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カタリナさんの怖いもの 04

「お、お前らいい加減にしろっ! 回復魔術師の俺にスケルトンがなんとかできるわけないだろっ!」


 俺は両手をぶんぶんと振り回し、くっついて喧嘩しているふたりを引きはがした。


「……なんだよ、ノリが悪いなぁ」


 腕から離れたリルーがつまらなさそうに唇を尖らせる。


「あたしが頼んでるんだから、そこは捨て身の覚悟で突っ込んでよね」


「ノ、ノリで俺を殺すつもりかっ!」


 こんなことで死んだら、あの世で笑いものにされるわ。


「ったく、ピュイは相変わらず貧弱者なんだから」


 リルーが腰に下げていた斧の一本を抜く。


 そして、手首をほぐすようにくるっと回したあと、思いっきり振りかぶってスケルトンに投擲した。


「うっ……だりゃあああっ!」


 リルーの雄叫びとともに投げられたハンドアックスは、凄まじい速さでスケルトンの頭部に命中する。


 その衝撃で後方に吹き飛んだスケルトンは、壁に激突してぴくりとも動かなくなった。


 久々にリルーの戦闘を見たけど、相変わらず豪快すぎる。


「ねぇ、カタリナ?」


 そんなリルーはもうひとつのハンドアックスを腰から抜くと、カタリナへと向けた。


「あたしと勝負しない?」


「勝負?」


「そ。どっちが多くモンスターを狩れるか」


「……別にかまわないけど、その勝負に勝ったら何かもらえるわけ?」


「ん〜、そうねぇ」


 リルーはしばらく思案したあと、はたと俺の顔を見た。


「そうだ。勝負に勝ったほうは、ピュイにひとつだけお願いを叶えてもらうってのはどう?」


「……は?」


「もちろんどんなお願いでもオッケーって感じで」


「ちょ、ちょっと待て! なんだそのイカにもイカガワシイこと言われそうな報酬は!?」


 若干嬉しいし、カタリナがどんなことを言ってくるのか興味あるけども──って、ツッコむべきはそんなドMっぽい内容じゃなくて。


「ていうか、なんで俺なんだよ!? 普通そこは負けたほうが願いを聞くんじゃないのか!?」


「そうだっけ? まぁいいじゃない。だってほら、みんな幸せになれるし」


「その『幸せ』の定義を明確にしろ」


「ん〜……快楽と悦び?」


 首をかしげるリルーに、俺はがっくりと肩を落としてしまった。


 はい、性欲悪魔のあなたに聞いた俺が馬鹿でした。


 というかそもそもの話、そんな報酬でカタリナが乗ってくるわけ──


「いいわ。その勝負受けて立ちましょう」


 無いと思ったけど、あっさりと承諾してしまった。


 あれ〜? どうしたカタリナさん? 


 いつもの辛辣なキミだったら、そこは「そんなくだらない報酬でわたしが喜ぶとでも思ってるの?(ぜひ受けたいけど)」みたいな反応するじゃん?


「何よ?」


 俺の視線に気づいたカタリナが、キッとこちらを睨みつける。


「一応言っておくけど、ピュイくんにお願いを聞いてもらいたいだなんて、これっぽっちも……思って……思ってなんて……おも……お」


 次第にカタリナの頬が赤くなり、しまいにはプイっとそっぽを向いてしまった。


(どどっど、どうしよう……勢いで勝負を受けるなんて言っちゃったけど、ピュ、ピュイくんが……なんでもお願いを聞いてくれるなんて……ど、ど、ど、ど、動揺が隠せないっ!)


 ああ、はいはい。


 つい勢いで「受ける」って出ちゃったわけね。


 カタリナは体をぷるぷると小刻みに震わせながら、心の中で続ける。


(こっ、ここは冷静になりなさいカタリナ! あの女を徹底的に打ちのめして、ピュイくんを取り戻すのよ!)


 色々と指摘したいところがあるけど、とりあえず勘違いがすごい。


 いつ俺がリルーに奪われたんだ。


 いや、そもそも「奪われた」って表現自体おかしいけどさ。


 リルーが俺に何か特別な感情を抱いてるとでも思ってるのだろうか。


 この女は、ガーランドの嫁なんだぞ?


「……あ」


 そこで俺ははたと気づく。


 そうだ。カタリナはリルーがガーランドの嫁だということを知らないのだ。


 それを伝えれば、流石にこんな争いは不毛だと気づくはず。


「おいカタリナ。何か変な勘違いしてるみたいだけど、そもそもリルーはガーラ……グエッ!?」 


 突然、太い縄で首を締められた──と思ったら、リルーの腕だった。


 彼女はギリギリと俺の首を締め上げながら、にこやかに言う。


「ピュイちゃ〜ん? なにか余計なことを言おうとしてない?」


「……よ、余計なことって……俺はお前が既婚者だって事実を……」


「それが余計だって言ってんのよ。そんなことしたら、カタリナが冷めちゃって面白くなくなるでしょ?」


「俺は現在進行系で面白くないっつーの……っ!」


「いい? あんた、あたしのことバラしたら……カタリナにスキルのこと暴露するからね?」


「う、ひ……っ!?」


 喉奥から変な悲鳴が出てしまった。


「そ、それだけは……勘弁してくださいリルーさま……」


「よし。だったら黙ってあたしたちの勝負を見守ってねっ♪」


 リルーが舌をぺろっと出して可愛らしくおどけてみせる。


 しかし、その表情を見ても幸せな気分になどなるわけがなく、むしろ破滅に至る未来が見えてしまった。


 いつかこいつに、ケツの毛まで抜かれるときが来るのではないか、と。


「……姉御。結構スケルトンが来てるっスけど、大丈夫スか?」


 リルーの仲間がそっと声をかけてきた。


 俺たちの(くだらない)騒ぎを聞きつけたのか、客間には次々とスケルトンが集まってきていた。


「ん、問題ないわ。よゆ〜よ、よゆ〜」


 リルーは子供がやる玉遊びのように、ハンドアックスを右手から左手にぽんぽんと投げ渡しながら答えた。


「あんたたちは、あたしのボディカウントをお願いね」


「了解っス」


「ういっス」


 リルーの仲間が剣を引き、スケルトンから距離を取った。


 ボディカウントというのは、確か「仕留めた敵の数を数える」って意味だ。


 まぁ、狩ったモンスターの数で勝負するのだから、カウントする人間は必要だろう。 


「あなたはわたしのボディカウントね」


 カタリナが鋭い視線を俺に向ける。


 まぁ、流れ的にはそうなるだろうなとは思っていたけれど、いざ頼まれると緊張してくる。


「ちょっと、何をぼーっとしてるのよ。しっかり数えなさいよ?(数え間違いなんてしたら、あなたもカウントしてあげるから)」


「……っ!?」


 きゅっと下腹部が縮みあがってしまった。


 いつもと違って、心の中まで辛辣だなんて珍しいですね!


「さぁて、カタリナ。そろそろ始めるわよ?」


「ええ。いつでもいいわ」


 切迫感に襲われている俺をよそに、ふたりが同時にスケルトンの群れに向かって駆け出した。


 そこからふたりの最強女剣士による一方的な虐殺がはじまった。


 リルーはハンドアックスを振り回し、豪快にスケルトンを蹴散らしていく。


 一方のカタリナは、急所を狙った必要最低限の攻撃でスマートにスケルトンを仕留めていく。


 派手なリルーと、繊細なカタリナ。


 全く対照的なふたりだったが──築き上げる屍の数はほぼ同じ。


 あっという間に客間のスケルトンを片付け、彼女たちは奥へと進んでいく。


 客間の奥には2階に続く階段があった。


 白を基調とした階段には幾本もの真鍮製の燭台が設置されていて、途中の大窓から見える風景は、まるで額縁に入った絵画のような美しさがある。


「なんだか張り切ってるスよね。姉御もカタリナさんも」


 カタリナたちを追って階段を登っているときに、リルーの仲間が声をかけてきた。


「美女ふたりに奪い合いされるって、どんな気分スか?」


「控えめに言って、最低の気分ですね」


 一瞬の躊躇もなく答えた。


 なんだか賭けの景品にされている気分ですから。


 すると男は「ですよねぇ」と苦笑いを浮かべた。もしかして、同じような経験があるのかもしれない。


 カタリナとリルーは階段で待ち構えていたスケルトンを一瞬で蹴散らし、さらに奥へと向かう。


 2階に上がって執務室や寝室を抜けて──ついには、開けた玉座の間に到着した。


 床には様々な植物の文様が施され、天井には太陽と天使が描かれている。


 ひときわ目立つ、金のシャンデリア。


 そして、その奥に見える散財王が腰掛けていた玉座。


 その玉座の前で立ちすくんでいるカタリナとリルーの背中が見えた。


 一体どうしたんだと訝しんだが、すぐにその理由がわかった。


 玉座に何者かが腰掛けていたのだ。


 漆黒の鎧に身を包んだ騎士──ではなく、巨大なスケルトンだった。


「……マジかよ」


 思わず声に出てしまった。


 リルーの仲間が尋ねてくる。


「あれは何スか?」


「多分、バロンです」


 噂に聞いたとおりの見た目だから、間違いない。


 男爵の名を冠した、スケルトンの王だ。


 バロンの討伐依頼は以前に一度だけ出されたことがある。


 受注できる冒険者ランクはA以上。超高難易度の討伐依頼だった。


 俺のパーティ「笑うドラゴン」は受ける資格すらなかったが、聞いた話によれば、5つのAクラスパーティで同盟レイドを組んで、なんとか討伐できたらしい。


 そんな凶悪なモンスターがいるなんて、聞いてないぞ。


 ここは一旦ギルドに戻って、援助を要請したほうが良いんじゃないか。


「カタリナ! リルー! 引き返せ! そいつはめちゃくちゃヤバいモンスターで──」


 と、ふたりに声をかけたときだった。


 どすん、と何かが崩れ落ちる音がした。


「……?」


 今のは、何の音だ? 


 嫌な予感がした俺は、恐る恐るカタリナたちに近づいていく。


 そして、俺の目に写ったのは──地面に倒れているバロンの姿だった。


 斧が深々と突き刺さった頭蓋骨。


 蜂の巣のように穴だらけになっている漆黒の鎧。


 俺は何度か目をこすって確認しなおした。


 しかし、何度見直しても──Aクラスパーティが束になってやっと勝てたという凶悪モンスターのバロンは、痛ましすぎる姿に変わり果てていた。


「……討伐されちまった、みたいスね」


「流石、姉御とカタリナさんっス」


 パチパチと拍手を送る、リルーの仲間たち。


 状況がつかめず大混乱に陥ってしまっていた俺も、彼らにつられて拍手を送ってしまった。


「ちょっと」


 しかし、当の本人たちはそんな称賛はどこ吹く風だった。


「いかにも『わたしがやりました』って顔してるけど、このデカブツを仕留めたのは、あたしの斧だからね?」


「は? 何を言ってるの。こいつに止めを刺したのは、わたしの剣よ?」


 ふたりの最強女剣士は、地面に倒れている凶悪モンスターに見向きもせず「どっちがバロンを仕留めたか」で喧嘩をしていたのだった。

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