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第6話

「……そういえば万喜さんは?」


「ああ、本当だ。どこにいったかな」


 店内に、万喜の姿は見当たらない。通りに出てあたりを見渡すと、隣の店から大きな丸い箱を持った万喜が出てきた。


「あら、お待たせ」


「万喜、琴子の買い物の方が先だろう」


「だって……ショーウィンドウのこの帽子が私を呼んでいたのよ」


 万喜はパカっと箱を開けた。白いツバ広の夏用帽子である。


「この帽子を被って、別荘に行きたいわ」


「まったく……」


 呆れる美鶴をぷいを無視して、万喜は帽子の箱を車に積んだ。琴子も慌てて買った文房具を車に載せた。


「さて……あとはぶらぶらと……」


 と万喜が振り返った瞬間だった。琴子のお腹がぐーっ、と音を立て、琴子は慌ててお腹を押さえた。


「あら、お腹が空いたの、琴子さん」


「そういえばもうお昼だね。そうだ、洋食なんてどうだろう」


 美鶴がスーツの内側からパカッと懐中時計を出してそう言った。その言葉に万喜も頷く。


「いいわね」


 琴子は銀座で洋食なんて、なんて素敵……夢みたいと思った。


「ああいうレストランにっ、行くのかしらっ?」


 琴子は興奮気味に二人に聞いた。琴子が指差した道の向かいのそこは赤いひさしに白い壁、大きな窓の素敵なレストランだった。


「あら、いいわね。あそこに行きましょうか。……琴子さんは洋食は初めて?」


「いや……食べたことはあるんだけど、ここと郷里のとはずいぶん様子が違うんで。ああいう本格的なお店で食べたことはねぇべ……あ、ないです」


 琴子は舞いあがったばかりに、思わず訛りが出てしまった口を押さえた。


「じゃあ、わくわくするわね」


「ええ」


 万喜と美鶴はそんな琴子の様子をにこにこしながら見た後、レストランに向かって歩いて行き、颯爽と中に入っていく。琴子もはぐれまいとぴったりと二人に寄り添って一緒にレストランへと入った。


「さあて何にしようか? 私はライスカレーにするかな」


「私、オムライス」


「うーん……」


 次々とメニューを決める同級生を横に、琴子はメニュー表を前に唸っていた。


「琴子さんは何が食べたいの?」


「お、お肉です……」


 琴子はメニューを見てもどれを食べていいのかよく分からなかった。ビフテキもあったけれど、それは食べたことあるし、できればそれ以外が食べたい。


「じゃあこれは? ポークカツレツ」


「ああ! それにするわ」


 美鶴は給仕を呼んで、注文をした。料理が届くまでの間、三人はお喋りに花を咲かせる。


「美鶴さんは買い物はいいの?」


「いや……今日はいいかな。私は琴子のエスコートにつとめることにするよ。迷子になったら大変だ」


「まあ、それは私の役目よ」


「万喜は欲しいものがあったら、すぐどこかにふらふら行ってしまうじゃないか」


「むう……」


 万喜が盛大にふくれっ面をしたところで、頼んでいた料理がやってきた。


「まあ、おいしそうね」


「いただきます」


 美鶴はカレーを一口食べて笑みを浮かべた。


「うまい。きっといい材料を使っているな」


「こっちのオムライスは卵がふわふわ。適当に選んだ割に良い店ね。お手柄よ、琴子さん。……琴子さん?」


 万喜もオムライスを食べて満足そうに頷いた後、琴子を見てびっくりした。フォークとナイフを握りしめタマま、琴子はポークカツレツを睨み付けていたのだ。


「ど、どうしたの琴子さん? 豚のお肉駄目だった……?」


「い、いえ……」


 琴子はもはや半泣きで万喜を見た。万喜は不謹慎ながらなんて可愛いのだろうと思ったのだがぐっと堪えて訳を聞いた。


「この、フォークとナイフを使いなれねぇもんで……」


「あらあら、まぁ」


 万喜はなんだそんなことか、とほっと胸を撫で降ろした。その隣で美鶴は給仕を呼んで、箸を持ってこさせた。


「箸……箸で食べてもいいんですか?」


「しかたないさ。学校で西洋式マナーをそのうち習うからその時に覚えればいい。今日は美味しく食べるのが一番だよ」


「えへへ……」


 美鶴にそう言われて安心した琴子はカツレツをぱくりと口にした。さっくりと細かな衣に味わいのある豚肉の滋味。そして少し酸味のあるソースが味を引き締めている。


「うう~ん……おいしい……」


「そっか、よかった」


 琴子はあまりの美味しさにほっぺたを押さえてニマッと微笑んだ。その笑顔に、万喜も美鶴もほっとしながらわいわいと賑やかに昼食を終えた。

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