、正気に戻す。なぜか口元にヨダレ。

「危ね……ジュルジュル。死にたくなったわけじゃないよね、ゲンジロもあたしも」

 カー子はモーター全開で突っ走った。そして、くすんだ暗緑色の巨体の寸前でハンドルを切る。ムカマキの残った節足が暴れ電動スケーターにぶつかるくらいギリギリの距離ですり抜ける。そんなきわどすぎる回避の直後、後方で衝突音が響く。どうやらうまくいったらしい。カー子は後ろを振り返りもせずそのままスケーターを走らせた。

 ・

 ・

 ・

「カブトカゲがバカだったから、触覚も複眼も潰れたムカマキの前にノコノコ出むいてくれて、たまたまオオカマが当たったから、あのタイミングで共倒れになりました。でもこれ、運が良かっただけですよね」

「カブトカゲもだが、外来獣の視力は人間ほどではない。知らないのは仕方ないが……それを知らずにあの局面を乗り越えたのは、幸運だな」

 正座を崩さず膝上に拳を添えてまでいる愚直なゲンジロウだ。そこにいつもの戦闘狂の姿はなく、見下ろすハカセは、まあまあ機嫌が直ったようだ。

「ハカセって、やっぱ……」

「素直に謝られるとチョロイな」

「実はゲンジっちオキニだし」

「ヒーキじゃん」

「昔は教師って説も根拠ありか」

「おい、仲間の過去を詮索するな」

「まあまあ」

「でもハカセって武器もつくるしミリ入ってるじゃん?」

「ミリオタこじらせて教師クビになったんじゃネ?……って、アレ?」

 気づくと目の前に冷たい笑みがある。

「……すみませんでしたあああ!」

 関係者は無論、非関係者も巻き添えを恐れその場で集団土下座を敢行した。それは予行練習でもしてたのかというくらい息が合っていたと言う。

 額を抑えたハカセを前に、ゲンジロウは言う。カー子には戦闘以外になにかを提案するゲンジロは新鮮に見えた。まあ、TPOはビミョウだったが。

「ハカセ、テツのお葬式しましょう」

 ハカセは興味深げに見返した後、ゆっくりと頷いた。


 こんな日常だ。仲間を失うこともいつものこと。ただ、自分たちのリーダーを失ったのは初めてだった。

 仲間の寺族が、聞きかじりの読経を行い、メンバーは遺体に手を合わせ、一人一人声をかけていく。最後に花を一輪落とし、土の中に埋めていった。

 その後は、なけなしの缶ビールをあける。湿っぽい雰囲気は最初だけで、もはやただの宴会だ。こんな時でも未成年は缶ジュースなのは、ハカセの許可がでないからだ。もともとは相談役だったハカセだが、比較的年長のこともあり、自然にリーダー代理になった。ただしあくまで臨時、それ以上は本人が固辞した。

「別に俺は酒なんか飲みたいとも思わないけどな」

「ゲンジロ……真面目か?」

「そんなんじゃない。ただ、酒を飲まないと喜怒哀楽の表現もできないなんて大人は不自由だなって」

「うわ~戦闘以外に無関心なゲンジロには言われたくない」

 そんな未成年組をさておいて、泡を立てる生ビール缶は大人気だ。

「テツのバカ野郎に乾杯!」

「かんぱあい!」

「あそこで死ぬか?ドジめ!」

 死者にむち打つ言い草だが、誰もとがめないのは、誰もが彼を慕っていたのがわかりきっているからだ。その後もテツとの思い出話に花が咲く。

「……ゲンジロウくん、いいかね」

 ダメな大人たちからやや距離を置いた未成年組に、正確にはゲンジロウの前にミネラルウォーターのペットボトルをもったハカセがくる。

「ああ、固くならないでくれ。ただ、少し話したいだけだ」

 人間関係は苦手なゲンジロウだ。大人相手は特に。

「……テツは残念だったね」

「はい」

「先ほどはああ言うしかなかったが、よくみんなを生還させてくれた。キミのおかげだ」

「俺は……さっきも言ったけど、たまたまです」

「偶然も幸運もあった。それでも生き延びて中型外来獣を二体倒した。この戦果は確かだ」

 ゲンジロウは誉められると機嫌が悪くなるタイプだった。特に自分で評価してないことを誉められると。それがすぐに顔に出る。

「やれやれ。まあ、いい。伝えたいことはこれだけだ……以後、戦闘班はキミが率いたまえ」

「はあ?」

 意外な声をあげるゲンジロウを無視し、ハカセはその場を立ち去った。

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