その2 外来獣がやってきた
その2 外来獣がやってきた
外来獣とは、「Invasive Alien Species」(侵略外来種)を指すナードである。この時代、マスメディアは死滅し通信網は壊滅している中、小規模な集団が新たな住人に命名せざるをえなかった。日本においても同様であり、集団ごとに宇宙怪獣、ET、エイリアンモンスターなどと呼称している。外来獣とは、A県A市内に生存していた集団が使用していた。
同集団は、100人程度の規模で、周辺では最大の人数であった。それは統率力のあるリーダーの下、小型外来獣との生存競争に勝ち抜いたからである。
外来獣の命名者はハカセと呼ばれる人物であり、彼はその体長から2m未満を小型、10m未満を中型、10m以上を大型、20m以上を巨大と分類したが、それはその雑多すぎる生物的特徴や解析不能な出身星系ではなく、その危険度によって区別したからであろう。
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短い節足で這い上がろうともがき続けるムカマキ。その巨体はあれだけ矢玉が当たったのに全くダメージがないようだ。しかも当たり散らして、たまたま飛んだガレキが戦闘リーダーの頭を直撃……。首を失ったテツの体が、今、ゆっくりと倒れた。
仲間の戦意は一気に萎え、凍り付いた。
「まだだ!まだなにも終わっちゃいない!テツは運が悪かった!でもみんなまだ戦えるじゃないか!」
しかし、ゲンジロウの声が、逃げる足を、落ちそうな腰を、何より崩れかかる心を踏みとどまらせた。しかし一瞬だけだ。
「でもゲンジロ~」
「ハカセだってジキショーソーって言ってたじゃんか」
「テツが死んじまったんだぜ?」
潰走を踏みとどまったとしても、口から出るのは不安ばかり。
「それでもだ!作戦は失敗してない!アイツはまだ穴の中だし、死んだのは一人だけだ!」
「その一人がテツなんだぜ?」
「テツが死んだのに冷たくないよ!」
元サッカー選手のテツは、身体能力が高かったが、何より仲間を率い、戦術を考えて戦うのがうまかった。今までこのメンバーが小型外来獣を倒してこられたのは、その働きが大きい。それは事実だ。
「それでもだ!ここで逃げたら、もう俺たちは戦えない!」
あの日以来、ほとんどの人間が死に絶えた。残ったわずかな者たちも、外来獣との生存競争に敗れ死んでいった。あるモノは餓死し、ある者は食われ、ある者はたまたま踏み潰された。見たことのない外来獣が地表を闊歩し、廃墟の街に残されたわずかばかりの保存食も残り少ない。余所では人間同士の殺し合い、奪い合いだって日常だ。
「いいか!俺たちが生き延びるには、あいつらに勝つ!小型だけじゃなくて中型にだって勝てる!その事実が必要なんだ!それは明日じゃなくて今日なんだ!」
逃げて、態勢を整えて、もう一度挑んだとしても、テツが生き返る訳もなく、それほどの逸材が新たに出現する訳もない。かき集めた仲間、武器、食料、今日までの準備。そのどれも今が頂点。
「だからこそテツは決断した。ハカセも納得した。みんなだって賛成したじゃないか!それを一人死んだからって諦めるのか!そんなんじゃテツが化けて出るよ!」
再びガレキが飛び交う。仲間の近くに落ちて悲鳴が上がる。……だが
「みんな、やれるよな」
この場を支配したのは、決断を促す静かな声だった。家ほどもある怪物が暴れる轟音の中、不思議とこの声は聞こえてしまった。耳に、いや、心に届いてしまった。
「……さすがゲンジロ」
「かわいい顔して特攻隊率いてるだけあるじゃん」
「トッコー言うな、突撃班を殺す気か」
「ゲーマーの鏡だよ」
「一番年下のお前が腹くくってんのに、今さら逃げられねえか」
「テツに化けて出られたら、そりゃイヤだっての」
ぽつり、ぽつりだが、みんなが思いを、信頼を声に出す。自分の不安を打ち消すように。
「じゃあ、みんな。もう一度だ。確認だ。遠距離班は大きな複眼と触覚のある、顔面に攻撃を集中する……アチャ子さん、遠距離班はいいね?」
「狙撃は任せて」
遠距離班が一斉に頷く。
「ムカマキがカマで顔をかばったら、俺たち突撃班が出る。まずは穴の縁あたりで動いてる足を飛ばして。そうすればガレキも土埃も収まって攻撃しやすくなる。ただし、カマの動きには注意!あれ、掠っただけで死ねるヤツだから!」
「そんなドジふまねえっての」
ゲームのキャラとは比べられないくらい、武器も防具もお粗末だ。しかも死んだら終わり。ケガだって簡単には治らない。それでも突撃班は笑ってる。震えたくても笑ってる。
「で、後は何度でも同じ場所を攻撃する!もちろん危なくなったら逃げてもいい。だけど逃げてもまた戻って攻撃。その繰り返しで、最後は倒す」
「一撃離脱か」
「チョーのように舞い、蜂のように刺すってか」
「そんなカッコいいもんじゃねえーだろ」
ゲンジロウは仲間を見る。生き延びた者の中でも、自分と戦う特別な仲間たちを。
「地味で根気がいるけど、最後まで、ヤツを倒すまで続けるよ!……あと、カー子、プランB、頼める?」
付け足す声が悲鳴を巻き起こす。
「んええ~?」
離れた位置に電動スケーターを停めていたカー子が大きく奇声を上げるが、トランシーバー越しのせいでゲンジロウの鼓膜を叩くだけだ。
「うまくいけば必要ないと思ってたけど……カー子、頼む」
「マジなんだ……ゲンジロ~の鬼、戦闘狂、バトルジャンキーのソードハッピー」
「……頼む」
「もぉ仕方ないな~お姉さんだから聞いてあげるよ」
芸もなく「頼む」を繰り返すだけのゲンジロウに、カー子はあっさり折れて、電動スケーターのモーターを再起動し、飛び乗った。メンバーでは歳が近いこともあり、年上を気取れれる相手は貴重なのだ。
ゲンジロウはトランシーバー越しに手を合わせ、顔を上げる。
「みんな、行くぞ!」
その言葉を最後に前に飛び出すゲンジロウ。微塵も遅れず突撃班は続く。
「いかれてるな、ゲンジロウもトッコーヤローズも」
「野郎なんて言ったら怒られるよ?突撃班(エーチ-ム)、意外に女子多めだから」
「んじゃ、遠距離班はBチームってか?」
クロスボウの滑車がきしみ矢を放つ。次の矢をつがえる合間を縫って、コンパウンドボウや猟銃がムカマキの顔面に矢玉を飛ばす。両腕のカマが自然に上に向かう隙に、ゲンジロウたちは落とし穴の縁にたどり着いた。柔らかい地面が節足でかき回され穴は最初より広がっている。しかし、短い足ながら全力で這ったせいか、巨体が少し持ち上がりつつあるように見える。或いは自力で這い上がったかと思い、ゲンジロウはぞっとした。
「攻撃開始!」
「やっほー!」
思い思いの武器を手に、突撃班はムカマキのワチャワチャ動く節足を攻撃する。家サイズの外来獣の節足ともなれば、メートル単位の管のようだ。勢いよく動き回れば、狙いが外れ時に弾かれるのだが、10人ほどで攻撃を続けていけば、一本、また一本と飛ばされていく。
節足を飛ばされてもムカマキの動きは変わったように感じない。それでも舞い上がる土埃が減り、ガレキが飛ぶこともなくなることで遠距離班も突撃班も命中率が上がった。
カマの隙間を縫って、アチャ子の矢が左の複眼に深々と刺さる。
「ggggggeeeeee!?」
奇怪な悲鳴とともに、ムカマキがカマを振り回す。
「効いてるぞ!もう一息か?」
「まさか。フラグたてんな」
「って、上、来るぞ!」
顔面のガードを諦めたのか、単に苦痛を感じたのか?ゲームモンスターのようにヒットポイントが減ったから行動が変わる設定ということはなさそうだが、生き物ならではの突発性だ。慌てて突撃班はその場から退いた。
その間も、ゲンジロウは正面にいる。日本刀をふるい、ひたすら胴体に開いた穴をえぐり続けている。穴の位置は、ムカマキの中では薄い胴体。貫通すれば大ダメージかもしれないが、家サイズの怪物相手、開いた穴はまだまだ小さい。
「ゲンジっち!?」
「こだわりすぎだ!」
仲間の叫びを聞き流し、ゲンジロウは剣先を更に深く穿つ。その頭上からオオカマが唸りをあげて振り下ろされる。ゲンジロウはバックステップでかわし、身をかがめるや今度はオオカマに刃を突き立てた。小柄なゲンジロウはダメージ量よりも取り回ししやすいやや短めの現代刀を愛用している。それでも渾身の一撃は硬質なカマに突き立った。
「ggggghhhh!?」
本能的にカマを持ち上げ振り回すムカマキ。
「ゲンジロウ!」
仲間たちも思わず動きをとめ、カマに突き立った刀ごと振り回されるゲンジロウを見上げる。視線が集る中、ゲンジロウはにやりと笑って手を離した。ちょうど、カマの軌道が思い描いた瞬間を見計らい、慣性の赴くままに飛び、腰に差していた短刀を抜き放った。ムカマキの顔面に向かって。
「ちまちま地上で削ってちゃ、キリがないんでね!」
逆三角形のカマキリと違って、ムカマキの顔はやや四角い。ゲンジロウはその額に飛びついた。
「ムチャクチャだ!」
「あの死にたがり」
「射撃やめ!ゲンジロウに当たる!」
「ありがと!アチャ子さん!」
「お礼はそいつを倒してから、体で払ってよ!」
「アチャ子、意外にゲスイ……」
「うわ~年下狙い?」
緊張感のない声が飛び交うが、仲間の視線はゲンジロウに集ったままだ。そのゲンジロウは、暴れるムカマキの額から伸びる触覚をつかみ、短刀で両断した。
「4本は多過ぎ……」
いっそう暴れるムカマキだが、両腕のオオカマは自分の顔には向けられない。その間にゲンジロウは手袋の上からも刺さる剛毛に耐えながら、最後の一本を切り捨て、地上を見た。
「突撃班!手を休めるな!」
「おっと、見入っちまったぜ」
「ゲンジっちに叱られた~」
一喝された突撃班は、楽しそうに首をすくめて、攻撃を再開する。節足のほとんどを切り飛ばされ、顔面にとりついたゲンジロウはそのまま複眼を潰しに入る。オオカマはゲンジロウには向かわず、完全に流れが来た。仲間たちはそう信じた。
bwwwww……不協和音が鳴った。腰のトランシーバーからだ。
「ゲンジロ~来たよ~早かったでしょ、誉めて誉めて」
「あ」
ムカマキの顔面から見下ろせば、電動スケーターに乗ったカー子が見える。そして、その背後の巨大トカゲも。秘密兵器とは、つまり、他の中型外来獣を釣ってきて共食いさせるということだったのだが。
「秘密兵器って、まさか、あれ?」
「誰だよ、あんなの呼んだの」
「ゲンジロ」
「……ヤバくね?」
「まーさっきまで負けそうだったからなー」
「形勢逆転したから、もう帰っていいよ」
そんな仲間の声が聞こえた訳でもないのだが。
「……なんかあたしの努力、報われてない?」
カー子のふくれる声が流れる中、暴れるムカマキの顔の上でゲンジロウは器用にも頭を抱えた。