第三章 『ディアヌス・ブレーン』
悠斗たちはあの異様なプレッシャーを放つ一際黒い雷雲を目指し、家から見えた小高い山を登っていた。
山道をあがって行くたびに、気持ち悪くなっていくのがわかった。
「大丈夫なの?」
「ありがとう。エミュー。君こそ大丈夫かい?」
「こう見えても、皇子は丈夫なんですよ」
「丈夫なの」
メイドさんと王子様の格好をした子供を連れて山道を歩いている姿は、他人眼には変に映るのだろなと悠斗は思った。
(けど、あのドラゴンのように他の人には見えないのだろうか?)
山道は黒い、明らかに有毒っぽい霧が発生している。
この霧を吸うたびに体がだるくなっているのがわかる。
「この先に何があるのかな?」
「わかりません。私たちの世界とここをつなぐ何か・・・としか」
「そう」
この先に何があろうと、悠斗自身何ができるとは思わなかったが、確かめるだけ確かめたかった。
自分自身の身に何が起こっているのかを。
目がかすんで、足はいうことをきかないもののそれでも、エミューたちに支えられながらやっとのこと頂上付近にきた。
「何も見えないのー」
「あたり一面黒い霧に覆われていて全然何も見えませんね」
悠斗と違って、エミューとメイドさんはぴんぴんしている。
こういった霧の毒などに耐性があるのだろうか。
「何か・・・いる」
息も絶え絶えに、悠斗は暗闇の先を指差した。
何かに見られているような、その視線に体中をなめまわされているようなおぞましさを悠斗は感じていた。
「何も見えませんわ」
「見えないのー」
二人は目を凝らして悠斗の指差す先を見つめるが、何も感じられないようだ。
「そんなことは・・・ない。この先に・・・」
エミューの肩を借り、少しずつ先へと進む。
地鳴りのようなうめきが聞こえる。
「ほらそこに・・・」
「どこですか?」
「どこなのー?」
腐った肉の匂いが鼻につく。
「気持ち悪い。目の前のこれが見えないのか?」
「すみません。ルウ・エリアル様。私たちには何も・・・」
「見えないのー」
山の裾へ向かって伸びる四肢。
上下逆についたその頭はこちらをじっと見つめている。
巨大な人。
いや、人であったものというべきか。
腐った肉はただれ落ち、今まさに落ちてしまいそうな眼球は、ぎろりとあやしい光が宿っているようだった。
「人だ・・・大きな人みたいなものが見える」
「ディアヌス・ブレーン・・・そう。それはディアヌス・ブレーンですわ」
その名前には聞きおぼえがあった。
夢の中の記憶だろうか。
いや、ここに来る前に少し聞いた。
(確か、この世界と向こうの世界をつなぐ依り代に使われているとかなんとか)
優斗は自分だけが見えているそれに近づき、どうしたものかと見つめた。
「エミュー・・・こいつを何とかすればいいのか?」
エミューは困ったようにメイドさんを見上げる。
見えないものに対してどうしたらいいかと聞かれても困るといった風である。
木の枝のようなディアヌス・ブレーンの体に触れようとしたら、ずぶりとめり込むような感触がした。
気持ち悪い感触に、手を引き抜こうとしたが、粘着質のものがまとわりついて抜けない。
それどころか引き込まれている風でもある。
「それです。それがこの世界にひずみを作っているものです。そのディアヌス・ブレーンを取り除けば、世界は安定を取り戻すかもしれません。ですが、ご注意ください。ディアヌス・ブレーンは強大な魔力を誇った魔女だったと聞きます。死してその魔力の影響は消えてない可能性があります。くれぐれも慎重に行動なさってください」
「行動するのー」
悠斗はそういうことは先に言ってくれよと、一人ごちながらもずるずると引き込まれる体に悪戦苦闘していた。
膝ほどまでにどろどろとしたものに埋まったころに、これは一人でどうにもできないなと悠斗は助けを呼ぶことにした。
「エミュー!ごめん。悪いんだけど・・・」
一瞬である。
引き込む力は意志をもったように、悠斗を一気にどろどろの中へと引きこんだ。
助けを請うようにあがくその腕は必死に空を掻いた。
やがてその指の一本さえも沈みゆくのであった。
「ルウ・エリアル様ー!!」
返事はなく、声は黒き霧の中へと消えていくのであった。




