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間章  『バルトゥーリアの森』

 そこは戦が始まる前だというのに、もう敗戦の空気が流れていた。

 相手は一万の軍勢、こちらはわずか千しかいないのだ。

 当然といえば当然である。

 ここはクレミア国の国境、バルトゥーリアの森である。

 三賢者の一人フェリテリテを有した大国ゴーワール教国の侵攻にさらされ、クレミア国の最後の防衛線である。

「このような士気では勝てる戦も勝てはしませんな」

「そう言うてやるな。常識では勝てる戦ではないのだから。それでも集まってくれたここにいる兵は、我らが誇るべき宝以外何物でもないのだから」

 一人豪奢な鎧に身を包んでいる若者がいる。

 一国の命運をかけたこの戦いにその柱たる王が自らここに馳せ参じているのである。

 通常であれば士気の上がることではあるが、この戦いが本当に厳しいものであるということを掲示しているようなものでもある。

「王は本当にこの戦いに勝てるとお思いのようですな。あのペテン師にそれほどの力があるのですか?」

 王の後ろから老練な眼光鋭い将軍ボウドーはささやく。

 そして、木陰で茶会を開いている青年に目をやる。

「三賢者が一人、ルウ・エリアル。彼の力なくしてこの戦、勝負にすらならないさ。かけるしかないのさ、この命を。この国を」

 二人は見つめる。

 その視線を感じてか、ルウ・エリアルは手招きをする。

 木陰の下に広がる茶の香りが戦闘前の空気の中で違和感を放っていた。

「エルダ。お二人にもお茶を」

「はい、マスター」

 ルウ・エリアルの従者エルダが王と将軍にお茶を振舞う。

 王は一口、将軍は一気に飲み干した。

「で、策は?賢者殿」

「将軍!」

 諌める王に気を払いながらも、将軍は聞かずにいられなかった。

 この戦で命を落とすのは自分だけではない。

 この負け戦に馳せ参じた千の命が肩にかかっているのだった。

 王のように運命だと全て受け止めることは出来ない。

「五名。死をも恐れぬ、兵が要る。それで勝てる」

「なっ!?たった五人で何が出来る!ペテンにも程がある!相手は一万、貴様が事実三賢者の一人で強力な力を持っていたとしても、あちらにもフェリテリテがいる。一万と三賢者の一人を相手をたった五名だと冗談にも程があるぞ!」

 周りの兵全員が将軍の響く怒声に耳を傾けた。

 怒りに顔を真っ赤にする将軍と不安そうに見つめる兵たちをルウ・エリアルは鼻で笑って、こう宣言する。

「相手が大軍だからこその戦い方というものがある」

 将軍ははとが豆鉄砲を食らったように、目を丸くしている。

「では、五名の選出は任せたぞ。小僧」

 ルウ・エリアルはエルダを残し、とっととその場を去っていく。


 ゴーワールー教国軍はゲリラ戦を気にして、森を切り開きながら進軍していた。

 後の街道として、転用も考えて道幅は広く、舗装もしやすくしていた。

 ゴーワール教国軍にとってこの進軍は戦争よりも、新天地の開発といった意味合いが強かった。

 それゆえ、一万の軍勢といってもその内訳は半分兵士で後半分は商人と農民。

 とはいっても、武装しているので実際は兵が一万いると変わらない。

 大軍は朝霧に包まれながら、その日のうちにこの森を抜けられる予定だった。

「皆、儂に続け」

 将軍ボウドーとその部下が大軍の正面に立ちはだかる。

 奮戦、といってもやはり数は力である。

 すぐに部下は殺され、将軍は捕らえられた。

(やはり、ペテンか?)

「いったい何が目的だ?」

 金髪の女性が将軍に問いかける。

「貴様がフェリテリテか?」

「いかにも」

 フェリテリテは将軍の不遜な態度にも眉一つ動かさず答える。

「儂は貴様と同じ三賢者と呼ばれる男に騙されただけ。いや、あの男が本当に三賢者なのかも今となっては怪しいか?」

「三賢者?その男の名は?」

 近くで悲鳴が聞こえた。

 情けない男の悲鳴である。

 その悲鳴はやがて広がり、どよめきとなって将軍達の元へと伝わる。

「何事か?」

「先程殺したはずのクレミア兵が・・・」

「まさか?」

 フェリテリテは急ぎ現場へと走る。

 そこにいたのは

「アンデット!?ルウ・エリアルか?!」

 フェリテリテは自慢のドラゴンに飛び乗り、状況を判断するために上空へと向かう。

 さっきまで薄く広がっていた霧が急に濃さを増していた。

 霧の切れ間を探し、ひたすら上空へと向かうも、その白さは絶え間ない。

「これが秘策か?!」

 ボウドー将軍は感嘆していた。

 すでに目の前は霧で見えないが、ゴーワール教国軍の混乱しているのは手にとれる。

 最初は自分の部下五人だったアンデットがどんどんと感染症のように増えていっているのだ。

 視覚に頼りがちな人間にとって、見えないことへの恐怖感は計り知れないものがあり、しかもその他の知覚は死臭と悲鳴、背を預けている相手はいつ自分に襲い掛かってくるかもしれない。

 ねずみ算式に増えるアンデット、それに比例して増える恐慌状態の兵士達。

 やっとのことでフェリテリテが霧を抜け、上空に着いたとき、既に勝敗はついていた。

 ゆっくりと晴れゆく霧から覗く光景は、まさに地獄。 

 骸達を眼前にルウ・エリアルはお茶を飲み干す。

「エルダ、飛び切り美味しいお茶を」

「はい、マスター」

 ローズティの香りを楽しみながら、ルウ・エリアルは空中のフェリテリテに微笑む。

「くっ・・・この屈辱は必ず・・・返す!」

 ドラゴンと共に去るフェリテリテの姿に、ボウドー将軍はこの圧倒的兵力差の戦に勝利したことを始めて実感したのであった。

 後にこの戦は「バルトゥーリアの奇跡」、または「バルトゥーリアの悪夢」と呼ばれる歴史的な戦であった。


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