第3章 その9 道草
第3章 その9 道草
九頭竜を倒して少しすると、背後に隠れていた岩戸が開いた。その音は鈍く大きく響き岩屋に轟いた。
「地獄の門が開く音みたいだな」
なんてゲンジロウがつぶやく間に、既にアルは歩き始め、慌てて追いかける羽目になって……いつになく、その歩みに余裕で追いつけることに気づく。
「どうした?攻略、急ぐんじゃなかったのか?」
アルよりもいささか身長が高く何より強化地球人のゲンジロウが、いつもは気づけば追いかけることになっている。それがいつものアルのペースだったのだが。
「……まあ、話さなきゃいけないからね」
「話?」
「さっき、あいつらとも約束したし」
九頭竜退治に有益な情報を話せ。そうすれば異星人である自分の家系について話す。
「そういう話か……意外に義理堅いんだな」
いつになく遅い歩みは、歩幅の小さな樹上生活者に合わせているのだろうか?ガワはコアラと子パンダでも、中の人は変態と偏屈なのだが。
「あいつらだって、いろいろ下心あったし、義理立てならほどほどでいいと思うよ」
「……それはそうなんだけど……あんたに話さなきゃって思ってね」
ゲンジロウは思わず息を飲み、足を止めそうになった。アルの目が近かった。
そのスキに話は始まった。気づけば後ろにコアラと子パンダも続いている。
「あたしの家系ってさあ、惑星エラルってとこの、まあまあ古い家なんだけど」
「なんだよ、いきなり」
岩の間を縫うような狭い道で、並んで二人は並んで歩く。
「わくわく。わくわく」
「やはりそうじゃったか」
更にその足元で期待に黒い瞳を輝かせるコアラ。そして子パンダだった。
「いいのか、そんな話してても。急ぐんだろ?」
ゲンジロウは視線を下に向けて確認する。
「まあ、いちおう、言っておかないとって思って」
「なんで」
「だって、あんた、あたしのトモダチなんでしょ」
まだ顔が赤いアルを見て、ゲンジロウはおとなしく話を聞くことにした。
「……まあ、古いばかりで、別にエライわけでもないんだけど、面倒な役割はあったのよね」
「役割?」
もともと少ないゲンジロウの語彙が更にひどいことになっているが、聞き役としては正解だろう。彼女らの足元では、好奇心に負け質問の雨を浴びせたがって子パンダに口を抑えられたコアラが見える。中の人たちを知らなければ愛らしい光景ではある。
「そう、役割。人としての性能を極める、っていう」
話しているうちに平常に戻ったアルだ。いや、むしろ淡々としている。
「人の……性能ってなんだと思う?」
強化されてしまった地球人にはやや酷な質問だったのだが、動揺を隠して素直に答えた。
「やっぱり身体能力じゃないのかな」
ゲームオタクとしてはどうなのだろう?いや、生身で外来獣と戦い続けていた少女にとってゲームキャラクターではない自分の体がもの足りなかったのだろう。
「まあ、はずれじゃないだけどね……単純な身体能力じゃ強化したってあんな化け物には勝てないじゃん」
強化され特殊鋼の武器すら持ちながら、九頭竜相手にはまともに戦えなかったこと指摘される。最後は自分が倒したが、そこに至るために必要な知識もアイデアも出せなかった。
「んじゃ、やっぱアタマか?」
「ん~それも間違いじゃないんだけどね」
「なんなんだよ?俺、じらしプレイは苦手なんだけど」
ふくれた顔を見たアルは、少し笑った。悪意も邪気もない、素直な笑みだ。
「はいはい、ゲンジロウみたいなお子様には早いのね」
もっとも、その笑みは一秒も保たなくて、いつものアルに戻ったのだが。
「子どもで悪かったな」
「悪くないよ。そういうの、自然でいいと思う」
「え?え?」
「あんたらしくて、いい」
「は?」
「ゲンジロウは強化されたけど、ちゃんとあんたのまま。だからエライって言ってるの」
「ええっと……」
「あたしの家はね……強化じゃないんだけど、ずっと品種改良され続けた一族なの。だから……心も、姿も、他の人とは、少し違っちゃって」
いつしか、ややゆっくりと、一語一語区切るように話すアルだった。
「もう、何千年も昔、なんだけど」
惑星エラルは地球と比べ、文明の発生が千年以上早かったらしいが、それは長い人類の、生命の、惑星の規模からすれば誤差の範囲といえる。とはいえ、そのわずかな差が両者の立場を大きくしてしまったのだが。
「始めて惑星を統一したある支配者が、原始的な言い方をすれば国王かな?まあ、そいつが迷惑な実験を始めたの」
実験、と聞いて、地球人(?)たちは三者三様の反応を示す。ゲンジロウは顔をしかめ、コアラは妄想に胸を膨らませ、子パンダは遠い目で天井を見上げたのだ。
「生体工学やら遺伝子操作やらが始まった時代だった。そして、国王は信頼する家臣に命じたの。この星で最も進化した人間になれって」
反応に困ったゲンジロウに、屈託のない顔でアルは告げる。
「そ。それがあたしの先祖。そして、それからあたしの家系は、常に人工的な進化を目指している。昔は品種改良。今は……遺伝子改良かな。で、千年経って、こうなったわけよ」
閉じていた額の目がパカッと開く。やはり反応に困るゲンジロウに代わり、足元から声があがる。
「目が多いのは、遠近感と動体視力を向上させるだけではあるまい」
子パンダだ。中の人は動物オタク。この手の話題には黙っていられない。
「オオカミなどは視線を交すことでコミュニケーションを成立させるという報告もある。また、多くの野生動物にとってにらみ合うことは敵意の表れと言われておる」
「神話にも邪眼とか、逆に目が弱点とか目にまつわるお話は多いのよ」
見たモノを岩に変えるメヂューサは最たるモノだし、さきほどまで戦っていた九頭竜もまた目が弱点で倒された逸話が多い、とは中の人が歴史・物語のオタクのコアラの言だ。
「……ま、あたしの場合もそんなとこね」
「どういうことだ?」
「鈍いわね。あたしの目は……原始的に言えば、リモコンみたいな機能もあるの。相手の目を受信器にして、外部から神経電流代わりに指示をだせる」
「えっと?」
「生物を操るリモコンか」
「催眠術の一種なのね」
「それも性能の一部なんだけど」
自嘲気味に話すアルにゲンジロウが返すのだが
「つまり、視力が人間の性能なのか?」
「全然違う」
「ゲンジロウちゃん……」
「やはり勉学が足りんな」
かわいそうな目で下から見上げられ、さすがにゲンジロウも気まずくなった。
「……これはね、子どもの頃のあたしが望んだからこうなったの。小さくて弱い自分でも大人に命令できたらなって」
「あーなんかアルらしいな……え?」
納得してから、ようやく気づく。
「それって、おまえが自分で望んだ力が手に入ったってことか?」
「だいたい正解、かな。自分が望んだように自分を進化させる。それがあたしの一族が考えた、人間の性能ってやつ。まあ、まさか目が増えるとは思わなかったけど」
アルの発言を咀嚼しきれないゲンジロウは、口を開けたまま相づちも打てない。
「人の性能は適応力よ。その個性は千差万別だけど、それを伸ばす力は全ての生物を超越する。それが千年前に先祖が出した結論で、あたしの家は、自分の子孫にそれを強制し続けてるわけ。普通の人間は、その力を外部に、つまりは道具に、機械に求めたんだけど、先祖は肉体そのものに持たせようとしたの。で、千年経ってようやく一部が実現したってわけ」
「寒ければ服を着る、火を起こす。弱いから武器をつくる。一人ではできないから言葉を操り仲間と連携する……そういう進化を、あんたは自分の体でやっておる、と?」
多くの世代交代を経てようやくあり得る能力だ。それをわずか一代のうちに顕現させるということなのだろうか?それは子パンダこと鷲豚の創造を遙かに超えた。
「じゃあ、もしもアルちゃんが望めば、足が三本になったり腕が四本になったりするのかしら?」
その姿を想像し、ゲンジロウはゲンナリするが、コアラはむしろ期待しているようだ。
「そんな大きな変化はムリだし、なんでもできるわけじゃない。自分の才能ってか、個性は出るのよね。だからママやグランマは目は二つのまま。見た目はよその人と変わらない……ツノはあるけど」
とはいえ、祖母は脳波で直接電子機器を操れるし、母に至っては電子空間への往来が自在。
「リアルサイバーパンクなのね……」
「ある意味、機械文明に適応した進化、というわけじゃな」
「ゲーム機なしでゲームできる、みたいな?」
「で、あたしは逆なの。そーゆーのがイヤだから、リアルに興味がいったわけ」
祖母も母親も、アルを自分の趣味に進ませようとしすぎて、逆に嫌われたらしい。
「あーありがちだな」
英才教育もほどほどにということらしい。
「ただ……こんな見た目だから、けっこう早い内にスキンで外装つくったのよね」
星間連合の若い世代では、生身の自分を見せず、好みの外装で覆うのが流行なのが幸いした。
「だけど……だからかな。あたしの姿を見てもゲンジロウが驚かなかったのが、新鮮だった」
ゲンジロウからすれば、異星人に偏見があって、三つ目ツノツキくらいで驚かなかっただけなのだが。
「ま、最初に会った時、素顔じゃなかったのはお互い様だしな」
ゲンジロウがそう言った時だった。再び岩の壁が前方に見えた。そして、その壁にある、金属製の扉の上にプレートも見えた。地球人には読めないが。
「……やっとゲーム再開ね」
しばらくぶりにアルの顔に不敵な笑みが浮かんだ。そしてアルは走り出して、ゲンジロウは慌てて追いかけたのだ。




