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カタリナさんを好きな人 03

「……これは、俺の友人の話なんだけどな」


 俺は慎重に言葉を選んでから事情をモニカに説明した。


「数日前、一緒に飲んでた女性を家まで送ったらしいんだ。なんでも、女性が酔っぱらっちゃったみたいでさ。それで自宅まで送り届けて帰ろうとしたんだけど……そのとき、うしろ髪を引かれるような気持ちになったみないなんだよな」


「なるほど。それで、それからその女性のことばかり考えるようになった、と」


 すかさず補足してきたモニカに、俺は深く頷いた。


「そうだ。多分、病気か呪いの類だと思うんだけど」


「……え? 呪い?」


「いや、ほら、モンスターのサキュバスとかって人間を魅了させる体液を出すだろ? そんな感じで魅了されてるんじゃないかなって」


「ピュイさん、マジで言ってます、それ?」


「え? 大マジだけど?」


「……」


 超絶、胡乱な目で俺を見るモニカ。


(いやいや、呪いとか病気とか何言っちゃってんスか。どう考えても、普通に恋してるだけでしょ。もしかしてピュイさんって、天然さんなのかな? あ〜、死んでもこんなふうにはなりたくないな〜……)


 三角帽脱がして、こめかみを拳でグリグリしたくなってしまった。


 天然だなんて、お前にだけは言われたくないわ!


「あ」


 と、モニカが何かに気づいたようにぽんと手を叩く。


「なるほど、なるほど。そういうことだったんですね」


「……? 何が?」


「いえ。昨日ピュイさんがいつも以上に役に立っていなかったのって、それが原因だったんだな〜って」


「……っ! お、俺の話じゃないって言ってるだろ!」


「まぁまぁ。それで、ピュイさんは何を悩んでるんですか?」


 華麗に言い訳をスルーされてしまった。


 俺じゃないと強く否定したかったが……なんだかもう面倒臭くなってきた。


 こいつが参加してしまった時点で、もう後の祭りなのだ。


 俺は深くため息をついてから、尋ねる。


「……この症状って、どうやったら治るんだ?」


「え? 告白すれば治るんじゃないですか?」


 一瞬も悩むことなく答えるモニカ。


 俺は首を捻ってしまった。


「告白って?」


「だから、その女性に『好きだ』って言っちゃえば良いってことですよ」


「俺の話、聞いてた? これは呪いか病気の一種なんだぞ? そんなことで治るはずがないだろ」


「治りますよ。病気は病気でも『恋の病』なので」


「……」


 喧騒に包まれた金熊亭の一角に、痛いほどの沈黙が降りた。


 サティに続き、モニカにも同じことを言われてしまった。


 これはもう、認めるしかないのだろうか。


 俺は──カタリナに恋心を抱いているのだ、と。


「ていうか、その女性って誰なんです?」


 モニカが口元を緩ませて尋ねてきた。


「依頼中に注意散漫になっちゃうってことは、お相手は笑うドラゴンの誰かですか?」


「……っ!? ち、違う」


 俺は慌てて否定した。


 それだけは認めるわけにはいかない。


 なにせ、この場にサティとモニカがいるのだ。ここで肯定すれば、カタリナだと明言していることになる。


「……ふ〜ん(ま、とりあえず信じておきましょうか)」


 モニカはにんまりと笑みを浮かながら続ける。


「一応言っておきますけど、パーティ内恋愛はやめたほうがいいですよ?」


「……な、なんでだ?」


「なんでって、ドロドロのヌマヌマになっちゃうからですよ」


 ドロドロのヌマヌマってなんだ。


 言いたいことはなんとなくわかるけどさ。


「わかりやすく事例で説明しますと……そうですねぇ、仮にピュイさんとサティちゃんがメンバーに秘密で付き合うとします」


「えっ……!?」


 突然話を振られて、サティがぎょっと身をすくめた。


(わ、わたしとピュイさんが……つ、付き合う!?)


 ……なになに。


 何なのその反応。


 キミも実はピュアな乙女だったりするの?


 しかし、そんなサティの純粋な反応に気を止めることなく、モニカは続ける。


「プライベートと仕事は切り離して考えなければいけないとはいえ、危険と隣り合わせの冒険者家業です。パートナーに危険が降りかかれば、優先的にそれを排除しようとするものでしょ?」


「まぁ、そう……だな。多分」


 完全に憶測だけど。


「サティちゃんは優先的にピュイさんを守り、ピュイさんは優先的にサティちゃんに回復魔術をかける。さてさて、それを見た他のメンバーはどう思うでしょう?」


「ええと……少なからず不服に感じる?」


「オゥ、イエス!」


 モニカが指をぱちんと鳴らして俺を指差し、ウインクする。


 うん、顔がウザい。


「まず、盾役になっているガーランドさんからピュイさんに『優先順位が間違っているだろう』という不満の声が上がります。そして次に、多くのモンスターを一度に相手することが多いカタリナさんからサティちゃんに『こっちをサポートして』と怒りの声が上がるでしょう。そのときは承諾するピュイさんたちですが、やっぱり危険が降りかかるとパートナーを優先してしまう……」


 モニカが目を伏せてウンウンと頷く。


 そして、パッと俺の顔を見た。


「……さて、その先に待っているものは?」


「パーティの解散、か?」


「オゥ、イエス!」


 はい、二度目のオゥイエス、いただきました。


 俺はウザすぎるモニカに辟易としながら、彼女に尋ねた。


「ていうか、なんだか生々しい話だけど、もしかして経験があるのか?」


「ありますとも。そういう色恋沙汰で解散に追い込まれたパーティを何度も目にしてきましたから。だからわたしが恋愛相談に乗って、『それってただの勘違いでしょ』とか『きっと裏があるから注意してね』とアドバイスしてパーティ解散を未然に防いでいた、というわけです」


「なるほど」


 つまり、パーティを守るために恋愛フラグをへし折ってたってわけだ。


 そりゃ「フラグクラッシャー」って呼ばれるわけだ。


「とにかく、恋の病を治すために告白したほうが良いと思いますが、お相手がパーティメンバーだったら、やめておいたほうがいいです」


「じゃあ、何か他にないのか? その、楽になるために想いを告げる以外の方法っていうか……」


「ん? ん〜……あることにはありますけど」


 そう言って、モニカが耳に手を当てた。


「な、なんだよ」


「アパルト王はロバの子供」


「……は?」


「あれ? 知らないですか? 寓話の『アパルト王はロバの子供』ですよ」


「いや、それは知ってるけど」


 子供なら誰でも知っている有名な話だ。


 中央大陸を統一したアパルト王は実はロバの子供で、彼の従者がその秘密を知ってしまい、お腹が膨れ続けるという呪いにかかってしまう。


 命の危機を感じた従者は、誰もいない森の中で王の秘密を叫び、その呪いから解放される。


「秘密は抱えると膨れ上がって身を滅ぼすんですよ? だから、誰もいない森の中で吐き出しましょうよ。ほら、ここには秘密を他言するような人間はいませんから。ね、サティちゃん?」


「え? ……あ、はい。もちろんです!」


 ピシッと背筋を伸ばすサティ。


 なんとも胡散臭さがハンパない。


 サティはまだしも、モニカに話すのは危険すぎる。


 だって──


(相手が知ってる女性だったら、口を滑らせてもいいですよね。だって、そのおかげでうまくいくかもしれないですし。ムフフ)


 みたいなこと、心の中で言ってるからな。


 こいつは聞いたそばから、カタリナに伝えに走りそうだ。


「ほら、早くしてくださいよピュイさん」


 薄くて軽そうな口でそんなことをのたまうモニカ。


「いつ、他のメンバーがここに来るかわかりませんよぉ?」


「他のメンバー……あっ」


 と、サティがびくりと肩をすくめた。


「どうした?」


「い、いえ。そういえば……もうひとり、声をかけた方がいたのを思い出しまして……」


「もうひとり?」


 そこはかとなく、嫌な予感がした。


 瞬間、俺の背後に誰かが立った。


「ふ〜ん」


「……っ!?」


 その声に、俺はギギギとぎこちなく振り向く。


「深刻な悩みって聞いてたんだけど、なんだか楽しそうね?」


 さげすむような目で俺を見ていたのは──悩みの元凶であるカタリナ嬢、そのひとだった。

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