その2 ジャイアントクラブは進撃しない
その2 ジャイアントクラブは進撃しない
「竹鋸の里」を襲うカニ。なぜカニが里を襲うのか?聞いたゲンジロウは脱力している。カニそのものがわからないアルには因果関係がわからない。
「この里の竹の中に、あのカニの好物があるのです。おかげで、あのはさみで竹を乱獲され、里の者は大迷惑なのです」
大きなはさみで竹をちょん切るカニを想像し、ゲンジロウはゲンナリしたのだ。ちなみに今のセリフは茶屋に乱入してきた「庄屋」役のキャストだ。まあ、中身は「欲張り爺さん」兼「親切爺さん」だったが。
「この里は、竹の中にある砂金を採集して暮らしているのです。切った竹は私の店で加工して売り出しているのですが」
数秒間の沈黙は、一同の想像を軽く超える話を理解する時間が必要だったことを示している。で、コアラが器用に手を打った。
「家具屋姫ね!?」
「は、はい!確かにうちには娘がおります。娘はそれはそれは輝くような美しさでして、それを悪いカニに見初められてしまいました。そこで里の祠に隠していたのですが、掠われてしまいまして!ぜひお助けください!」
切った竹で家具をつくって売る庄屋の娘が家具屋姫、という設定らしい。竹の中にカニの好物があり、おまけに娘にも目をつけた?本能に忠実なのは原始動物だからいいとして、カニが美女に何をするのか?アルの想像力では追い付かないことが多過ぎる。額の目が瞬きしてるのは困惑しているからだ。
「まあ、異種通婚はよくある話だし、きれいな娘はいろいろされちゃう決まりなのよ」
なぜかつぶらな瞳をキラキラさせるコアラをうさんくさそうに眺めるアルだったが、鬼とか竜とか妖怪とかがやたらと若い娘を要求するのは伝承に不可欠なことらしい。この星の生物はみんな淫乱なのだろう。さすが、原始惑星だ。
「もちろん、お礼はいたします!祠には竹の中から見つけられた秘宝も隠してました。それを差し上げます!」
奪われた宝物は、奪い返した者のモノじゃない?とゲーマーとしてはすれているアルは思うが、後腐れなくもらえるのならそれでもいいかと思い直した。
「じゃあ、引き受けた!カグヤヒメを助けてお宝をゲットね。それでシナリオが進むんならやるしかない!」
敵を倒して前に進むことしか考えないアルとしては実に自然な流れであった。
「さすがはピーチ姫ねえ」
コアラが頷く。
「狩猟者としては正しい本能の発露だよ」
パンダが感心する。
「まあ、こうなると思ってたけどさ」
ゲンジロウがいろいろ諦める。
「さすがはピーチ姫様のご一行じゃ」
なんでも、襲ってくる悪い化け物を退治して仲間を増やすのがピーチ姫の業績らしい。
「俺の知ってるピーチ姫じゃない……」
「い~え。桃太郎と西遊記の融合としてはあり得るわよ」
「まあ、孫悟空=サル役はともかく、猪八戒と沙悟浄がキジとイヌにどう対応するのか興味
深い」
どうやら話がまとまったらしいと知って、看板娘がやってきた。笑顔がかわいい。
「きびだんごセット4つで、お代は100スターコインでございます」
「え?お金払うの?」
ゲンジロウは庄屋さんに目を向けるが目をそらされた。依頼と支払いは別らしい。世知辛いというより、運営方針なのだろう。
「スターコインってなんなのよ?」
もちろんコアラの身では日本円すら持っていない。そもそも政府がなくなって円に価値もない。
「やれやれ。ここは星間企業が経営する施設だ。星間国家の資本に飲み込まれてるに決まってるじゃないか」
どうやら星間連合内で流通している貨幣らしい。この中で持っていそうなのは一人しかいない。みんなの視線がアルに集る。
「そうね。もってるけど」
左手をヒラヒラさせる。左手の甲になんらかの端末があるらしい。スキンとは別なのだ。
「おお、ではここでピーチ姫様から、お供がきびだんごをいただくという流れができるのね」
おごってください、パシリになります、ということを物語伝承系オタクはこう言い換えた。
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「竹鋸の里」から歩くこと半刻。青竹の里山に着いた一行は、そこで大カニの群れを見つける。厳密に言えば陸棲のアカデガニらしい。当社比400倍ほどだが、宇宙規模のアルからすればたいした誤差ではないらしい。
「どうせやっつければオンナジよね」
頼みのダイバースキンがナゾの不具合で戦闘力も情報収集力も大きく低下しているにも関わらず怯えもしないのは、神経の素材も太さも地球人とは違うらしい。そう興味深げに自分を見つめるパンダの視線にも気づかない。
「んじゃ、早速退治して祠の中のお宝をいただくわよ」
「いいけど、戦うのは俺だけだよな?」
こくこくと頷くコアラとパンダを、アルは苦々しく眺める。
「使えないわね」
「使えるわよ!戦闘は専門外なだけよ!」
「肉体労働はゲンジロウに任せるが、知的活動こそわたしたちの出番だろう」
笑って長太刀を抜くゲンジロウを、変わった生き物だとアルは思う。
「だけどゲンジっちとカニは相性悪そうよねえ」
「ふむ。なるほど。斬撃主体の攻撃では固い甲羅は苦手ということか?」
「そうじゃなくて。サルカニ合戦でやられちゃうのはサルの方じゃない」
「俺をサル扱いすんな!あと、この太刀は特殊合金製だし、俺の力で斬れないわけがない」
自覚は少ないが、ゲンジロウは強化地球人である。大鎧を着込んだまま普通に走っていった。カニの群れに向かって。
「元気よね、ゲンジロウって」
ほぼ同性でやや年少と思われるアルなのだが、せっかく習得した実体剣スキルも野太刀の一本でもあるわけでなし、今回はおとなしく見学するつもりらしい。
ゲンジロウは反りの大きな長太刀を一閃する。会敵するや強引すぎる攻撃だ。サル扱いされたことや斬撃主体と言われたことを少し根に持っていた。いつもより力が入った。そのせいだろうか。
カキ~ン!鋭い音と固い手応えに、柄を握る手がしびれる。斬撃はカニのハサミに受け止められ、他のカニたちがワチャワチャとゲンジロウを取り囲む。
「あちゃ~やっぱりサルはカニと相性悪いのね。しかもカニ、意外に素早いし」
「うむ、あのハサミ部分の厚いカニ装甲も斬撃に強いな。しかも突きにも強そうだ」
カキン!キンキン!カニたちのふるうハサミを懸命に防ぐゲンジロウ。
アルは腕を組んで苦々しくそれを見つめる。
「あいつ……頭に血が上ってる?」
決闘した時のサムライはもっと強く鋭く、余裕があった。
「追い詰められてるからじゃない?」
「天敵、というものはあるのだよ」
コアラとパンダはそう言うが、アルの目には違って見える。
「獲物の数は多いし苦手はあるだろうけど、ゲンジロウは本気になれていない」
自分の家来になったのが不本意だろうし、昔の知人がこんな姿になって、いろいろ動いている。それで考えすぎてるんだろう。敵の間合い、力任せの攻撃、どれをとってもあの時のサムライとは思えない。
「まったく……所詮は原始人……いや、違うか?」
原始人なら、却って悩まずに済むだろう。あれはむしろ、少し前の腐ってた自分だ。
「仕方ない……ゲンジロウ!目だ!」
たった一言。それで充分だろうとアルは確信している。
「ああ、もう敵が多い!思ってたより素早いし、固い!だいたいカニってなんで前に進まないんだ!?」
とはいえ、ハンターズとして生身で外来獣と戦ってきた。こんな場面は何度もあった。まして、戦闘力だけなら不本意ながら改造された今の方が圧倒的だ。
「なのに、なんでうまくいかない!?」
後ろにまわったカニがハサミをかざす。だいたい横周りに動くカニは間合いがまったくつかめない。慌てて自分も前に飛ぶ。そこに視界の外から回り込む別のカニ。
「動きが読めない!鬱陶しい!」
怒りとともに長太刀を横薙ぎに横長の胴払うが……カキン。キチン質の甲殻が刃を阻む。
なにもかもがうまくいかない。なんで異星人に従う流れになった?なんで歴史豚がコアラに鷲豚がパンダになってる?そもそもなんで自分は裏切られて改造された?
大人になったつもりで押さえ込んでたなにもかもが、ふとしたことで噴きだしてくる。
「だいたい、なんで俺の刀が通らないんだよ!」
力任せの一撃は、またもハサミに防がれる。
「こうなったら……」
奥の手を出すしかないのか?絶望的な思いがこみ上げる。改造されて一年たったが、今もあの力は使ってない。使えば……おそらく自分じゃなくなる。
そんなタイミングだった。
「ゲンジロウ!目だ!」
忌々しいがいつの間にか仲間になってしまった異星の娘。その声が届く。耳に、いや、心に。なんでだ?なんでかはわからないけど。頭の中がすうっと冷えた。
戦いは冷静でなくなったら死ぬ。強弱ではなく、運でも死ぬ。どんなに強くて頼りになる仲間でも、きっかけ一つで簡単に死ぬ。
「横薙!」
再び長太刀を払う。ただし、狙いは胴ではない。突き出た目だ。二つの目玉が根元からぴょ~んと飛んでいった。切られたカニの動きが止まる。
「兜割!」
止まった相手に上段から振り下ろす。ただし、力みは消え、太刀筋は格段に鋭い。カニの胴体はキレイに両断され、どさりと倒れる。
一度力みが消えるや、その後はカニのハサミも防ぎきれずに次々と斬撃の餌食となっていく。ゲンジロウが長太刀を納めるまで、その後はわずか数分だった。




