第一章接触編 その1 インベーダーがやってきた
第一章接触編
その1 インベーダーがやってきた
ササキゲンジロウは改造人間である。
地球を侵略した星間企業ワルダックにより改造されたゲンジロウは、アトラクション惑星の原住民兼NPCとして日夜活動している。
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あの日、ササキゲンジロウはまだ十代前半だった。当時大流行していた、バーチャル空間でモンスターを狩るゲームに夢中なだけの、トリエのない子どもだった。
日本時間 4月8日AM9:00。A県A市。
「お母さ~ん、この服、サイズ合ってないよぉ」
ゲンジロウは襖を隔てた隣室の母につい苦情を言う。
「なに言ってるの、この前仕立ててもらったばかりじゃない」
真新しい制服は窮屈で、少し恥ずかしい。午後の入学式には余裕があるけど、早めに着替えて心の準備を、と思ったのは、その実、自分でも早く着たかったかもしれない。
だけど、やっぱり窮屈だ。しかも、普段なら絶対着ない、こんな服……。
「お母さん、なんか、うまく着れないよ」
「一人で着ないとダメでしょ。これからは毎日着なきゃいけないんだから」
こんな服を毎日……中学生って大変だ。会社員になったら、ビジネススーツとかって着るんだよな。自由に服も着れないなんて、大人になればなるほど不自由になっていく。もちろん、服装規定のない学校も職種もあるが、自分の手の届く範囲では、まだ見たことがない。
ゲンジロウにとって、インターネットとはゲームの空間だ。それがリアルの延長にあることをまだ理解したくなかった。いつものようにリアルで過ごし、間を縫ってゲームに没入する。そんなことが当たり前にできた、そんな時代だった。
ズシィ~~ンという、重低音が響く。とっさに部屋を見渡すが、なにもない。いや、揺れる?地震か?机に置いたスマホを見る。災害のアラートはない。でも、スマホがカタカタ音を立て、滑り落ちそうだ。とっさに持ち上げ、Yapooを開く……やはりなにも出ない。SNS上でも……。
「マナーモードは設定してないし……やはり地震?お母さ~ん、テレビつけて~」
普段はテレビなんか見ないけど、こういう時にはテレビもありか。
そんな時だった。耳をふさぎたくなるような不快な音がして、次の瞬間、天井が崩れた!そして、家の中が爆発した。ゲンジロウは吹き飛ばされて意識を失った。目を閉じる前に横切ったのは、母親の上半身だった。
気づいたのは、がれきの山となった街の中だった。そう。住み慣れた家も、見慣れた街も既になかった。見えたのは、がれきの上を闊歩する巨大な生物たちと、それよりは遙かに小さくが人間よりは充分に大きい生物たち……。
あるモノはトカゲっぽくて、あるモノはオオサンショウウオっぽくて、あるものは昆虫ぽいとしか言えない。共通点は全部大きくて、自分が知ってる生物ではないということ。むしろゲームの中のモンスターに似ていなくもなかったが、有名デザイナーがてがけたゲームモンスターとはやはり統一感がなさ過ぎた。そして、そんな光景を見ながらも、ゲンジロウは何も感じず、足元にあった、母親だった肉塊の中に座り込むことしかできなかった。おそらく完全に麻痺していたのだろう。その時もその後も、生き残ったのはただ幸運だっただけだ。
星間企業ワルダックは大規模複合企業である。その傘下には惑星破壊兵器から乳児のミルクまで各種多様な製品・サービスを生産する企業がそれこそ星の数ほどある。その一つが星間軍事会社ワルネイルだ。
星間連合内で禁止されている未開惑星との接触を、連合内の企業が行うことはもちろんブラックであるが、条約に調印していない企業のしかも一孫会社が届けなく行った場合、限りなくブラックに近いグレーになる。
ワルネイルにとっては、此度の地球進出は、あくまで「惑星開発」である。開発のために、未知の惑星での危険を予防的に阻止するための、あくまで通常業務の一環。
そして、長期的な開発のため、ワルネイルが使用する抑止力が、生物移植である。当該惑星の生態系を大きくは壊さず、かつ生産・整備設備を必要としない生物を他星系より輸送し、散布する。
言ってしまえば、生物的侵略。当時の日本には特定害獣駆除法があったものの、ワルネイルに散布された外来生物を特定する間もなく、関係行政機関どころか政府が滅んでしまった。憲法9条に明記されない自衛権を閣議決定で行使する間もなかった。巨大外来生物(後の宇宙怪獣)や中・小型外来生物(後の外来獣)の散布は、A県にとどまらず、日本、いや、世界各国の首都・大小都市にもれなく行われていたのである。
ゲンジロウの悲劇なぞ、しょせん、数十億の中の一つ。砂漠の砂程度にありふれた出来事でしかない。ただ、一つだけ異なったのは、ゲンジロウは生き延びたのだ。
最初は偶然で。その後も幸運は続いた。
ゲンジロウは生き延びた者に拾われ、生存者は次第に集り群れをつくった。小型獣に狩られ中型獣に踏み潰されながらも、逃げて隠れてひたすら耐えた。そして、武器を集め組織をつくり小型獣と戦うようになっていった。
それでも巨大な相手には歯が立たない。戦闘機も戦車も相手にならない宇宙怪獣を倒すのは不可能だった。
所詮勝てるのは、小型外来生物まで。地球人の生存圏は年々狭まっていった。
数年後。
タタタタ~タタタタタ~タ~~タタタ~タ~タタタ~タタタ~タ~タ~♪
崩れて朽ちた廃墟の街に、場違いな音楽が鳴り響く。地の底から湧き出るような重厚な管弦が奏でる、勇壮でありながら疾走感あふれる調べにつられ、うつむいていた者たちが顔を上げる。汚れ疲れてはいるが若い。そんな20名ほどの集団だ。
「おい、ゲンジロウ。獲物が逃げてったらどうすんだ」
ガレキを積み上げた高い場所から、テツが言う。腕利きの年長者からの苦言だが、ゲンジロウは足元のラジカセを見て、ニヤリと笑った。乾電池で動くラジカセは貴重な音源だ。
「これを聞かないと狩りって気がしないんだ」
あの日まで、スマホが使えなくなる日が来るなんて思いもしなかった。でも、あの日全てを失ってから、何も感じなくなった自分は、廃墟の中でこの曲が入ったCDを見つけ出して少しずつ心を取り戻した。今は戦える。こんな灰色の世界でも。
「あ~わかるわかる。俺もバーチャル版よくやってたわ」
「オリンピックで流れた時は、マジかと思った」
「あれから100年は経った気がするぜ」
「テツ、いいじゃんか。どうせこんな音を気にするような小物相手じゃないし」
「テンション爆上がり~↑」
「俺たちハンターにはちょうどいい」
狩りの前で緊張していた仲間たちが口々に擁護する。テツも失笑した。サッカー選手だった彼だってゲーマーだった過去がある。
「……まあ、こんな曲を聞きつけてくるバカもいないか」
「いたら絶対仲間だって」
「違いない」
仲間はどっと笑い、その後、しばし流れる曲に聴き入った。
ガチャリ。大げさな音を立てて、これまた大きなスイッチを押すと曲が止まる。
「来るぞ」
トランシーバーを手にしたテツが合図すると、仲間たちは一斉に武器を手にする。スポーツ店から回収したクレインクインクロスボウやコンパウンドボウは、最新の素材やら技術でつくられたもので、ゲームで使ってた実物(?)よりも高性能だろう。中には猟銃を持つ者もいる。テツの班は飛び道具主体だ。物陰に隠れ配備する。
「配置、いいな……ゲンジロウ、突撃班はどうだ?」
「オッケー、任せてよ」
スケボーの防具に身を固めたゲンジロウは、突撃班長だ。仲間はあちこちで拾い集めたり、自作した武器を持っている。ゲンジロウは日本刀だ。いわゆる数打ちの現代刀らしいが、年少で小柄な自分には取り回しがいい。斬り方もしっかり練習した。和の刃物は引いて斬る、だ。
「まあ、さすがにアレは使えなかったけどね」
アレ。ゲームで使っていた、人間より大きな剣だ。
「俺も試したけど、アレはムリ」
「試す前にわかれよ」
「でも、ME TOOね。リアルでハンターやるなんて思わなかった~」
ゲームもリアルも、びびったら負ける。そしてリアルでは、負ければ死ぬ。そんな中、笑いは武器だ。気づけば近接班も遠距離班も、全員が笑っていた。
仲間の一人が、電動スケーターに乗って向かってくる。この日のために、全員であの辺りの道はガレキを取り除いて平らにしている。充電のため壊れていないソーラーパネルを集めるのにもどれだけかかったか。
「来た……後方にムカマキ!……間違いない!一体だけだ!」
ムカマキとは、ハンターズ内の呼称で、中型外来獣の一種だ。ハカセの分類によれば昆虫種にあたり、ざっくり言えばムカデのような多節足の下半身にカマキリみたいな上半身がついている。同じくハカセの分析によれば、地上走破力に富み攻撃力は高いものの、飛行能力はないし外皮の硬さもそこまでではない。中型獣最初の獲物に選ばれた所以だ。
「カー子、いい仕事したな」
ムカマキ始め中型外来獣の多くは群れで行動しないが、それでも一体だけおびき出すのは大変だ。何より人間の2倍程度の小型と中型では重量感が違う。端的に言えば、家よりでかい。走る家に追いかけられると思えば、一人でつり出すのは重責だ。
「えへへ~それほどでもあるよ~でも誉めるのは狩りが終わってからにして~」
本当に大変なのはこれからだ。この場にいる全員がそれを知っている。文明を失った地球人の軍人も警察官もいない素人集団で、中型外来獣を討つ。A県では間違いなく初めてで、ひょっとしたら国内でもそうかもしれない。
「カー子、所定の位置を通過!ムカマキ通過まで……3、2、1……今だ!」
ムカマキが妙に平坦な位置に達すると、路面が大きくひび割れ、土埃が舞い上がる。落とし穴だ。もともとここには巨大怪獣が開けたと思われるクレーターがあった。その上にかき集めた木や鉄の板を並べ土をかぶせてつくった。スクーターくらいの重さなら問題ないことは計算済みだ。
そこに飛べないムカマキが落ちる。
「危なかった~もう少し早かったらわたしも巻き込んだでしょ~」
「そんなドジ踏まねえっての」
会話の間にも土埃が収まり、落とし穴にはまったムカマキの姿があらわになる。下半身は穴に落ちたが、上半身ははみ出して、這い上がろうと暴れ、脇腹近くのまである節足が近くの岩やらガレキやらを飛び散らせてる。
「ゲンジロウ、飛び込めるか?」
「ガレキがなくなるまで待つ。あれ、間違って当たったら死ぬヤツだ。ムリはしたくない」
本来ならガソリンを用意したかったが、さすがに廃墟の街で探すには限界があった。ガソリンスタンドなんて、侵略初日で全焼だ。
「ち、落とし穴周り、もっと掃除しとくんだったぜ。仕方ねえ。遠距離班、撃て!」
滑車で巻き上げたクレインクインクロスボウの射手たちが、金属製の弩矢を飛ばす。高校時代は弓道部という「アチャ子」は、アルミ合金や炭素繊維を使い滑車まで応用したコンパウンドボウで、立て続けに矢を放つ。猟銃を撃つ元猟師もいる。
標的の大きさもあり、ほぼ全て命中してはいるが。
「……わかっちゃいたけど」
「ほとんど効いてねえー」
固い外皮に刺さるのは驚嘆なのだが、ほとんどの矢は刺さっただけだ。熊撃ち用の大型弾すら、表面に傷をつける程度。致命傷にはほど遠い。
「仕方ない。危険だがハカセから預かった武器を試すか」
「そんなんあったんなら最初から試せよ!」
一斉にブーイングが飛ぶ。
「いや、ハカセが自信ないから困った時以外は使わないで欲しいって。しかも一発だけ」
「おれら困ってんねん」
「今、使わないでいつ使うの?」
「そうだよな……アチャ子!」
コンパウンドボウをもった若い娘が頷いた。両端の、いわゆる「はず」の部分に大きな滑車をつけた弓は金属の光沢に輝いている。
「今こそ使うのね?旧時代の遺跡から発見された、あの伝説の武器を……」
そのまま、うっとりした表情でポリ容器をくくりつけたような矢をつがえる。
「けっ、中二病め」
「こんなご時世でまだ治ってねえのか」
実は同病なのだが、自分が打たせてもらえない、そんな悔し紛れが止まらない。
「それ、100鈞跡地にあったものをハカセが化学合成しただけだから」
原材料を口にするのも面倒くさいが、可燃物やら肥料やら金属片やらを混ぜ込んだ爆弾らしい。実は他にも定番の(?)スプレー缶爆弾とやらもあるのだが、あの巨体には効果が見込めないということで、そちらは見送られた。小型外来獣用に近日登場予定だ。
「100鈞製グレネードランチャーだな」
「よい子は絶対にマネしちゃいけませんってか」
それなりに重い矢ではあるが、アチャ子は「ふん!」を鼻息を吐くやワイヤーを引き絞る。
「南無八幡大菩薩!」
歪な矢は、狙い違わず顔面に直撃……寸前にわずかに失速。重すぎたのか、空気抵抗的に問題だったのか?しかしかろうじて胴体に命中し爆発した!飛び散る破片、そして体液!
「やったか!?」
思わず身を乗り出す人間たちだったが。
「テツ、それ、言っちゃいけないヤツだよ~」
「フラグ立たせんな」
煙が消えてみれば、胴体の外皮に穴こそ開いたが、まだまだ元気なムカマキだった。それでもさすがに痛みはあるのか?ムカマキはいっそう足の動きを激しくする。それが穴の周りのガレキを飛ばしまくった。朽ちたビルに当たって崩れる音がする。
「わ!こっちにも飛んできた!」
「アブねえ!全然元気じゃん」
「やっぱハカセの新兵器が完成するまで待てば良かった?」
「でかすぎなんだよ。ゲンジロ~、アレ、突撃して大丈夫なヤツか~?」
「ゲンジっち、ムリしたらみんな死んじゃうよ?」
突撃班の仲間がさすがに弱音を吐き出した。しかしゲンジロウは冷静に見極める。
「いや、テツ、狙点をあそこに集めてくれ。その後なら突撃できる」
ガクジュツテキナブンルイとかはわからないが、直感的にわかる。
「顔面だ。特にあの大きな複眼と触覚!」
知能のないムカマキだって本能的にイヤなのか、左右のカマを顔面にかざし護ってる。腹の傷より気になるらしい。
「潰せないまでもジャマするだけで充分だから!」
カマが振り回されなければ、仲間は接近できる。そして接近さえできれば、同じ場所を何度も狙える。ならば、いつかは穿って、倒してみせる。
「テツ、聞いてる?だから早く指示を!」
しかし返事がない。遠距離班にも動きがない。苛立ち振り向いたゲンジロウだが、言葉を失った。
「テツ!?」
テツの足元に大きな、そして血まみれのコンクリート塊がある。そしてテツの首から上がない。遠距離班のみんなはそれを見て動きを止めている。いや、突撃班もだ。戦闘班を統率するテツの予期せぬ姿に。
「あああ~!?」
「ウソだろ?」
「あんなに小型獣を狩りまくった俺たちが……テツが……」
元々はたまたま生き残っただけ。それが集まり、協力し知恵を絞って、ここまで来た。その中心だった男があっけなく死んだ。絶望が広がり、全員の心を塗りつぶした。