第二章 『来訪者』
「鈴木先輩!!」
夕実が駆けてくる。
さっきの揺れでまだ頭がぼやっとしている。
「すごかったですね。さっきの。授業がなくなるのはうれしいけど、これで部活もなくなっちゃいましたね。少し残念かも」
「ああ、そうだね」
悠斗は気のない返事を返す。
悠斗の思考はまだ覚醒はしてないのだ。
「あ、あれ!」
夕実が空を指差す。
空には例のドラゴンが滑空している。
「何かあるのかい?」
「・・・あれ?何か大きなものが飛んでいたと思ったんだけどな?」
「俺と同じでさっきの揺れで酔っているんじゃないの?」
「・・・変だな」
夕実は考え込むように腕組みした。
そして、少し悠斗を見つめ、手を振る。
「それじゃ、私もう行きますね、先輩。じゃあ、また明日」
駆け足で去っていく夕実を見送り、悠斗は空を見上げる。
空にはドラゴンが滑空している。
まるでその光景が当たり前のように、無視して家路に着いた。
学校はあの後避難が始まって、あの地震の原因が分かるまで臨時休校になってしまった。
学校では強い揺れが皆を襲っていたのだが、周囲の民家には何の被害が無かったのだ。
地盤沈下にしても学校だけが被害を受けるというのもおかしな話ではある。
とにかく危険なところに生徒を置いていく訳にはいかないという善良な先生方のご意向により、休校なったのだ。
そして悠斗も家に帰ったのだが・・・
「貴方の力が必要なのです」
「そうなのです。必要なのです」
「貴方の、ルウ・エリアル様のお力添えがなければ、この世界は大変なことに」
「そうなのです。すっごい大変なことになりつつあるのです」
(どうしたものか?)
玄関を開けると、そこには背の高いメイドさんとこぎれいな服を着たちっちゃい男の子いて、土下座されて懇願されているのである。
(これも今朝の幻覚の続きか?)
「あのー」
「ルウ・エリアル様の肩に世界の命運がかかっているのです。どうぞ我々を見捨てないでくださいまし」
「見捨てないでー」
「いや、そもそも俺、ルウ・エリアルなんて名前じゃないんで。鈴木悠斗っていう名前が・・・」
「やはりそうだったのですか!」
「そうだったの!」
「そうそう人違い・・・」
「記憶がないと・・・」
「喪失なのー」
「は?」
「では!説明いたしましょう」
「いたすのー」
背の高いメイドさんは、悠斗の制止も聞かず、説明を始める。
「我が国、聖パスタリア皇国はルウ・エリアル様の最後に仕えたクレミア国の血統を継ぐ国でして、ルウ・エリアル様死後百二十年後に建国された国であります。ここにいる可愛い男の子は第六代聖パスタリア皇太子エミュー・ラ・オリシス・パスタリア様です」
「僕。エミュー」
「まあ、エミュー様はどうでもいいんですけど」
「どうでもいいのー」
(どうでもいいのか?)
「我々の住む世界とこの世界は違う次元の世界で時間の流れはもちろん、構成する物質も明らかに違います。我々の世界を構成するエーテルといわれる物質はこの世界では絶対に知覚できるものではない。同様に我々の世界ででもこの世界を構成する原子というものを知覚することが出来ません。交わることのない異世界、そう考えてくれていいでしょう。しかし、ある人物によってこの理が歪められ、世界が交わりつつあるのです」
「僕、難しい話嫌い」
「もうちょっとだから我慢しようね」
「うん」
エミューはわきに少し退き、ちょこんと座っている。
「貴方様もその変化に気づいておられるでしょう?」
「幻覚・・・」
「そう、はじめはそう感じられたのかもしれない。しかし、世界は既に変わりつつある」
「そんな話・・・信じられない」
「今朝の夢、まだ覚えておいでですか?」
「エルダ・・・」
「エルダとは当時ルウ・エリアル様に仕えていた魔導人形の名前と伝承に有ります」
「フェリテリテ・・・」
「フェリテリテとは、その当時ルウ・エリアル様と共に三賢者といわれた女性です」
「何でも知っているんだな」
「伝承で伝え聞いていることでしかありませんが。我々の世界が繋がる唯一の時間。それが、この世界における夢の一時。一晩にして私達の世界では一生を味わうことになる。ですが、所詮は夢の中の話。五十年生きようと、八十年生きようと、すぐに忘れてしまう。そういう仕組みになっているのです」
「でも、おぼろげながら、いやはっきりと覚えている。夢の中で生きていた自分自身を」
「そう、ルウ・エリアル様は千年のときを生きておいででしたから。きっとそのせいでしょう」
「しまった!話が難しすぎて、僕寝てたよー。」
ごめんねと謝るエミューにメイドさんは大丈夫ですよとなだめる。
「にわかに信じることは、できないけど。まあ、今まで見てきたもののことを考えると、信じずにはいられないだろうな」
「では」
「助けてくれるのー」
「いや、それはできない」
エミューたちは前のめりになって悠斗に迫ってくる
エミューに至っては涙目である。
「どうしてですの?」
「薄情者ですー」
悠斗は軽い罵詈雑言に、ため息で返す。
「たとえ夢の中でどんな偉人であろうと、今のおれはただの一般人で。夢の中の記憶も断片的だし、何より君達が期待しているような力なんてない。残念だったね」
「そんなー」
がっくりと肩を落とす二人に、早く帰ってくれないかと玄関を開けてみる。
「そんなに気落ちするなよ。ほら、いい天気だろ」
どんよりとした雲の中に一際、黒く雷雲のような雲がある。
悠斗はその存在に既視感を覚える。
「お分かりになられますか?あなた方三賢者が封じられたという、伝説の魔女『ディアヌス・ブレーン』です。今の状況を作り出すために依り代としてよみがえらされたのです。もう一人の三賢者、トービス・アローグによって」
「ディアヌス・ブレーン・・・トービス・アローグ・・・」
「藁をもすがるというのは、いささか失礼ではありますが、どんな可能性でもいい。この状況を打破できる人間は数少ないのです」
見つめていると、体が自然と震えだしてくる。
その暗雲はそれほどまでのプレッシャーを持っていた。
「無理を承知でお願いいたします。どうぞお助け願います」
「お願いするのー」
深々と頭を下げる二人を見つめる悠斗。
「・・・わかった。でも、俺には本当に何もできないんだから期待するなよ。できるだけのことはするから」
(これこそ本当に夢であればいいのに)
喜々として喜ぶ二人を見つめ、ひょんなことに巻き込まれたものだと、悠斗はひとりごちた。




