序章 インベーダー少女はアトラクション惑星で原住民と戦います
ここはアトラクション惑星テラ。星間企業ワルダックに運営される、リアル惑星ダンジョンです。競技者の皆様に自由で楽しいひとときを提供するのが当社のモットーでございます。ご質問などは、以下の運営サイトまでご連絡ください。
なお、当社は星間連合内の企業ではありますが、星間開発協定には調印しておりません。それゆえ、この惑星上で起きた出来事には、運営側は一切の責任を問われません……。
こんな感じのお話です。敢えて言えばSFなんでしょうけど、やってることはファンタジーです。うまい分類方法はないでしょうかねえ?
「あれが攻略の舞台ね?」
アル・マーニリャ165世は雲をくぐって晴天の元、下界を見下ろした。金の毛髪に青い瞳。背中には大きな翼を広げた白い衣の少女が空を舞う。舞台惑星の聖なる姿に変身して、久しぶりの惑星ダイブをすれば、胸の動悸が弾むように心地よい。濃密な大気と冷気、何より猛烈な落下速度を体感し、原始惑星の自然環境をスキン越しでも満喫している。父親の資金援助でようやく手に入れた最新式のダイバースキンは、体感も性能も最高だ。
遙か衛星軌道上には私有船が見えるはずだが、もう意識すらしていない。今、視界に表示された時間は、この惑星の自転周期で、今日の制限時間だ。
「やっとテストが終わったってのに、ママったら勉強勉強って。今回くらい無制限プレイしたかったのに」
いくら危険がないアトラクションと言われても、良識ある母親は義務教育中の娘が延々と未開惑星に遊びに行くのを快く思わない。おかげで定期テストでの成績上位入りを約束させられてしまった。それでようやく勝ち取ったのがワンデイプレイだった。
「今日は思いっきり楽しむんだから」
衛星軌道からの急降下はほんの序の口。惑星ダンジョンでは、隠された秘宝と、何より野蛮で危険な原住民との戦いが待っているのだ。危険じゃないけど。
とはいえ初めての惑星へのダイブは、何度やってもドキドキする。自由落下の加速度や身を切るような外気風もいい。星間バーチャルでもリアルと比べれば多少の違和感は感じてしまう。しかし、肉体の感覚器官を浸食してくるこの圧倒的なリアルはまさに混じりっけなしのホンモノだ。
高速のまま雲に飛び込む。微細な雨粒子が体を通り過ぎ視界をふさぐ。息苦しいほどの濃密な大気を吸い込み、むせかえるのを耐える。そんな白い闇に耐えた数十秒の後、眼下に広がる原始の世界!青い海だ!緑の森林だ!この瞬間が、全てのストレスを忘れさせる。
そして、忘れられないのはスリル。これはリアルだ。万が一くらいには不測の事態とらやが起こって、あの大地にたたきつけられるかもしれない。起らないと知ってはいても、限りないゼロの向こう側には、そういうことが起こりうる。バーチャルではありえないスリルだ。それがいい。だからリアルは、アトラクション惑星ダイブはやめられない。
「見えた!」
眼下に迫る見事な円錐型は成層火山だ。この島では一番標高が高い。
アル・マーニリャ165世は……以後アルと呼ぶことにする……アルは、翼を操作して落下速度を調整し、ゆっくりと、その山の火口上空を飛び回る。
「警告!未確認飛行物体接近!」
スキン内に警告音声が響き視界にも表示される。
「早速来たのね。今日の獲物第一号!」
異星人にUFO扱いされたのは、巨大なゴールデンイーグルである。いや、本来この島にいるイヌワシと比べ随分と巨大化しているが、それはこの星がアトラクションされるにあたっての仕様の変化であろう。
接近したことで、モンスター名が正式に表示されるのを素早く読み取る。
「天狗鷲?……きれいな鳥ね。でも獰猛そう」
陽光を反射し黄金色に輝く巨大な羽根。翼長は軽く10mを超える。モンスタークラスはCだが、あの羽根は欲しい。きっとドロップアイテムに違いない。
「空中戦開始!レイガン!」
最新式のスキンは音声入力システムが採用されている。脳内デバイスや端末操作ではないところに、技術者のこだわりが感じられる。もちろん苦手なプレイヤーのために端末入力も併用できるのだが……アルは好きなのだ、叫ぶのが。なんといってもストレス発散にいい。右手の中に出現するレイガンの重量感が頼もしい。
「落ちろ!」
瞳孔に直接照準光が浮かぶ。その中央に天狗鷲を捉え、レイガンの引き金をひく。自動照準では感じられない手応えだ。面倒くさがるプレイヤーが多いが、アルはプレイにかける手間を楽しむタイプだ。彼女の年齢では少数派らしいが。
わざわざ可視化できるように調整された光線が走り、天狗鷲の胸部を貫通する。
「一撃?所詮はC級モンスターね」
山より巨大な空中モンスター(そんなものがリアルで飛べるかは大いに疑問だが)、雲霞のごとく大群に襲撃されてもいい覚悟を固めてきたのに。
地球は、解放されたばかりの惑星ダンジョンだ。しかも開示情報が極端に少ない。星間連絡網の中でも、攻略サイトが見当たらないくらいだ。だからこそ、未知への探険が楽しめるともいえるのだが。
正直拍子抜けだ。とはいえ、収穫は勝利。その果実はせめて美味であって欲しい。
「天狗鷲……ドロップはなにかな~」
サイバー空間なら情報で出てくるが、リアルでは実際に行かないと得られない。この面倒くささがいいのだ。だからこそ惑星ダンジョンは楽しい。アルは落下した鷲を追いかけて地上に舞い降りた。
「来たぜ」
天使が降りる姿は目撃されていた。森の茂みに隠れた一団にだ。源平合戦を思わせる古風な大鎧を着込んだ者たちが、背丈より長い大弓を構えて待ち伏せしていた。
「畜生、ゴロータのワシ、あっさりやられちまったか」
「相手はインベーダーだぞ。予定通りだ、動揺するな」
「ああ」
「警告!原住民の一団多数!」
「あ~やっぱり?」
地上に足が着いた直後だった。周囲から一斉に矢が向かって来た。
うかつに空中に飛び上がることをせず、アルはとっさに地面に転がりよける。
地表に突き刺さってから、矢音が追いかけてきた。速度は音速を超えていたのか?それで壊れも燃えもしないのだから、素材も天然のものではあるまい。
「強化地球人?或いは武装型?」
「不明です」
「まったく……ホント、未開拓ダンジョンね」
まだ地に伏せるアルをめがけて、原住民が茂みから飛び出し接近戦をしかけてくる。両手持ちの曲刀の、意外に長い影が地面に落ちる。
「あのソード、まさか実体剣?」
「この土地の伝説の戦士、サムライソルジャーです。あの武器はサムライソード」
「原始的~さすが原住民モンスター……でも、原始惑星にしてはいい武器なのかな?」
戦士階級が金属器を使う原始とは?地球人でなくとも真面目な科学者が聞いてれば噴飯物な設定なのだが。
「っと、地上戦モード!」
ふ、と背中の翼が消える。別段空気抵抗も質量も感じないのだが、気分である。もし当たりでもしたら気分が悪い。そこに鎧武者が上段から大段平を振り下ろす。
と、アルの視界に見慣れた文字が並ぶ。
「え?ここでスキル習得モード?」
……このタイミングでか、とさすがに思うのだが、原始的戦闘ではこういう体感と緊張感が技習得に一番いいらしい、ってウェブにもあったし。
アルは戦闘効率より収集を優先するスキルマニアでもある。今まで巡った射撃・魔法スキル世界ではありあない、物理近接戦スキル収集の機会に飛びつくことにした。
一瞬も迷わず、スキンの誘導に合わせ、巨大な刀を左右から挟む!
「おめでとうございます。真剣白刃取り!習得成功!スキルレア度A!」
レア度Aはめったに手に入らない。今日の冒険は幸先がいい。まあ、実体剣そのものがレアなのだから当然なのだが、それは気にしないことにする。
「続いて実体剣戦闘スキル習得モードに入るわ!」
驚く鎧武者から力尽くで刀を奪い取り、自分の手に持つ。両手持ちらしい。
「今まで非実体剣しか使ったことなかったけど……うん、意外にバランスいいね」
最新のスキンとアル自身の能力で、獲物の動きがスローに見える。そして、誘導された軌跡に合わせて刀を振るい、鎧武者の右肩口から一気に振り下ろす。ガツン、と固い肩アーマーが抵抗したが、きれいに両断され、血しぶきが舞う。
「袈裟斬り 習得!」
その後も逆袈裟、唐竹、胴切りなどの様々な切断法をマスターすると、原住民たちにもひるみが見えた。後ずさっていく。
「ちっ……手強いとは思ったが、外見にだまされるな。中のヤツは相当の熟練者だ」
原住民、おそらくは武装型地球人の一人が話してる。スキンがその言語を解析した。
「ぶう。ちょっと~、わたし、まだ若いんだから~。そんな中年が入ってるみたいな言い方しないでよね」
長すぎるプレイ時間をタナアゲのアルだが、そんな少し怒った少女の声を聞き、鎧武者たちがざわめいた。
「……女のプレイヤーか?」
「いや、インベーダーはわかんねえぞ」
「ああ、なんでもインベーダーにゃ性別が6つあるヤツもいるって言うからな」
自分たちへの偏見に満ちた声にはムカツクが、いったん鎮める。ここはスターウェブすらない未開地で、相手は原住民なのだ。
「あなたたち、モンスターじゃなくてNPCかしら?」
「お前らプレイヤーからすれば変わんねえだろう?」
「変わるわよ。だってモンスターなら殺せばすむけど、NPCなら情報とれるし」
ちなみに、ここでのNPCとは文字通りノンプレイヤーキャラクターである。未開惑星の原住民はプレイヤーではないから、意味は合ってる。必ずしも人間扱いされない、という意味でも。
「さんざん殺しておいて、今さら情報だと?」
「それを言うな。この場に限れば、先に仕掛けたのはこっちで、殺す気だったのはお互い様だ。それに、このままじゃ、俺以外はみんなこの嬢ちゃんインベーダーに殺されるぜ」
そう話すのは、鎧武者の中でもひときわ目立つ赤い鎧で、アルの身長くらいの長~い刀を持っていた。鞘まで朱塗り。赤一色ね、とアルは笑う。
「……今のあなた、さっき、わたしを熟練者って言った人ね。あなたはわたしに殺されないって言うの?わたしより強いってこと?」
「刀の扱いだけなら付け焼き刃のあんたよりな」
実は武者たちの刀は、特殊合金で鍛造され、この鎧も一種の強化服だ。アトラクションを盛り上げるために運営側が意図的に流出している。まあ、スキンを破ることはできないはずだが、決闘モードで仮想ダメージが高ければ、着用者にもペナルティが発生する、のだが
「ならさ、決闘しようよ!わたしが勝ったら、あなたたちはこの国の秘宝のこととかいろいろ白状するの」
アルは基本的に考えない。情報を自分で分析もしない。ただ戦闘大好きッコである。それでも、一応はゲームの攻略条件を思い出し、そう持ちかけた。
「……俺が勝ったら、そのスキンを置いて、二度とここに来るな」
スキンを知ってる原住民がいることに、多少の違和感があったけど気にしない。
「ふうん。追い剥ぎってヤツね。でも、これがないとわたし、星に帰れないし」
「……あんたらのせいで、俺たちは星を失ったんだがな」
「失ってないじゃん。こうして惑星アトラクションになったんだから」
原住民たちの表情が一気に変わった。なぜか怒らせてしまったらしい。不思議だ。原始惑星が宇宙の塵にもされず、そのままこうして生きていられる。しかも先進文明の役に立ててるのに、何が不満なのか?まあ、その辺りが未開の原住民なのだろう。NPCとして会話能力は持たせられたものの、まともな思考力には届かないのだ。
「さすがはインベーダーだな」
「インベーダー言うな!原住民のくせに!」
ばちばちばち。兜の中には面頬があり、武者の顔を隠してはいるが、明らかな殺気は隠せない。そしてナカとガワが全然違うことが多いプレイヤーだが、アルのスキンは本人の姿を可能な限り地球風にアレンジし投影している。もちろん、その表情は隠していない。
二人は条件を詰めることもなく、一度は納めた刀を抜いた。いや、アルは「納刀」「抜刀」のスキルを習得してからだが。
「アル・マーニリャ165世、デゥエルを申し出る!」
「……ササキゲンジロウ、申し出を受けた」
原住民にデゥエルモードがあるのは、やはりNPC枠だからなのだろう。
上段に構えたアルと、青眼の構えをとったゲンジロウがにらみあった……。
ここはアトラクション惑星テラ。星間企業ワルダックに運営される、リアル惑星ダンジョンです。競技者の皆様に自由で楽しいひとときを提供するのが当社のモットーでございます。ご質問などは、以下の運営サイトまでご連絡ください。
なお、当社は星間連合内の企業ではありますが、惑星開発協定には調印しておりません。それゆえ、この惑星上で起きた出来事には、運営側は一切の責任を問われません……。
目標は週一話掲載ペースです。