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大正乙女ノスタルヂイ~嗚呼、お嬢様がたはかく語れり~  作者: 高井うしお
四章 思い出ノオト

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第1話

 それから秋がきて、冬が来て、春がきた。


 運動会では美鶴とダンスをしたい下級生が列を作った。


 テストは三つ葉で作戦会議。ハーさんがおしるこを出してくれた。


 クリスマスは銀座にセールに行った。万喜は掘り出しものの桃色のワンピースを自慢した。


 初詣は琴子は実家に戻っていたので一緒に行けなかった。


 大雪の日には学校前の坂で滑った下級生を美鶴が助けて大騒ぎになった。熱心な信望者が増えた。


 ――楽しいこと、悲しいことをそれぞれ綴って、重ねる日々。


「ねぇ、本当にするの? 万喜さん」


「何、今になって」


 万喜の袖を引っ張る琴子に万喜は振り返った。


「大丈夫だよ、琴子。ハーさんはきっと受け取ってくれるさ」


 美鶴は心配いらない、と笑って琴子の手をとった。




 路地を入った小さな甘味処。申し訳程度の暖簾の向こう。


「あらっ、来てくれたの!」


 足を踏み入れた途端に、ハーさんの明るい声がした。


「にゃあん」


 クロちゃんがいらっしゃいと言うように一声鳴いた。


「ハーさん……えーと……おしるこをみっつ」


「あいよ」


 琴子が話を切り出そうとして、失敗した。


「ちょっと駄目じゃない」


「ごめんごめん」


 店内はストーブが赤々とついている。


 その前の特等席にクロちゃんは陣取ってウトウトとしている。


「おまたせ」


 湯気の立つおしるこを持って、ハーさんが奥からやってきた。


「寒いわねぇ。でももう三月なのよね……」


 ハーさんは配膳をしながらそう言って、ハッとした顔をした。


「もしかしてお三方……まもなく学校を卒業するんじゃないの」


 三人は揃って頷いた。


「そっかぁ。早いもんねぇ。これからどうするの」


「えっと、私はしばらく家の手伝いをしようかと」


 琴子は雄一が大学を卒業するまで、家事手伝いと習い事をする予定でいた。花嫁修業という訳だ。


「私は英語の塾に通うの」


「通訳さんを目指すんだってね」


「ええ」


 万喜は英語をもっと勉強したいと父親を説得して、通訳や翻訳をしている人の塾に通わせて貰えることになっていた。


 移り気で飽きっぽい万喜だったが、あの富士登山の後、ジョニーと英語で文通を続けている。


「私は……五月には結納をします」


「ええっ、それはおめでとう」


 美鶴は結納、という言葉を口にして頬を赤くしている。


 清太郎と美鶴の結婚はもう、すぐそこにせまっていた。


 はじめはいい顔をしていなかった祖母も、てんやわんやで花嫁仕度をしている。


「はぁ……私、おみおつけもまともに作れないのにどうしよう……」


 結婚するということは嬉しい楽しいだけでは終わらない。


 その後の生活がいまいち想像できなくて、美鶴は不安そうな声をだした。


「だめよ、花嫁さんがそんな顔しちゃあ。女中のタマだっているし、私も居るんだから心配ないわ」


「そうよ、小姑が琴子さんだなんてついてるわ」


 そこがかえって心配な気がする……と思ったハーさんだったが、口には出さないでおいた。


「まーなんにせよめでたいわ。でも、所帯を持とうがなんだろうが、三人はお友達よ」


「もちろんです! で……あの……」


「うふふ、さっきからずーっと何か言いたそうね、コトちゃん」


 琴子はハーさんに見抜かれた、とばつの悪い顔をした。


「えっと……」


「言ってごらんなさい」


「はい」


 琴子は席に置いてあった風呂敷包みを解いた。


 そこには綺麗に千代紙を貼り付けた帳面が数冊。


「これはなあに?」


「日記です。私と万喜さんと美鶴さんの」


「……日記?」


 唐突に出てきたものに、ハーさんは首を傾げた。


「変なことお願いするんですけど、ハーさんにこの日記を預かって欲しいんです」


「えっ、あたしに……?」


 ハーさんが驚いて三人をまじまじと見つめると、彼女たちは大真面目な顔で頷いた。


「えーと、コトちゃん。もうちょっと説明してくれるかしら」


「あの、私たち今は学校で毎日会ってるじゃないですか。でも……卒業したら生活もバラバラになるでしょう。それで、互いの暮らしや考えていることが分かる方法がないかと思って。ここに互いの日記を持ち寄って、お店で都合のついた時に読めたら……って」


 三人は固唾を飲んで、ハーさんの様子を伺った。


「なーんだ、そういうこと! なら大歓迎よ」


 ハーさんの明るい承諾の声に、琴子たちはほっと胸をなで下ろした。


「本当ですか?」


「よかったわね、琴子さん」


「ほら、大丈夫っていっただろう」


 ではこれを、と琴子が代表して日記の束をハーさんに渡した。


「はい、確かに預かりましたよ」


 ハーさんはどこに仕舞おうかしら、といいながらそれぞれの日記帳を大事そうに抱える。


「ああ、そうそう。ハーさんは読んでもいいけど他の人には話さないでね」


 万喜がそう念を押す。


「いやぁね、あたしがそんな野暮天なことすると思う?」


「いいえ?」


「そうよねぇ」


 ケラケラ笑いながらハーさんは、そういえば丁度良い空き箱があったような、と言いながら奥に引っ込んでいった。


「じゃあ決まりよ、万喜さん」


「ええそうね、琴子さん」


「楽しいことも悲しいことも、この帳面にみんな書いていくの。きっと十年二十年したら宝物になるわ」


「そうね」


「美鶴さんも! 私がまだ家にいるけど、新婚生活を万喜さんに伝えなさいよ!」


「ああ、もうわかったよ」


 三人の笑い声は、少し気温の緩んだ初春の空気に溶けて、華やかに浮かれた色を添える。


「うにゃん」


 ストーブの前で、クロちゃんがうんと伸びをした。



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