第9話 ジョルナルドの安らぎ亭でのお祝い
アルドくんと無事仲直り(?)することが出来た私は、部屋に荷物を置いて少し身だしなみを整えた後一階の食堂に足を踏み入れた。
食堂内に置かれている長方形のテーブルを向かい合わせでくっつけているその上に、たくさんの料理が並べられていた。お刺身に、グラタンに、ロールキャベツに、ナポリタンに、具沢山のサラダに……こんなにもたくさんの美味しそうな料理を用意してもらえるなんて!
「お祝いだからな! 豪華なわけじゃねえが、パーティー風にしてみたぜ」
「ありがとうございます!」
豪華なわけじゃないじゃないですか! 十分豪華ですよ!
……というかこれ、あきらかに私の風邪薬では対価が足りなくないか?
「グレイグさん、これ……」
私が言おうとしている事を察したのか、声をかけられたグレイグさんは何も言わずに首を横に振った。
せっかく用意してくれた祝いの場に、水を差すわけにはいかないか……。
各々席に着き、用意されたお茶が入ったコップを手に持つ。
全員がコップを持ったことを確認したグレイグさんが、乾杯の音頭を取った。
「そんじゃあ、フィリアの冒険者就職記念と、初めての依頼達成記念にカンパーイ!!」
「カンパーイ!!」
私はさっそくロールキャベツに手を伸ばした。
フォークで二つに切ると、中に入っている肉から肉汁が溢れ出た。
すごくおいしそうだ!
「おねえちゃん、みてみて!」
ロールキャベツに舌鼓を打っていると、ふいにニコちゃんが大きさの違う二つのおにぎりが載せられたお皿を手にやって来た。
「これねー、ニコがつくったの!」
「へぇ! すごいねぇ!」
ニコちゃんが持っているお皿に載せられているおにぎりは、一つは塩昆布が、もう一つは赤いパプリカが飾りの様に付けられていた。
……いや、飾りというよりは髪の毛を表現しているような……?
赤いパプリカのおにぎりに埋め込まれている二つのグリーンピースが目を表しているとすれば、ひょっとするとこのおにぎりは……。
「これね! おねえちゃんなの!」
やっぱりか!
という事は隣の塩昆布おにぎりはニコちゃんかな?
それをニコちゃんに尋ねてみれば、ニコちゃんは途端に目を輝かせて満面の笑顔を見せて大きく頷いた。
「たべてたべて!」とニコちゃんは嬉しそうにおにぎりの載ったお皿を差し出してくる。
「ありがとう。それじゃあ頂くね」
私を模して作ってくれたおにぎりを手に取った私は、それを口に運ぶ。
うん。塩加減が良い感じだ。これはきっとグレイグさんの方で調節してくれたんだな。
パプリカのおにぎりなんて初めて食べたけど、意外と美味しいな。
……あれ? というかこれってもしかして、共食い……?
「おねえちゃん、おいしい?」
うん。今考えた事は遠くへ投げ飛ばそう。
「うん! とってもおいしいよ!」
「ほんとっ!? じゃあ、こっち! こっちもたべて!」
「え? いいの?」
「うん!」
こっちの塩昆布おにぎりは飾りからニコちゃんを模したものだろう。ニコちゃんに聞いてみれば、「そうだよ!」と嬉しそうに笑った。
もう可愛いから頭を撫でちゃおう!
頭を撫でられているニコちゃんはにこにこと笑っていてとても嬉しそうだ。
「フィリアさん、良かったらこちらも召し上がってください」
「ありがとうございます!」
セレナさんがシチューを持って来てくれた。お礼を言ってシチューの入っている器を受け取れば、ニコちゃんは私から離れてセレナさんの方に抱きついた。母親に甘える娘の様子になんだか心がほっこりする。
「フィリアさん、今日は何の依頼をやったんですか?」
右の斜向かいに座っていたアルドくんが話しかけてきた。
昨日まではこんな事なかったので、何だか嬉しく思った。
「素材の採取依頼だよ。ヒルカリ草とカムラグ草の採取」
「いきなり二つも受けたのか?」
グレイグさんが話に入ってきた。グレイグさんの隣では、セレナさんとニコちゃんがじゃれ合っている。
「はい。ヒルカリ草はここに来る途中で採取してたので……」
「なるほどねぇ……。あ! そういや、食材を買いに行ってる時に聞いたんだが、今日冒険者ギルドであのジークに告白した女がいたんだってよ。お前知らないか?」
グレイグさんの質問に私はピシリと固まってしまった。
知らないか? と聞かれたら、答えは「知ってます」です。
なぜならそれは私だから!
どうしよう……。まさかギルド外にまで話が広がってしまっているなんて……。
あー、でもそうか。ジークは若干18歳ながらすでにAランクの冒険者として活躍している有名人だから、そんな有名人が公衆の面前で告白されればそりゃ話題になる。ギルドの外にまで話が回るのも納得だ。
でも、「その女の人、私です!」とは答えられない。なぜなら恥ずかしいから!
ここは「知らない」と答えるほかあるまい。
「さ、さぁ……? 私がギルドに行った時にはそんな場面には出くわさなかったですねぇ……」
くっ……! 緊張でどもってしまった。
あ、でもバレてないっぽい。セレナさんはニコちゃんと遊んでいるし、アルドくんはきょとんとしている。質問してきたグレイグさんはというと、「そうか……」と言ってそれ以上この話題を追求してはこなかった。
助かった……。
「そういや明日も依頼を受けに行くのか?」
「いえ、明日はアルドくんの案内でこの町を散策しようかと」
「そうなのか? おい、アルド! しっかりと案内するんだぞ!」
「わかってるよ」
「えー!? おにいちゃん、おねえちゃんとおでかけするのー!? ずるいー!!」
セレナさんの膝の上でごはんを食べていたニコちゃんが話を聞きつけて、ぷーっと頬を膨らませた。
「別にずるくないだろ」
「ずるいずるいずるいー!! ニコもいっしょにいくー!!」
「ダメよ、ニコ。わがまま言っちゃ」
「やだー!!」
セレナさんが言い聞かせようとするもニコちゃんはやだやだと言って聞かず、しまいには「おにいちゃんだけずるいー」と言って泣き出してしまった。
「あ、あの! 私は別にニコちゃんが一緒でも大丈夫ですよ!」
チラッとアルドくんの方を見れば、彼は仕方ないという様子で頷いてくれた。
ありがとう、アルドくん。
「でも……」
「大勢いた方が散策も楽しいですし!」
ニコちゃんが期待の眼差しで母親であるセレナさんを見上げる。セレナさんはその視線を受けてグレイグさんと顔を合わせると、一度息を吐いてから私の方に向き直った。
「お客様であるフィリアさんにご迷惑をかける事になって、申し訳ないですが……」
「よろしく頼む」
大人二人に頭を下げられてしまい、私は慌ててしまった。
「いえいえそんな! 頭を上げてください!」
「ねえねえ! ニコ、あしたおねえちゃんとおでかけできるの?」
セレナさんに抱かれているニコちゃんが、セレナさんの服の裾を引っ張ってそう聞いた。セレナさんが「そうよ」と言って頷くと、ニコちゃんの顔に笑顔が広がっていき、それから「やったー!!」と両腕を上げて喜んだ。
「すみません、ニコがわがままで……」
アルドくんがこそっと私に謝ってきたけれど、私は「大丈夫だよ」と笑った。
大勢での方が楽しいと思ったのは私の本心だし。
明日のサルビア散策、楽しみだな。
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