その8 疾走!ビッグファイア・フジヤマ・マウンテン! 中編
その8 疾走!ビッグファイア・フジヤマ・マウンテン! 中編
「原始的な乗り物ね。なにが面白いのか全然わかんない」
体を固定されて前後左右上下に揺さぶられる。そんな経験に憮然とするアルだった。自由過ぎる暮らしが身についてるせいか、受動的な姿勢がもう許容できないらしい。
「俺も、もう乗らない……」
ようやく泣き止んだもののまだ鼻の頭が赤いゲンジロウだ。フィジカル派の彼女にしても拘束された状態でひたすら揺さぶられる経験にはコリゴリらしい。生まれて初めてのアトラクションだったのだが、初体験にしてトラウマになったようだ。
「二人とも、わかってないわ!」
その眼前に猛然と立つのはコアラだ。その身長は二人に遙かに及ばないのだが、下からねめあげる視線が怖い。
「いい!あのビッグファイア・フジヤマ・マウンテンは、本国のサンダーを越えるべく開発された東洋最大のアトラクションなのよ!」
握りこぶしで力説するコアラだったが、ゲンジロウは基本的についていけない。
「異星人に侵略されたってのに、今さらそんなもんつくって誰が乗るんだ?」
「いいじゃない!かわいい子がこれに乗ってワ~ワ~キャーキャーはじける姿を見たら、もうなんでも許せちゃうわ!」
「……まさかと思うが、おぬしがこれ造ったのか?」
世界遺産になにやってくれると思うのは、生態系の破壊に厳しいパンダだった。自然遺産ではないだけマシとはいえ、中の人は動物系知識のオタクだったし、侵略前の弾丸登山とか過剰な登山客などを苦々しく思っていた反動だろう。目つきの悪いパンダアイが怖い。
「あたしは設定の一部を担当してただけよ」
コアラの中の人はショタ好きだがロリでもいけるという変態であるが、物語・伝承系のオタクでもあった。その方面の知識を買われてのことであろうが。
「どうりで妙なクイズだったわけだ」
「っていうか、自分でつくったクイズで、お手つきとかありえないって」
並んで慨嘆するパンダとゲンジロウだった。
「あたしがあんな初歩的な問題つくるわけなけないでしょ!」
本人がつくったのは懲りすぎて難問だらけで不評だったため、実際の設問は素人がつくったそうである。
「まったく!日本の伝統をあんな大衆受けのクイズにするなんて、文化をなめるのもいい加減にしてほしいわ!」
他者の文化を重要視する相手が侵略なんてするわけない。そう思うゲンジロウだが、アルを見て声に出すのを控えた。少々とはいえ気遣いする必要を感じたのだ。アルは異星人だが、本人が地球侵略をしたわけではないのだから。「原始的~」と言われるのは不快だが、その程度には理解できた相手なのだ。
「……あれ?アル、胸の辺りが光ってるぞ?」
スキンが機能不全になって以来、アルの外見は露出している。硬質な繊維でつくられたジャージっぽい服装をした、三つ目角つきの異相なのだが、未来感のあるレイヤーと見えなくもない。肌質は自分たちと変わらないし。
その、やや厚めの胸部には薄い金属質のプレートがあったのだが?
「そう?スキンの外装にそんなのないはずなんだけど?」
アルは自分の胸部を見下ろし、その光点を確認した。プレート部にはうっすらと光の線が浮かび、俗に言う五芒星を描いているように見えなくもない。その左下の位置の光が強い。
「星型?」
光点そのものが☆型だった。
「ヒトデ型ではないのか?」
わざわざ軟体動物を挙げた偏屈な鷲豚だが、海の星と書いてヒトデと読む由来から考えても、ヒトデ型=☆型と考えていいだろう。偏屈も過ぎるとゲンジロウすら思い、アルは完全の無関心だった。
「警告!警告!……テロリストがいまも追跡中につき、乗客の皆様は速やかに次のステージに向かってください!」
そんな微妙な雰囲気の中、再び警告が流れる。
「テロの最中なのに、まだやんの?」
中の人が関係者だったせいか、コアラは警備態勢に不満を言う。
「なに言ってんのよ!中止になんかなったら、今日中に終わんないじゃない!」
一方、その乗客本人は一刻も早く地球ダンジョンをクリアすることしか考えていない。足早にゲートに向かう。
「えーまた乗るの~?」
乗り物アトラクションには強いトラウマをもってしまったゲンジロウは泣きそうだ。
「なんか変わってない?」
乗車ゲートに着いた一行だったのだが。
「まあ、カグヤボックスの一つが開放されたからはじゃない」
いつの間にか、座席を並べただけのコースターの最後に巨大なノズルがついている。
「不似合いなこと甚だしいのだが」
「そんなことないわ。このコースターだってリニアモーターを採用しているし問題なしよ」
「狭い坑道、そんなに急いでどこに行くのだ?」
「もちろん、いいトコロによ」
パンダは疑いの目でにらむが、コアラは無視して乗り込んだ。なし崩しに乗るパンダと、駆け込むように乗り込むアル。そして引きずられるようにイヤイヤ乗ったゲンジロウ。全員が乗り込むと肩を押さえる器具が姿勢を安定させる。急ぎのせいか、アンドロイドの見送りも管理AIのアナウンスもないまま、コースターは急発進を始めた。
レールは上に向かい車体は加速を続ける。全身が座席に押しつけられる。重力制御のありがたみがほとんどない。コースの正面には大岩が飛び出しているのが見える。
「きゃあああ」
再び悲鳴を上げるゲンジロウ。
「いい加減に慣れたら?」
半ば同情、半ば呆れるアルだ。不便で不快だが怖いわけではない。
コースターは大岩を回転しながら、左にコースをきって大岩をスレスレかわし、そのまま回転を続ける。
「コークスクリュー1440」と言われる高速4回転に、ゲンジロウは再び泣き出し、その涙が遠心力で円を描いた。
「あら、きれいね~」
後ろのコアラが誉めてくれたが、それはゲンジロウには届かなかった。
地獄のような回転を終えて、レールは上に向かった。ほとんど垂直に地表を飛び出す。
「きゃあああああああ!」
「まだ慣れないの?せっかく少しは楽しくなったのに?」
ひときわ大きな悲鳴を上げるゲンジロウともう慣れ始めたアルだった。レールを失ったコースターは空中で反転する。不自然なほどきれいに。わずかな時間で天地が逆転し、正面に見える地表がドンドン大きくなって。
「nnnnnnnnnnn…………」
もう悲鳴もでないゲンジロウだった。アルの額の目には、ゲンジロウの口から霊体が抜け出るのが見える気がする。異星人には知りようがないが、その姿はムンクの「叫び」に近い。
「……あのノズル、姿勢制御用かしら?」
固定具で首はまわせないが、アルはそのツノの知覚で後部に噴射炎を感じている。
「あそこに入るのね……あれ?」
更に正面には地表の火口が見える。その中央の大穴も。おそらくはあそこに突入するのだろうが。その隣には巨木が見える。今まで気づかないのが不自然なほどに大きく輝く巨木だ。そして、幹から張り出したいくつもある枝の一つには大きな玉と、更には奇妙な大きな昆虫が長い尻尾でぶら下がっている。
それを一瞬で見てとったアルだったのだが。
「お客様に、本日のサードステージ、ビッグファイア・フジヤマ・マウンテン、カグヤボックスベータの開放条件をお知らせいたします」
そこに穏やかなナレーションが入る。既に重力による加速が始まっているこんな局面で、冷静に聞ける者がどれだけいるか不明なのだが。
「このアナウンスの終了後、一秒の間に、備え付けの銃にて、『蓬莱の玉の枝』を撃ち落とすことができます。ですが、失敗した場合、枝を守護する大角兜虫があなた方を襲うでしょう」
各座席の前に、照準のついたトリガーがせり出す。
「ふむ、あれは昆虫型強化在来獣だったのか」
「もうクイズでもなんでもないじゃない!まーアトラクションとしては正解だけど」
しかしパンダやコアラの短い腕ではまったく届かず、ゲンジロウに至っては未だ心神喪失状態。普通のアトラクションなら乗客みんなの協力プレイの場面なのだが、ここではまったく意味をなさない。
「では、皆様のご健闘をお祈りいたします」
自由落下を大きく上回る加速。間違いなく後部ノズルの噴射であろう。この急加速の中でわずか一秒間の制限時間。
「これ、勝たせる気がないんじゃない!?」
後ろでジタバタするコアラに、悠然と無為を気取るパンダを気にもせず、アルは無言でトリガーをとった。しかし照準は見てもいない。
二つの目を閉じて、額の目とツノに集中し……トリガーを静かにひいた。
「ま、ハズしたらハズしたで、面白そうなモンスターが襲ってくるんでしょうけど」
地球人には不可視の光線は、狙いあやまたず枝を襲う。
♪チャチャッチャ~チャチャチャチャッチャチャ!チャチャッチャ~チャチャチャチャッチャチャ!♪
「サードステージ突破、おめでとうございます!」
アルの胸の左に星が一つ輝きだした。そして、コースターはなにもなかったかのように火口の穴に突入し、ゲンジロウのけたたましい悲鳴が再び鳴り響くのであった。
数分後、コースターはステーションに入った。狙撃を成功させたアルは先ほどまでとはうってかわって意気軒昂。一方ゲンジロウは突っ伏したままで、そのエクトプラズムは既にコアラやパンダにすら見えそうなレベルだった。
「お客様方。いったん降車してください。なお、5分間の休憩の後、発車いたしますので乗り遅れのないようご注意ください……」
座席に固定していた安全装置が外れ、自由になった途端、アルはゲンジロウの首根っこをつかんで飛び降りた。コアラとパンダものろのろと続く。
その傍らを整備アンドロイド達が通り抜け、なにやら作業を始めた。
「今度はなにを取り付けるのだ?」
「さあ?」
「ホント、原始惑星のダンジョンってよくわかんないわね」
「もうイヤ……」
5分後。戻ってきた一行は、不審の念にとらわれる。不敵な笑みの異星人少女に泣きべその地球人少女、さらにコアラとパンダという不思議な一行がそろって一斉に首をかしげるのは、なかなかに見物なのだが、残念ながら見物人はいない。
「ほらゲンジロウ、いい加減に泣き止んでよ」
「なんでこんなのに乗んなきゃいけないんだよ」
「ゲンジっち、アトラクションは楽しまなきゃ負けよ」
「まあ、ワシもあんなものに乗りたい輩の気持ちはわからんがな」
再発進したコースターは、壁に向かって直進した。
「ぶつかる~」
という悲鳴も既に慣れっこで今さら誰も気にしないのだが。
「きゃあああああ!落ちる~」
壁に激突する寸前、コースターは一気に急降下する。重力制御だかリニアモーターだか後部制御ノズルのせいだか知らないが、実に自然に落下して。ゲンジロウの長い悲鳴が続くことになる。「よく呼吸が続くわ。さすが強化地球人ね」ってアルの声も耳に入らない。
そのままコースターは地下深くに落ちる。
そして、そこはマグマの中だった。




