第28話 上の空
ボアベビーの討伐依頼は、ディック付き添いのもと無事に終わらせることが出来た。
けれど、気になる事がひとつ。
それは、ディックの様子がおかしいという事。
「今日は依頼に付き合ってくれてありがとう!}
「あー」
「私の戦い方、変なところなかったかな? 踏み込みが甘いとか、振りが遅いとか……」
「おー」
「今日は良い天気ですね」
「んー」
と、まあこんな感じで、いくら話しかけても生返事。ディックは心ここにあらずといった様子なのだ。
一応、ボアベビーとの戦闘時にはちゃんと指示とか出したりしてくれていたんだけどなぁ……。
付き合いは長くはないが、普段ズバズバと容赦なく意見などを言ってくるディックが、こんなにも気の乗らない返事しか返さないのは初めてで。そんなディックの様子に最初は何だかもやもやした気持ちになったけれど、その様子がずっと続いていると、もしかしてどこか体調でも悪いんじゃないかと心配になってしまう。
「ディック、どこか身体の具合でも悪いの?」
「おー」
それはどっちの返事ですかね!?
……まあ、顔色は悪くないから、体調不良という事はなさそうかな?
だとしたら、ディックのこのおかしな様子の原因は何だろう?
――ハッ! やっぱり、“友達”と言った事が気に障って!? も、もしかして、ディックに嫌われてしまったんだろうか……? もしそうだとしたら、それはとても悲し……って、ちょっと!?
「ディック、あぶな――」
「あ?」
危ない、と言おうとしたけれど時すでに遅し。
ゴッという鈍い音がする。ディックが目の前にあった木に思い切り顔をぶつけてしまった。
い、痛そう……。
「だ、大丈夫……?」
「どうってこと、ねぇよ……」
いや、どうって事ありそうですけど?
思いっきり木の幹にぶつかってたじゃん。
「ディック、ちょっとこっち向いて」
「は?」
こっちを向いてくれたディックの前髪をかき上げる。
切れてはいないようだが、やっぱりおでこが赤くなってしまっていた。私はディックのおでこに手を翳して、光属性魔法“ヒール”を発動する。これはキュアの上位版の回復魔法だ。キブシ村での討伐依頼で大量のホーンラビットを倒した際や、ジャイアントラビットの攻撃を受けた後に何度もキュアを発動していたおかげというかなんというか。光属性魔法のレベルが上がり、ヒールが使えるようになったのだ。
「うん、これでよし」
ディックのおでこの赤身はすっかりと消え失せた。「痛みはない?」と尋ねてみれば、わなわなと肩を揺らしていたディックが次の瞬間大声を上げた。
「この程度の怪我でヒールなんて使ってんじゃねえよ!!」
キーンと耳鳴りがする。
怪我を治したのに、そんなに怒鳴らなくても良いじゃないか!
「魔力がもったいねぇだろうが!!」
いえ、魔力量は十分あります。ヒールなんて何十発も発動できますよ。なにせ魔力量が2000近いので……なんて、口が裂けても言えない。明らかに異常だからね、私の魔力量は。
「大体何でもっと早くに注意しねーんだよ!」
うん。それは正直にごめんだけど、そもそもはディックがまったく前を見ていなかったせいだと思うんだ。まあ、これも口が裂けても言えないけど。言ったら余計にディックに怒られそうだから。
というか、どうして私は怒られているんだろう?
「話し聞いてんのか!?」
「はいっ! 聞いてます!」
思わず返事をしてしまった。
まだ何やらディックが言っているが、彼の様子を見ているとだんだんと笑いが込み上げて来た。
そして、堪えきれずに吹き出してしまった。
「何笑ってんだよ!?」
「ごっ、ごめ……!」
ごめんと言いたいけれど、笑ってしまってうまく言葉が紡げない。
人が話している途中で笑うなんて失礼だとは思うけど、ごめんねディック。
「いつものディックだと思ったら安心してさ……」
「いつもの俺?」
「うん。だって、ディックってばさっきからずーっと上の空でさ。話しかけても、“あー”とか“おー”とかから返事ばっかりで、ちっともこっち見てくれないし……」
だから、怒られている状況だけれど、安心してしまった。
“いつものディック”だ、って。
こんな事を思うのは、おかしいだろうか?
「ディック」
「なんだよ」
ぶっきらぼうだけれど、ちゃんと返事をしてくれた。それがまた、嬉しい。
「今日は付き合ってくれてありがとう!」
「……おう」




