その10 「竹鋸の里」の会合
その10 「竹鋸の里」の会合
さっきまで暴れていたコアラは、アルの腕の中におさまり、すっかりおとなしくなった。
コアラといっても、樹海の町で暮らしてるし、二歩足で歩くし、言葉を話すし、なにより自分たちを攻撃するようなアヤシサ爆発の、おそらくは強化在来獣だ。
ゲンジロウからすればある意味ご同輩ではあるが、つぶらな黒い目がうさんくさくて仕方がない。
「ねえ、この原生動物、コアラって言ったっけ?」
「ああ」
「つれてこ」
強化在来獣のコアラも、アルからすればぬいぐるみ扱いだった。
「やめた方がいい。そいつは確かユーカリの葉っぱしか食えないはずだ」
実際はもう少し食せるのだが、それほど間違いでもない。
「そうなの?偏食ねえ」
後先考えないアルとはいえ、さすがに飼うのが大変くらいはわかったらしい。
「だから、さっさと逃がしてやれよ」
ゲンジロウに言われ、三つ目が瞬きしているアルである。その仕草は、おそらく葛藤を表現してるのだろう。
「相変わらずの考えなしだね、ゲンちゃん」
そんな声がどこからか聞こえるや、ゲンジロウの背中に思いっきり氷塊が転がる。思わず辺りを見渡す。
「どしたの?」
「いや、今、声しなかった?」
「したけど?」
「どこから……」
アルが指さしたのは、コアラだった。
「へ?」
近づいてマジマジと見ると、つぶらな目をにらめっこする形になった。更にコアラは片手をかざし、内緒話のポーズをする。別にかわいいもの好きではないのだが、基本的に素直なゲンジロウは耳を近づける。コアラは耳に口を寄せて器用にすぼめる。
「ふう~」
「うわっ!?」
耳孔に息を吹きかけられて飛び上がるゲンジロウだ。なまじ真っ赤な鎧が無駄に滑稽に見える。ちなみに兜は降ろして背中にあり、肝心な時に役に立ってない。
「ははは、しかも相変わらず不用心。ゲンちゃんったら変わんないね」
「ゲンちゃん?」
流ちょうに、かつなれなれしくゲンジロウに話しかけるコアラに、さすがのアルも首をかしげた。
「このコアラって知的生物なの」
「んなわけない!……キキキ、キサマ!……まさか歴史豚の野郎か!?」
「失礼ね、ヤロウじゃなくアマよ」
泣く子も黙るハンターズの二豚、その一翼の歴史豚は成人女性だった。ショタのくせにロリもいけるという、問題しかない成人女性だが。その彼女にとって、ほぼほぼ少年じみていた当時のゲンジロウは格好の獲物だったのだ。獲物即ちセクハラ対象である。当時の悪夢が蘇り、反射的にゲンジロウは抜刀した。が、コアラの姿を見て考え直す。
「なんて姿に……脳改造なのか?」
自分で言ったが違うとは思ってる。
「元は原住民ってこと?でも、知的生命体を現住生物に移植するのは重大な星間犯罪よ。そもそもそこまでの技術は実用化されてないと思うけど」
「ただの人格転写よ。基礎研究だけなら地球でも数十年前から始まっていたし」
脳の記憶を読み取り保存し、他者に移植する技術である。知能を増幅したコアラに人間の記憶を持たせた結果、自我の弱いコアラは記憶の主に人格(?)まで乗っ取られたということらしい。
「なんて科学のムダ遣いと言うべきか、レキシントンの自己主張強すぎと言うべきか……」
憎まれっ子世にはばかるも、行き過ぎだろう。
「まあね。こうやって抱かれて移動するのも楽ちんでいいし」
「おまえ……異星人でもいいのか?」
「新鮮でいいね。三つ目でツノもちでもかわいいは正義よ」
「節操ねえな。知ってたけど……アル、気味悪いから捨てていこう」
「いやよ。これはこれでかわいいし、あたしのこともかわいいって言ってたし」
スキンを外した姿を見せる習慣がないアルは、素の容姿を誉められたことがないらしい。なにやら赤くなっている。さすがはヒューマノイド、そういう反応は変わらないらしい。
「で、歴史豚がなんでこんなとこでコアラやってんだ?」
ピンクの蒸気機関車が走り出してしばらく。向かい側に腰掛けるアルはレキシントン・コアラを抱いたままだ。ゲンジロウはそれを苦々しく眺める。ここに至るまで何度も捨てろと言われたが全く聞く耳持たなかったのだ。
「ゲンちゃん、相変わらず自分の頭で考えないね。悪い癖だよ、地頭はいいのに」
知性化されたとはいえ、コアラに言われたくはない。
「こっちのお姫様はどうなの?」
「あたし?あたしアル。お姫様じゃないけど、ま~ゲンジロウと同類かな~」
「おまえと一緒にすんな。おまえよりはまだ俺の方が考えてる!」
「仲いいんだね、意外。ゲンちゃん、異星人見たら即斬殺だと思ってた」
言われてしまえば、自分でも不思議ではあった。まあ、今さらだな、とやっぱり思考を放棄する。
「……質問の答えを聞いてないぞ」
「あ、それ?ほらほら、愛しのゲンちゃんの助太刀よ」
「冗談でもそういうのはやめろ!」
どう見ても襲撃した仲間に交じってた上に、過去にされた所業の数々が脳裏に蘇り、思いっきり悪寒に襲われる。アルはそれを不思議そうに眺めて、その後合点がいったらしい。
「それはあたしのゲームクリアを助けてくれるってこと?」
「そうなるかな?」
「そうなるのか!?いや、そもそもコアラに助けられるって意味、あるのか?」
「見かけは愛くるしいコアラでも、中身は大人の女よ」
「ただの変態じゃねえか」
「いーえ、歴史伝承研究者よ。変態だけど」
「変態なんだ……」
「変態だ。わかったら、そいつ、すぐに窓から放り出せ」
「い~や~捨てないで~」
向かい側のゲンジロウ。腕の中でじたばたするコアラ。アルの額の目が激しくまばたく。困惑しているらしい。
「ご乗車ありがとうございました。次は終点、竹鋸の里~竹鋸の里~」
社内アナウンスにタイミングを外され、結局終着駅まで来てしまった。悪趣味極まりない過剰デコレーション機関車から降りる三人(?)。目の前には竹林が広がっている。駅舎も青竹製らしい。出口を出ても相変わらずの無人だ。狭い通りは曲がりくねり、なんか竹林の迷路といった感じである。
「もう終点か……てか、結局この路線ってなんなんだ?」
「アトラクションなんでしょ?まあ、やっぱり原始惑星はいまいちだけど」
アルからすれば、久しぶりの惑星アトラクションなのに、今のところはゲンジロウとの決闘以外、さほど面白いイベントはない。まあ、あれもイベントではないのだが。
「竹ばかりだしな」
「竹って、あれ?あの細くて長くて緑色の?」
「あ~お腹すいた~ユーカリ恋しい~」
目の前に竹しかない、奥行きにも竹しか見えない、いわば竹の無間地獄に、さすがの三人も辟易している。
「竹でも食え」
「パンダじゃないよ~ゲンちゃん~」
「パンダってなに」
「こいつなんかよりうんと人気あったかわいい動物」
「この流れだと、パンダとやらが襲ってくるの?」
「ニホンザル、コアラと来て、次はパンダって……」
思わずゲンジロウは黙りこくった。無数のパンダに襲われる光景が脳裏に浮かんだのである。これは地獄か天国か?世が世であれば普通のJKだったであろうゲンジロウも多少は揺れた。
「ゲンちゃん、乙女~?」
レキシントン・コアラを思わずグ~で殴りたいゲンジロウだったが、次の瞬間、抜刀している。自分たちにめがけて飛んできた物体を切り落としたのである。ちなみにアルはちゃっかり背中に隠れているし、レキシントンはその腕の中だ。足元には赤い物体が落ちている。
「……吹き矢?」
「いんや、ロケット弾だね。竹だけど」
「竹?竹って緑色じゃないの?これ、赤いけど」
「赤い竹はね、ある秘密結社の証なの」
「それ、秘密結社の意味、あるのか?」
そういう根源的な疑問はさておいて。
「秘密結社、赤イ竹。世界征服のために南海の孤島で重水を生成してたんだけど」
核兵器開発で世界征服とは、なんとも古典的な秘密結社らしい。
「さすがは歴史豚。ムダに伝承に詳しいな」
ゲンジロウはまったくわかっていないが、「赤イ竹」は伝承でも歴史でもない(G映画です)。だから「なんかこの惑星の伝承って変わってるね」と言うアルの方がまだ正しい。
「じゃあ、あれも秘密結社なの?」
そしてアルが指さしたものを見て、ゲンジロウは絶句しレキシントン・コアラは驚喜した。
それはまるで戦国時代の竹束で組み立てたような……
「……人形?」
「ロボットでしょ!竹ロボットよぉ!赤い肩がそそるわ~」
狭い路地の影から、一体の人間大の竹製ロボット(?)が飛び出していた。多連装ロケットランチャーを抱えている。距離は10m。強化地球人のゲンジロウなら間合いのうちなのだが、次々飛来する竹ロケット弾がジャマである。
「よくわかんないけど、目が三つなのはかっこいいよね」
目が三つとアルは言うが、敢えて言えばである。竹で組んだ半球状の頭部に光学レンズを3つつけているだけだ。その強度はおそらくはゲンジロウの長太刀一閃で終わりだろう。
しかし竹ロボットはそれをわかっているのか、いまも竹ロケット弾を打ち続ける。
そのことごとくを切り払うゲンジロウだが。
「弾切れがない?このままじゃ切りがないぞ!」
「あ~向こうから敵の援軍だ」
竹林の間を縫って、同じような竹ロボットが2体やってくる。やはり同様の多連装竹ロケットランチャーを装備していた。
「あたし、武器ないからゲンジロウに任せた」
アルとてゲーマーである。自分でなんとかしたいと思うが、珍しくそう言った。コアラを守ってるつもりらしい。
「そうね。ゲンちゃん、脳筋だから大丈夫よね」
一方、こちらはコアラの姿にふさわしく、中の人も怠惰である。
「おまえらも後で叩っ切ってやる!」
疲れ知らずの強化地球人なのだが、精神的にはそうもいかない。思わず同行者に怒声を飛ばしにらみつける。その間も八面六臂の防戦ぶりだ。
「せめて作戦とか考えろよ!」
そう言われなくとも考えはしてるのだが。
「そうねえ~竹だから軽いし燃えるしキレイに割れるから近寄れれば手はあるんだけど」
「弾が切れないと接近戦はムリじゃない?」
「さすがに俺でもそれくらいはわかる」
勘はいいのである。
「一瞬でも注意をひいてくれ」
さっきからスキを狙ってはいるが、竹ロケットランチャーは多連装でしかも一発一発は小型のせいか、一向に給弾が途絶えない。
「弾は小型だから覚悟して1,2発くらってみる?」
「う~ん、盾でもあればいいんだけど」
「盾はないけど、炸薬量は少なそうだし……仕方ない。一発くらう覚悟で飛び込むか?」
この間にも、ゲンジロウは無数の赤竹ロケットを切り落としている。特殊合金製の長太刀は刃こぼれ一つしてないが。
「……やれやれ、ゲンジロウは相変わらず甘ちゃんだ。盾なら手頃なのがあるじゃないか」
どこからか聞こえたのは妙に甲高い声だが、どことなく老成した風情がある。
「誰だ?」
「わしの詮索は後だ。盾はいいのか?」
「……いや、俺も考えはしたんだけど、それ、さすがにやっちゃだめなヤツだから」
思わず向かったその視線で、アルも、そしてレキシントンも悟った。
「盾って……」
「かわいいコアラをなんだと思ってるのよ!人でなし!」
「ははは、人でなしはよかった。しかしキミは幼いゲンジロウ相手にいろいろな悪さをしてたじゃないか?因果応報で盾ぐらいいいだろう?」
「わたしのイタズラは同性だからいいの!」
「いや、ダメでしょ?」
「絶対にダメだ!……って、あんた、まさか鷲豚か!?」
「ご明察。ではご褒美だ。受け取ってくれ給え」
竹ロボットが多連装ロケットランチャーをゲンジロウに向かって投げ捨てた。慌てて下がるゲンジロウとアルの背中を爆風が襲い、辺りの竹林がカサカサと揺れた。
「なにが褒美だ!これだから二豚は」
「あんなのと一緒にしないで!」
ハンターズの二豚の一角、鷲豚は、動物学者、ではないが、そっち系のオタクである、ハンターズが命名した外来獣は概ね彼の命名だった。
「なんで鷲豚がそんなロボットに乗ってんだ!?」
きゅいいいいいいん。怪しげな駆動音に目をやれば、竹ロボットの足元で竹の車輪が回転し、ローラースケートのように高速移動を実現している。
「竹輪か!」
「う~ん、意味が違うわ」
原始人同士の謎の会話を無視し、アルはそこに一瞬で勝機を見いだした。
「ゲンジロウ、そこの竹!」
「そうか!」
勘のいいゲンジロウもその一声で察する。その長太刀で道ばたの竹を切り倒し、狭い通りをふさぐのだ。竹ローラーで進む竹ロボットの、そのローラーが竹に乗り上げるや、転倒した。高い重心と軽い自重が災いしたのだろう。
続いて追って来た二体も立て続けに転倒する。自重が軽いだけに損害こそ大きくはなさそうだが。
「ふん!」
ゲンジロウにとって、その数秒で充分すぎる。近づき縦横に太刀を振るうや、竹ロボットは中身を残して解体された……。ちなみにロボットの正体は竹細工の外骨格ロボットスーツだ。
「あ~れ~」
「ご無体な~」
後から追突した中身は、白黒の柄に大きく丸い頭で、その短い手足は竹製のハンドルらしい棒が添えられてあったが、それから離れて4つんばいで逃げ出した。まあ、予想通りパンダである。その様を見たアルは思わず叫んだ。
「ゲンジロウ、ひどい。あんなかわいい子をいじめるなんて」
せっかく敵を倒したのに、中身がパンダと知って、ゲンジロウもやや気落ちした。
「いいのよ、あんな熊の親戚なんか。温厚なコアラと違って実は獰猛なのよ」
そこに、一番下の竹ロボットから声が漏れる。
「まあ、ジャイアントパンダはクマ科かアライグマ科で意見が別れるところだが、野生下の個体なら家畜を襲うという事例もあるらしい。わしは違うから安心してくれ」
そのままのそのそと姿を現すジャイアントパンダ。先ほど逃げた二頭もだが、まだ小さく、大人のパンダではないのだが。
「……鷲豚?なんて姿に……」
「うわ~♡」
奇声を上げたアルは、抱えていたコアラと交換したい、と悩んでる様子でチラチラ見比べている。レキシントンコアラとしては危険を感じた。
「見かけにだまされちゃダメよ!」
「おまえがそれを言うか」
「わたしは大人の女よ。でもあんたは年寄りじゃない。しかもオ、ト、コ」
「性差別も年齢差別も等しくいかんと思うのだが」
見かけだけならコアラ対パンダの心洗われるふれあいかもしれないが、中の人を思い出すと頭が痛い。
さてさて、どうしたものかとゲンジロウは立ち尽くすのだ。




