第4話 ジョルナルドの安らぎ亭
チュンチュンと鳥のさえずりが聞こえる。
もう朝か、と意識が浮上した時、部屋の扉が叩かれた。
コンコン
「おねーちゃーん! あさだよー! おきてー!!」
ニコちゃんだ。
わざわざ起こしに来てくれたのか……。モーニングコールサービスってヤツかな、これ。……この世界に電話はないけど。
私は起き上がり、両腕を上に伸ばして軽くストレッチする。手櫛で軽く髪を整えてから、部屋の扉を開けた。何だかいい匂いがする。
「あ、おはよう! おねえちゃん!」
「うん。おはよう、ニコちゃん」
朝から元気いっぱいだなぁ、ニコちゃんは。
「きょうのあさごはんはスクランブルエッグとやさいのスープとパンだよ!」
「わかった。支度出来たら下に降りるね」
「うん!」
元気よく頷いたニコちゃんは、パタパタと階段の方へ走って行った。
朝から癒されたなぁ。
そうだ。早く支度をして朝食を食べに行こう。
昨日食べた肉野菜炒めは美味しかった。味付けが絶妙で、また食べたいなぁ。あの肉野菜炒め。ニコちゃんとアルドくんのお父さん――グレイグさんが作る朝食も楽しみだなぁ。
そんな事を考えながら支度をして一階に降りて食堂へ入ると、アルドくんがテーブルの上を布巾で拭いていた。
「おはよう、アルドくん」
「おはようございます」
うーん。アルドくんは視線を合わせてくれないな。
もしかして昨日の事で彼に嫌われてしまったのだろうか。
出来たらアルドくんとも仲良くしたいのだが、どうしたものか……。
私が悩んでいると、ドンと後ろから何かがぶつかった。お腹の前に小さな手が回されている。
「おねえちゃん! あさごはんもいっしょにたべてもいい?」
「うん。いいよ」
「やったー!」
ニコちゃんは私から離れると、厨房のカウンターの方に駆けて行った。
可愛い。ニコちゃんホントに可愛い。
「あの……」
「ん?」
「朝飯出来たぞー」
「ぞー!」
アルドくんが何か言おうとした時、厨房からグレイグさんがトレイを持って出て来た。トレイには二人分の料理が乗っていて、グレイグさんの前を歩くニコちゃんはパンの入ったバケットを持っていた。
グレイグさんがスクランブルエッグを乗せたお皿と野菜スープの入ったお皿をテーブルに置いてくれた。ニコちゃんも頑張ってパンの入ったバスケットをテーブルの上に置いた。
「僕、お母さんの様子見てくる」
「いや、それは俺が……」
テーブルに料理を置き終わり、席に着こうとした時にアルドくんがそう言って食堂から出て行ってしまった。グレイグさんが呼び止めたけれど、アルドくんは止まることはなかった。
「なんだぁ? アルドのヤツ……」
息子の態度にグレイグさんが首を傾げている。
……ごめんなさい。もしかしたらそれ、私のせいかもしれません。
これは本当に彼に嫌われてしまったか?
アルドくんの事は気になるが、とりあえずまずは朝食だ。料理が冷めてしまう前に食べないと。
◇ ◆ ◇
昨日の夕飯に続き、朝食も大変美味しかったです。
食後のコーヒーを飲みつつ、私はグレイグさんとお話ししていた。
本当ならグレイグさんは食器を洗うはずだったのだが、ニコちゃんが「わたしがやる!」と言って聞かず、丁度セレナさんの様子を見に行っていたアルドくんが戻ってきたので、彼にニコちゃんの手伝いを頼み、グレイグさんは二人の様子を見守りながら私とお喋りしているのだ。
「悪いな、昨日からニコがべったりでよ」
「いいえ! 妹が出来たみたいで嬉しいです!」
グレイグさんによれば、ニコちゃんはあまり人見知りをしないそうだが、ここまで懐くのは珍しいとの事。
私も、まさか会ったばかりの私にこんなに懐いてくれるなんて、と驚いたものだ。
グレイグさんは、「もしかしたら寂しいのかもな……」と呟くように言った。
なんでも三日程前から母親であるセレナさんが寝込んでしまっているようで、グレイグさんは母親に甘えられない寂しさを同性で年上である私で埋めようとしているのかもしれないと話した。
「まあ、二週間ぶりのお客さんをもてなしたいって気持ちもあるだろうが……ホントにすまんな」
グレイグさんはすごく申し訳なさそうにしていたが、一人っ子である私にしてみたら妹が出来たみたいで、ニコちゃんに甘えて来られるのは嬉しい事なのだ。もう一度その旨を伝えれば、「ありがとな」とグレイグさんに感謝されてしまった。
それにしてもお客さんが二週間ぶりとは驚きだ。
何となく気になったのでグレイグさんにお客さんが少ない事について聞いてみれば、理由は紫雲亭が出来た事にあるそうだ。
ジョルナルドの安らぎ亭は西門からほど近く、通りの道も広いので決して立地が悪いわけではない。紫雲亭が出来る前までは繁盛していたとグレイグさんは言った。
けれど、数年ほど前に東門の近くに紫雲亭が出来ると、宿屋とお風呂屋が一体となっている物珍しさからお客さんがそちらに流れていき、今ではサルビアに来る宿屋のお客となる旅人や冒険者の9割は紫雲亭に取られてしまっているという。
時折来るお客さんも、お風呂がないと知ると帰ってしまったり、どうしてお風呂がないのかと文句を言うお客さんもいたそうだ。
グレイグさんからその話を聞いた私は、昨日「ウチにお風呂はない」と言ったアルドくんの棘のある言い方に合点がいった。
他にも、宿屋の収入が減ってしまった為に今風邪で寝込んでいる奥さんであるセレナさんに満足に風邪薬も買ってあげる事も出来ないと、グレイグさんは話した。
「……っと。悪い。愚痴っちまった」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
嫌な事とかあった時は内に溜めるよりも誰かに話したりして発散した方がいい。前世でも今世でも、私もよく家族や友達に愚痴っていた。
それにしても、紫雲亭がある事でそんな事になっていたなんて知らなかった。
そもそもゲームのサルビアには紫雲亭以外の宿屋はなかったから、昨日他にも宿屋があると知った時は安堵と同時に驚きもした。
ゲームでは見えない壁で阻まれていけない場所や建物がいくつもあったから、もしかしたらそういったところに紫雲亭以外の宿屋があったのかもしれない。
「おさらあらったよー!」
「おう。ありがとさん」
タタタとニコちゃんが走ってきて、グレイグさんに抱きついた。グレイグさんに頭を撫でられてニコちゃんは嬉しそうに笑っている。
「アルドもありがとな」
「……ん」
あらー。アルドくんもグレイグさんに撫でられて嬉しそうだ。可愛いなぁ。
……っと! もうこんな時間か。そろそろ冒険者ギルドに行こう。
私が立ち上がれば、グレイグさんにじゃれついていたニコちゃんがパッとこちらを向いた。
「おねえちゃん、おでかけ?」
「うん。冒険者ギルドに行ってくるね」
マジックバックを肩から提げて食堂から出て行こうとすれば、後ろからニコちゃんがついて来た。
「ニコちゃん?」
「おみおくりするー」
不思議に思って振り返って聞けば、満面の笑顔でそう返ってきた。
ああ、もう本当に可愛い。前世でも妹がいればこんな感じだったのかなぁ。
……あ、そうだ。
「グレイグさん、よかったこれ……」
私は、マジックバックから取り出した液体の入った小瓶を三本、グレイグさんの前に置いた。
「これは?」
「風邪薬です」
グレイグさんから聞かれてそう答えれば、グレイグさんの目がこれ以上ないほど見開かれた。アルドくんやニコちゃんも驚いている。
私がテーブルの上に置いた小瓶の中に入っているのは、私が村を出る前に作った風邪薬だ。
先ほど宿屋の収入が減ったせいで風邪薬が満足に買えないと言っていたから、昨日グレイグさんには冒険者や冒険者ギルドについていろいろと教えてもらったお礼も兼ねて、これで少しでもセレナさんの症状が軽くなってくれるといいなと思ってバッグから取り出したのだが、グレイグさんが小瓶を見つめて固まったまま動かない。大丈夫だろうか?
「あ、あのー、グレイグさん……?」
私が呼びかければ、我に返ったのかグレイグさんが「あっ!?」と声を出した。
「おまっ、お前、薬師だったのか!?」
「いえ! ただの冒険者です! ……あ、いや、これから冒険者になる者です!! これは趣味の範囲で作ったものでして……」
「いやいや。薬は趣味で作れるもんじゃねーぞ……」
グレイグさん、めちゃくちゃ驚いてるなー……。
あーそういえば、こういった薬を作る為には魔力を緻密に操る必要があるから、そうそう簡単に作れる物じゃないんだっけ。
初めてポーションを作った時、それを見たお父さんとお母さんも今のグレイグさんみたいにものすごく驚いていた。
「えーっと、それじゃあ私は冒険者ギルドに行ってきますね」
「はっ!? あ、ちょっと待て! 今、金を――」
「いやお代はいりませんよ!?」
「バカ野郎何言ってんだ! タダで貰うわけにはいかねぇよ!!」
ここで私とグレイグさんの「お代はいらない」「金を払う」と言い合いが始まってしまった。
本当にお金はいらないよ!? 風邪薬は材料があればいつでも作れるから! ……たまに失敗する事もあるけど……あ! グレイグさんたちに渡したのは成功したものだからね!? ちゃんと解析鑑定で調べて、風邪を治す効能がある事を確認したものだらからね!!
ああ、もうどうしよう……。これはお礼であってお金が欲しくてやったわけじゃないのに、「金を払う」と言って詰め寄って来るグレイグさんめちゃくちゃ怖い!!
「お父さん、フィリアさん怯えてるからその辺にしなよ」
本当にどうしようと困っていると、アルドくんが助けてくれた。
ありがとう!!
「けどな!」
「おねえちゃんをおこっちゃだめー!!」
ニコちゃんが私に抱きついて、キッとグレイグさんを睨んだ……のだろうが、涙目で上目遣いになっているので可愛くはあっても怖くはない。
でも、グレイグさんには効果抜群だったようで、先ほどまでの勢いが治まった。
ニコちゃんもありがとう。
「グレイグさん、本当にお代はいりません。無知だった私に昨日、冒険者としての心得を教えてくれたそのお礼として、受け取ってはもらえませんか?」
「……こんな高価なモンは受け取れねぇよ」
確かに薬はお高い。
だけど、これは本職の人が作ったのではなく素人が作ったものだ。風邪を治す効果があると言っても、本職の人が作ったものに比べたら効果は劣ると思うので、難しく考えずスパッとお礼として受け取ってもらいたい。
しかし、これ以上無理に受け取ってもらおうとするのもグレイグさんに悪い気がするし……うーん、困った。
……あ。
「それじゃあ、今日ご馳走を作ってもらえますか?」
グレイグさんがきょとんとした表情で私を見た。
「ご馳走?」
「はい! 今日は私にとって冒険者になる記念日なので、そのお祝いにご馳走が食べたいです! 風邪薬は、お礼プラスその対価としてどうでしょう? もちろん、足りなければ追加料金は払います」
私の提案にぽかんと口を開けていたグレイグさんは、それからブッと吹き出すと肩を揺らして笑った。
どこかに笑う要素があっただろうか?
しばらく笑っていたグレイグさんは、やがて落ち着きを取り戻し、目尻に浮かんだ涙を拭いながら言った。
「了解了解。それじゃあ、今日はとびっきり美味いメシを作ってやるよ! 料金はコイツで十分だ」
グレイグさんが風邪薬の入った小瓶を揺らせば、中にある液体がちゃぷんと揺れた。
ちょっと……というかだいぶ無理矢理な感じではあったが、風邪薬を受け取ってもらえて一安心だ。
私の作った薬で、グレイグさんの奥さんが少しでも回復しますように。
出かけ前にバタバタとしてしまったが、私は冒険者ギルドへ行くためにグレイグさんたちに見送られて、ジョルナルドの安らぎ亭をあとにした。
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