第一章 『日常』
「起きなさい。もう朝よ」
「ん、ああ。分かったよ。エルダ」
(エルダ?・・・エルダって誰だ)
鈴木悠斗は長い夢を見ていた。
母親の声でここが現実であるということにかろうじて分かるほど、悠斗の脳みそはまだ夢の中を彷徨っていた。
(ああ、学校に行かなきゃ)
太古の記憶を引っ張り出すように、じっくりと思案してから、悠斗は重い体をベットから引きずり出した。
「早くしないと、学校遅れるわよ。全く何度呼んだと思ってるのよ。じゃあ、先にお母さん行くわね。鍵だけ忘れずに頼むわよ」
慌しく母親が家を出て行く。
その姿を悠斗はぼんやりと眺めていた。
(アレは母さん?だよな・・・エルダは?・・・いや、だからエルダって誰だよ)
混乱する頭をかきむしりながら、悠斗は吼えた。
「ああー、もう。何なんだ、一体・・・」
ひとしきり地団太を踏んでから、ああそうかと悠斗は漏らす。
「夢か・・・」
(何しているんだ、俺は)
大きくため息をついて、そして、時計の時間を見て悠斗はあわてて支度を始める。
いつも通りの鈴木悠斗の日常が始まろうとしていた。
(何が悲しくてこんな人でごった返している電車にいつも乗らなくちゃいけないんだ)
満員電車に乗り込んで、学校に向かうのはいつもの事だった。
しかし、悠斗には違和感があった。
(こんなものに乗らなくても、いつもなら・・・)
悠斗の思考が一瞬固まる。
(いつも俺はどうしてる・・・いつもって・・・)
悠斗はドアの隅のほうに陣取って、外を眺める。
(まだ夢と頭ん中がごっちゃになってるのか)
自然とため息が出てくる。
(この歳になって頭ん中ファンタジーの世界にぶっ飛んでるって、かなり痛すぎるよな)
窓の外でドラゴンが電車に併走して飛んでいる。
(そうそう、こんな風にファンタジーな物体が見えたりして・・・)
ドラゴンのぎょろっとしたトカゲ目と、目が合う。
思わず叫びそうになるのをこらえて、悠斗は目をこする。
対向車両が走り、ドアがどっと風音を立てる。
目を見開いて、悠斗はよく外を眺めた。
そこには何もいなかった。
(自分で思っているよりも重症かもしれん。病院行くか?)
悠斗はもう一度深いため息をついた。
何とかかんとか学校に着いた。
後は校門までの長い坂を上るだけである。
「鈴木先輩」
今度は何だと思わず悠斗は身構える。
「鈴木先輩、おはようございます」
「ああ、おはよう」
(この女、俺は知っている。ええっと誰だっけ)
「先輩、今日の部活。私ちょっと遅れるんですけどいいですか?ちょっとクラスの用事で付き合わなくちゃいけないみたいで」
(そう、部活の後輩。佐藤夕実だ)
「えっと、もしかして今日って何か大事なミーティングでもありました?」
「え?いや、無いけど」
「じゃあ、少し遅れますね。それじゃまた、先輩」
夕実は朗らかに笑って、校門に向かって走り出した。
「先輩!そんなにゆっくりしてたら遅れますよー」
「あ、ああ!」
悠斗はせかされて走り出す。
(俺だって部活の後輩ぐらい覚えているさ。何せフィリテリテとは因縁があるもんな・・・フィリテリテって。また新しい名前が・・・いや、アレは佐藤夕実であって、決してフィリテリテでは・・・いや確かフィリテリテなんだけど。それは夢の話で)
「ああー!もう!」
悠斗は吼えながら、長い坂を一気に駆け上がる。
(ああ、もう今日散々だな。はよ帰って寝よ)
授業も程々に聞きながら、外を眺める。
しかし、決して空は見ない。
また、あのドラゴンが飛んでいるような気がして、校庭を見つめている。
校庭では男子がサッカー、女子がバレーボールで汗を流している。
女子の中には今朝会ったあの夕実の姿もある。
夕実の姿に見とれながら、悠斗は頭がおかしくなった夢のことを考えていた。
夢とは現実の情報を脳内で整理するときに見えるビジョンである。
その夢の中で千年の時を生きた魔法使いが自分であっても、悠斗は実際は何のとりえも無いただの高校生である。
鮮明に想いだせるのは最期の一瞬だけ。
「ルウ・エリアル」
悠斗は呟く、かつて夢の中で自分が呼ばれていた名を。
(所詮、夢)
校庭でスパイクを決めた夕実が自分の夢の中で、フィリテリテといわれる人物であったとしても何も関係ない話ではある。
ドドドっと音がした。
悠斗にしか聞こえない地鳴り。
悠斗は周りの反応を見てそれを知る。
(もう慣れた。次は何だ?)
校庭では武装した騎馬の大軍が校舎へ向かって迫っている。
(これは幻覚・・・気にしない)
校舎が揺れた。
騎馬隊が校舎と衝突したのだ。
どよめきが起こる。
何だ、何だと教室全体が騒然となる。
(まさか、そんな?だってアレは幻覚・・・こんなこと)
悠斗は空を見上げる。
上空をドラゴンが旋回していた。
(どうなってるんだ。一体?)




