その9 「コアラの町」の決別
その9 「コアラの町」の決別
「ご乗車の皆様へお知らせいたします。次の停車駅はコアラの町、コアラの町です」
ゲンジロウは昔よく食べたチョコレート菓子を思い出し、忌々しく舌打ちをした。
「サルの次はコアラ?樹海パークって動物園かよ!?」
「コアラってなによ?」
不機嫌そうな仕草に強敵を連想したアルだったが「樹上生活するかわいい小動物」と聞いてアテが外れたらしい。
「なんだ、さっきのニホンザルの同類か。なら楽勝ね」
明らかに違うのだが、物知らずのうえに口下手なゲンジロウは答えようがないのだが。
「ええっと、ニホンザルはもともとこの島の動物で、コアラは他の大陸の動物だけど」
そもそも樹海にはどっちもいない。くわえて言えば、さっきは一匹も倒してない。いろいろ言いたいがゲンジロウは言いたいことがありすぎて却って言い出し損ねている。
「この一年ばかり、ほとんどまともに人と話してなかったせいか?」
あの日以来、仲間以外の同僚と最低限度の業務連絡しかしていなかった。そのせいだろうか?
「コイツと出会ってから、俺、流されっぱなしだな」
正確に言えば、決闘して、その姿を見てしまってからかもしれない。相変わらず理解不能な異星人だし、ツノが生えてて目が一つ多いけれど、姿を見られて取り乱した。それからゲンジロウは思いっきり調子を崩している。
「なんで俺、こんな異星人なんかと一緒にいるんだろ?」
改造された現地採用者としては、本社の意向には背けないから?開放前の施設になんで客が来てるのか調査しろと言われたから?とはいえ、その施設が一部とはいえ稼働している。
「なんか、俺の手に負えないとこでいろいろ動いてる気がする……」
もやもやしたモノを抱えたまま、ゲンジロウはアルから目を背けるように外の景色に目をやった。
ぷしゅうう。音を立てて機関車が止まる。粗末な施設に
「相変わらず原始的ね~」
といつもの声がもれる。いい加減、突っ込むのも飽きた。
線路の両脇にある木はいつのまにかユーカリに変わってた。さすがのゲンジロウも気づいて「ひどい環境破壊だ」とうめいた。アルは気にせず客車から降りる。荷物もためらいも持たない素早さだった。ゲンジロウは「子どもか」と再びうめいた。
ユーカリに囲まれた小さな町は平屋の木造建築(おそらくはユーカリ材)ばかりだった。
「原始的な町ね~」
見るべき者がみれば、19世紀の米国西海岸風、ひらたく言えば西部劇を思わせる。ゲンジロウは昔見た有名なタイムトラベル映画の三作目を思い出した。もっとも住人は大違いだ。
「駅名のまんま……」
「なになに、この不細工な生き物は?」
コアラである。本来は樹上生活する四足獣だが、なぜかぎこちない足取りで二足歩行している。その大きな頭は明らかにバランスが悪い。
「不細工?お前、センスないな」
かつては癒やし系で人気のコアラだ。異星人に不細工と言われ、なにやら義憤にかられてしまった。昔テレビで見た時のような、ノンビリほんわかした仕草とは違うが、よたよた頼りなく歩く様には思わず手を貸したくなるくらい保護欲を駆り立てられた。それが集団で歩いてる。思わず頬がゆるむゲンジロウだったが。
「バカ、なにやってんのよ」
「はあ?」
手をひかれてバランスを崩す。その眼前を緑のなにかが飛んでいった。
「ハズシタカ」
「ヨケラレタンダ、デキルゾ」
一息つく間もなく、次々と緑の平たいものが飛来する。回転し飛んでくる物体は手裏剣みたいでなかなかに速い。
「葉っぱ?」
「なんだか知らないけど、この惑星の現住生物は危険ね」
「俺が知ってるコアラと違う!」
少なくとも昔のテレビでは、二足歩行したうえユーカリの葉を高速で投擲し人間を攻撃するコアラは映していまい。そんなものがあったら放送事故ではすまない。
「しまった。武器もってこなかった」
「え、お前、コアラを攻撃する気?」
「コアラだかなんだか知らないけど、やられたらやり返さなきゃ。反撃は正義よ!」
「さすがはインベーダー」
「プレイヤーと言って。だいたいモンスターを退治して前に進むのが正しいプレイの在り方でしょ」
ゲンジロウもこのド正論には返す言葉を失った。
この間、大勢の直立コアラが無数のユーカリ手裏剣を投擲し続けているのだが、一度警戒し距離をとった二人には大きな脅威ではない。
「あんた、せっかく実体剣持ってるんだし、さっさとやっちゃってよ」
ここ数年、大小無数の外来獣を切り倒してきたゲンジロウがひるんだ。
「できないよ、コアラを斬るなんて」
「なんで?あいつらはあたしらを攻撃してるのに?」
「だって……」
「あんたの知ってる原生動物じゃないんでしょ?ってことは強化されたわけじゃん」
「ああ、たぶん本社にな」
「なら危険生物、モンスター認定よ。やっつけてなにが悪いの?」
完全に悪気なしである。しかし、そう、自分もまた強化された地球人であるゲンジロウにとっては、意外なくらいきつかった。
「あんたねえ。さっきからおかしくない?」
「うるさい!あんた、あんたって気安く呼ぶな、このインベーダー!」
「なに言ってんの?そもそもあたしがこの惑星を侵略したり改造したわけじゃないのに、なんでいつまでも侵略者扱いしてんのよ?」
「な、な、な……」
広い目で見れば星間連合内の一企業が行った違法行為であるが、ゲンジロウからすれば異星人に侵略されたことに変わりはない。だからその矛先は、目の前の異星人に向かって当たり前なのだが。
「ここが元々どんな惑星だったか知らないけど、今はアトラクション用に改造されたから、あたしはここに遊びに来たの。あんたたち原住民だってこの状況で生活してるんだから、お互い割り切らなきゃ。それが文明人ってもんでしょ」
言い返したいことがマグマのようにたまってる。それが吹き出す方向を見つけ出せないまま、ここまで来てしまった。そして、いま、開放される時を迎えたらしい。
「……このインベーダー……今度こそ叩き斬ってやる」
ゲンジロウはコアラではなく、アルに向かって自慢の長太刀を抜刀した。
「あ~やっぱ、原始惑星の現住民は原始人ね」
半ば予想していたのか、アルは軽々と抜き撃ちをかわした。
「攻撃してる敵じゃなくて、武器を持たないこっちに武器を向けるなんて、卑怯じゃない?」
そんな二人の間にも無数の手裏剣が飛んでいるが、もう、どっちも気にしてない。無意識で回避する。
「いきなり侵略するのは卑怯で野蛮じゃないのかよ」
「だ~か~ら~、それはワルダックって企業でしょ?あたしじゃない。逆に今、武器をもってないあたしに逆ギレしてんのはあんた。だからあんたが野蛮人」
「うるさい!」
剣速は明らかに鈍い。強化地球人とは思えない一撃を、アルはあっさりと両手で押さえる。
「これこれ!これが真剣白刃取りね!」
スキンのサポートなしでやったらしい。アルは身の丈に似合わない長太刀をあっさり奪い、唖然としたゲンジロウを無視してそのまま攻撃し続けるコアラに向かった。ぎらつく白刃を見るや、コアラたちは算を乱して逃亡を始める。ヨチヨチ歩きのままだが、アルは追わずに見送った。
「どうよ、さっさと反撃すれば楽だったでしょ」
長太刀を肩に背負ったまま、薄い胸をはるアルに、ゲンジロウはどう反応すればいいかわからなかった。
「なによ?なんか言いなさいよ」
その目が自分を誉めろと言ってる気がして。ゲンジロウは長い時間をかけて絞り出すように話しかける。
「お前、どこまで計算してた?」
「計算?」
「わざと俺を怒らせたとか、実害のない攻撃に威嚇だけで反撃したとか」
「なにそれ?」
「お前、天然か……」
最初に見た時からウスウス感じていた想いが、戦慄となってゲンジロウの背中を走った。
そんなゲンジロウに気づかず、アルは逃げ遅れたコアラを一匹抱き上げてる。
「こうやって見れば確かにかわいいかも」
じたばた暴れるコアラを抱いたまま、アルは屈託なく笑うのである。
圧倒的な敗北感に、ゲンジロウは打ちのめされた。




