第3章 その10 再開は大改装の筐体で
その10 再開は大改装の筐体で
岩壁に囲まれた狭い通路を歩き、ついに扉にたどりついたアルたちだ。異星人に強化地球人、コアラに子パンダと統一感のないこと甚だしいが。
「……やっとゲーム再開ね」
アルがそうつぶやいてすぐ、そのチームワークぶりが露呈することになる。
ギシギシ……壁の、天井の、床の岩がきしむや、その数秒後強い揺れがきた。
「なにこれ?」
揺れる地面に驚き、転びそうなアルだった。
「地震だ!知らないのかよ!?」
そんなアルにかえって驚くゲンジロウだが。
「へー知らなーい。きゃははははー」
地震初体験なのか、今度は笑い転げそうな異星人を見てゲンナリする。
「危機感ねー笑ってる場合じゃねえ!転ぶぞ!」
そんな彼女を抱え、低い姿勢をとらせる強化地球人。
「やっと来たのね!その時が!」
激しい揺れの中、なにやら期待に胸をふくらませるコアラ。
「う~む……」
短い腕が組めず憮然と立ったまま揺れる子パンダ。
見事なまでに反応がバラバラだ。
「震度6、いや、7くらいかの?」
「危険だってわかれば充分だよ!」
人のいいゲンジロウは揺れの中無防備にたたずむコアラやパンダにまで支えようと手を差し伸べるが、さすがに三人を……厳密には異星人一人と、人の人格を転移した四足獣二頭だが……支えるのは二本腕では難しい。
「こっちは平気だから」
「そっか」
察したアルはゲンジロウから身を離し、自分はその場に座り込んだ。いや、それでも揺れる度にけたたましく笑うのはどうしようもない。まだアトラクション気分なのだろう。
「いい気なもんだぜ」
とは言いながらゲンジロウにも笑みが浮かんだ。
揺れは2,3分で止んだのだが、ゲンジロウは先を急ぐアルをいったん押しとどめる。
「こんなに何度も揺れるなんて、やはり富士山、噴火すんのかな?」
先ほど見た映像が脳裏に浮かぶ。北の海で巨大な陸地が浮上するという異常現象の。しかし一緒に見ていたパンダこと鷲豚は憮然としたままだ。
「う~む……しかしな。地球では噴火の予測は地震予測に比べ30年は遅れていた。最も研究が進んでいたこの国ですらそうじゃった」
「さすがは異星人ってか?」
コアラによれば、どうやら自然な地震ではないらしい。異星人のアトラクションの一環で、なんだかわからない伝説やら昔話を元にこの火山列島編の最終シナリオができたとか。
「いくら異星人の科学が進んでいたとしても、未知の惑星の火山活動をわずか数年で予測どころかこうも制御できるものか?」
黒縁の目が、その異星人の一人に向けられる。
「え?あたしはムリ。ってか惑星エランじゃ地震なんか起きなかったし」
それが惑星の地質構造によるのか、人為的な制御のおかげなのかはアルは知らなかった。
「まあまあ。アルちゃんもまだ学生みたいだし知らなくても仕方ないわね」
コアラこと、歴史豚が仲裁に入るが、パンダは不満なのか、もともと悪い目つきをさらに剣呑なものする。
「若い者の不勉強は異星も変わらぬか」
「そんなことないと思うわ。侵略前でも海外で活躍する優秀な若い子っていたし」
コアラは、たまたま不勉強の代表がそこにいただけ、と言う目でゲンジロウを見る。
「まあ、次世代を嘆く年長者の愚痴は紀元前からあったらしいけど」
「……ワシが年寄りだと言うのか!」
中の人は実年齢的にはそこまで年配ではないのだが。
「頭が固いってイヤよね~。アタシみたいに若い子と触れ合わないからそうなるのよ」
ショタ好きだがロリでもオッケーで、異星人のアルも守備範囲という変態である。それを思い出してか、アルもゲンジロウも大きくコアラから離れる。
「触れ合うって、文字通りだから質が悪いよな」
「あたしから触ったことはない!それとも原始惑星じゃ一方的に触られることを触り合うって言うの?!」
「あ~そんなこと言わないでよ~スキンシップは仲良しの基本じゃないの」
そんな賑やかな様子をパンダは苦々しく見つめた。
ぎいいいぃぃぃ。別に錆びてるわけでも立て付けが悪いわけでもないはずだが、扉はきしみながらようやく開く。強化地球人の力がなければ苦労しただろう。
「これ、地震で歪んだのかな?」
「きっとそうよ」
「……」
扉の前で話す地球人たちを追い越して。
「こっから急ぐわよ!」
アルは走り出した。先ほどと異なり、ここからの地下道は、床はラバー製らしく滑りにくいし壁も天井も金属製だ。正規のアトラクションコースに戻ったらしい。
実際、あちこちに星間共通語の掲示もあり、スムーズにたどり着いた。
「乗客の皆様、お待たせいたしました。これよりビッグファイア・フジヤマ・マウンテン、再始動いたします」
そこには、先ほども見かけた案内のアンドロイドが待っていたのだが。
「……」
「……」
「……」
プラットフォームの向こうに見えるその姿を見て、全員言葉を失うのであった。
「もうこれ、別物じゃない?」
真っ先に戻ったのはコアラだった。
「そもそもなんで立ってるんだ?」
当然ながらさっきまではレールに横たわっていたその姿はコースターの面影はない。
「もはやロケットじゃな」
レールそのものが垂直に伸び天に向かう。それに支えられるように立つ姿はまさに発射台のロケットであろう。
「天井からお空が見えるわ~きれいね~」
ぽっかりと開いた穴からは、赤身が強い夕焼け空が覗いて見える。
「これが宇宙船?原始的~」
露出していたコースターは悪目立ちする銀色の外装に覆われ、先端にはドームがある。「しかし、噴射口がないが……まさか?」
機体というか、筐体というべきか、その下部には独立した台座がついている。それはレールから伸びている。アニメ好きであれば、某東京市地下の人造人間発進施設を思い浮かべるであろうが、ここにはいなかった。しかし、専門外のことにも博識なパンダは気づく。
「これは電磁カタパルトか?」
異星人侵攻前、最新式の航空母艦に備えられていた発射装置が思い当たったのだ。
「そういえば、もともとのサンダーにもリニアモーターの機能が一部あったのよね」
ウィキにはそういう記述があるが、しかしそれはブレーキの機能の補助であって、走行、まして飛行とか射出とかには関係ないはずである。
「お客様、ご慧眼でございます。これは電磁気の反発作用を活用し、ビッグファイア・フジヤマ・マウンテンを第一宇宙速度まで加速する原理でございます」
ご丁寧にも機能まで案内してくれるアンドロイドの身振りに従ってあたりを見回せば、⁶機体はもちとん、天井も壁も怪しげな光を帯びている。電磁コーティングしているらしい。
「待て待て。それでは電磁カタパルトどころではないぞ!レールガンではないか!?」
パンダは驚愕のあまり卒倒しそうになった。無学なゲンジロウにはさっぱりで、コアラは実は関係者のせいかそこまで驚いてはいない。
「どれだけの電力を使っておるのだ!」
一瞬、独立区画でハカセがこぼした内容を思い出し背筋が凍った。
「まさか反物質炉を……」
「いいえ、お客様。地球上には反物質炉の建設は許されておりません。これはこの成層火山内の地熱発電で充分まかなっております」
「世界遺産でなにをやってるんじゃ!」
まあ、認定した国際機関が消滅した現在、問題はないが、生態系の破壊は動物オタクとして許されないのだ。
「もちろん、当施設の責任者は承知しております。ですから発電施設の大部分は地下に置かれ、環境への配慮は十分にできております」
流れるように弁明するアンドロイドに、パンダは目つきの悪い目を向ける。
「それではお客様。これより、ビッグファイア・フジヤマ・マウンテン・カグヤボックス改装仕様に、ご搭乗の時間でございます」
珍妙な一行にも上品な仕草で手招きするアンドロイドだった。
「よくわかんないけど、これで次のシナリオに行くんでしょ?急ぐわ」
アルはゲンジロウの腕をつかんで進み出した。
「いいのか?こんなアヤシイ乗り物に乗って?」
強化地球人だが明らかに腰が引けてる。ずるずると引きずられるのである。
「あんたらも、ついて来るなら急いでよ」
オマケの二豚にも声をかける。まあ、彼女としては役に立つか立たないかを考えたのではなく、賑やかなのが好きなのだろう。
「あら、アルちゃんのお呼びなら喜んで行くわ~」
「……毒笹を食えば茎までじゃな」
足の短いコアラがスキップするようについていく。一方パンダは渋々だったが。
「それでは皆様、旅のご無事をお祈りしております」
背後でその声を聞きながら、ゲンジロウはアンドロイドは何に祈るのだろう?と思った。




