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大正乙女ノスタルヂイ~嗚呼、お嬢様がたはかく語れり~  作者: 高井うしお
一章 琴子

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第10話

「今、なんて言いましたの。琴子さん」


「……婚約者が……できたようで」


「ようでって、なんでそんなふわふわしてるんだい」


 次の日、学校で様子のおかしかった琴子は早速、万喜と美鶴に問い詰められて昨日聞かされたばかりの縁組みの話をするはめになった。琴子もそう長く二人に黙っておくことなど出来ないと思っていたけれど、あまりに早い陥落であった。


「まだ早いわよ、婚約なんて! 東京に来て半月も経っていないでしょう?」


「そもそも縁組み相手と引き合わせるのが目的の上京ならそうなるだろうな」


「なに!? どなたの味方なの美鶴!」


「……私は琴子の味方だよ。どうなんだい、琴子の気持ちは……」


 ただただ怒って興奮している万喜と違って美鶴は冷静だ。


「どう、って顔も名前も知らないのだもの……」


「そうかぁ。それなら向こうもそう思ってるかもしれないね」


「向こうも!?」


「ああ。向こうも面食らっているかもしれない」


 美鶴の言葉に、琴子は目から鱗が落ちるような思いがした。


「ねぇ、せめて名前くらいわかりませんの? 名前が分かればこの私の信望者に聞いて回って……」


「……どうするつもりだい、万喜」


「――破談にさせますわ」


「こら、これは琴子の問題だろ」


 ぎゃあぎゃあと言い合いをしている二人の横で、琴子は昨日ショックのあまり、相手の名前も聞いていなかったことに気が付いた。


「ありがと!」


「ん?」


「家に帰ったらお兄様に縁組み相手の名前を聞いてみるわ!」


 琴子はそういって席を立った。


「聞いてどうする、琴子?」


「もちろん、会いに行くわ。お父上が東京に来る前に。とんでもないブ男なら私、ずっと見合いの最中阿呆のフリをする」


「……すばらしい美男だったらどうするんだい」


「えっ……!?」


 美鶴にそう言われて琴子は固まった。


「そ、その時はお話してみます! ガワより中身ですから!」


「なんだか主張がぐちゃぐちゃだけども……そうだね、会ってみて悩む方がいいだろうね」


 何か必死にわめいている万喜の口を塞ぎながら、美鶴は冷静にそう言った。




***




 授業を終えると、琴子は一目散に自宅に駆け足で向かった。その後ろを万喜と美鶴が追いかけてくる。


「なんでついてくるんですかっ!」


「かわいい琴子さんの一大事ですものっ!」


「聞いたらすぐに捜索隊をださないとね!」


 おのおの付いてくる理由があるらしいが、琴子は一旦玄関の前で待っていて貰えるように頼みこんだ。


「……じっとしていてくださいね」


「はい! 隊長」


 なにが隊長だ。完全に面白がっているなと琴子は思いながら、清太郎を探した。


「清太郎お兄様―? タマ、お兄様は?」


「あら、お早いお帰りで。ぼっちゃまならまだ会社ですよ」


「そ、そっか……」


 琴子は肩の力が抜けた。


「万喜さん……美鶴さん……」


「分かったの?」


「あ、いやお兄様まだ帰ってなくて……中で待ってて」


 琴子は気まずく笑ってから、二人を自分の部屋に通した。


「タマ、お茶とおやつを用意して」


「あい、お嬢様」


「ふう……」


 タマにお茶を持ってくるように命じて、琴子が部屋に戻ると万喜と美鶴は物珍しげに琴子の部屋を見ていた。


「何もないでしょ、そんな見ても」


「これはなんだい?」


「ああ、それは捨てる繭で私が作ったお人形……」


 自分の作った繭玉のネズミの人形を美鶴はじっとみていて、琴子はなんだか恥ずかしかった。


「うちは製糸業をしているの。糸や織物を扱っているんだけど、その支店を東京に作る事になって兄が先に来て、それから私が来たわけ。『兄をしっかり見張っておけ』ってね。まあ……嘘だったみたいだけど……」


「織物を扱っているならウチとも取引あるかしら」


「どうかしら、私は商売の方にはまったく関わってないから」


 でも、もし清太郎がより抜いた絹織物が、なんらかの形で万喜の家の百貨店に売っていたらなんだか素敵だな、と思った。


「お嬢様がた、お茶です」


「あ、ありがとうタマ。……え、大福? ほらなんか他になかった?」


「あとはせんべいくらいしか……」


 清太郎も大して甘い物を好まないので、洋菓子なんて端からこの家には無いのである。おろおろしているタマの手から、美鶴は大福をつまみとった。


「私は大福好きだよ、琴子」


「あ……そう……?」


 琴子はそう言ってちょっと自分の我が儘がすぎたと反省した。


「では時間ができたから、琴子の兄上が帰るまで作戦会議といこうか」


「いいわねぇ……」


「琴子、なにか紙を」


「はい!」


 琴子は帳面の紙を一枚破り取って美鶴に渡した。そこに美鶴はぐるりと黒い丸を描く。


「標的はまあ……A氏としておこう。第一段階はこのA氏の名前を琴子の兄上から聞き出す」


 すると、万喜が身を乗り出した。


「そしたら私の信望者の帝大生の何人かにその名前と素性を聞いてみるわ。うふふ……」


「で、それからどうする?」


 美鶴は琴子を見た。琴子はうーんと顎に手をやってしばらく考えた。


「放課後、道を張って……まず見に行って……」


「あらあ、見るだけなの?」


「え、でもいきなり声をかけたりするのは……」


「じゃあ、これでどうだろう。目の前で鼻緒が切れたフリをするんだ。知らんぷりをして通り過ぎたらマイナス一点」


 美鶴は興が乗ったのだろう、黒い丸のA氏の下に点数表を付けはじめた。見た目、親切さ、男らしさ……と勝手に項目を作り点を振っていく。


「それでどうします……? もし鼻緒を直してくれたら……」


「えーと……」


「お礼にみつ豆でもおごるっていうのはどう、琴子さん」


「なるほどー」


 さすが万喜だ。だけどうまく切り出せるかしら、と琴子はちょっと心配になった。


「あのー、琴子お嬢様、清太郎坊ちゃまがお帰りになりましたが……」


「あ、はい!」


 タマが琴子を呼びに来た。琴子は部屋の座布団の上に座っているふたりを振り返った。


「では、お兄様に聞いて来ます。そこで待っててくださる?」


「了解」


 美鶴と万喜はびしっと軍人のように敬礼をした。



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