第23話 ただいま
「――ハッ!」
目が覚めて飛び込んできたのは、見慣れない天井だった。
私は慌てて起き上がる。
「良かった。目が覚めたのね」
声がしてそちらを見てみれば、部屋の入り口にカローナがいた。
カローナがいるという事は、ここはまごころ診療所だろうか? と思っていると、彼女が「ここはまごころ診療所よ」と答えをくれた。
「私、どうして……?」
「覚えてない? あなた、昨日ジョルナルドの安らぎ亭で突然倒れたのよ」
そう言われて、記憶を探る。
そして、思い出した。私は、みんなに続いて食堂に入ろうとしたところで急に気を失ったんだ。
「グレイグさんがあなたを抱きかかえてものすごい勢いでウチに来たのよ」
カローナの話では、気を失って倒れた私を抱きかかえたグレイグさんが、扉を蹴破る勢いで――というか、実際に扉を蹴破ってこの診療所にやって来たそうだ。「その慌てっぷりったらもう、本当にすごかったのよ」と、カローナは笑って言った。
私のせいで診療所の扉が壊れる事になってしまった……。しかもグレイグさんたちにさらなる心配をかけてしまった……。
「あの! 扉、弁償します!」
「あら、そんな事しなくていいわよ! 扉ならもうグレイグさんに直してもらったから!」
「へ……?」
「あれは緊急事態での出来事だったから、私たちは気にしてないから弁償はしなくていいって言ったんだけどね。グレイグさんったら、その日の内に知り合いの大工を数人連れてきて扉を直してくれたの!」
そう話したカローナは、それから「元々立て付けが悪くなってきてたから助かっちゃった!」と茶目っ気たっぷりに言った。
これは帰ったら、グレイグさんに扉の修繕費用をお支払いしなければ。
「それより聞いたわよ。怖い思いをしたわね……」
カローナはベッドの端に腰かけると、私の頭を優しく撫でた。その温かい手に、じわりと涙が浮かんできた。
……なんだか昨日から泣いてばかりだな、私。
涙腺が緩くなってしまったのだろうか? まだそんな年じゃないと思うんだけど……いや、前世の年齢を足したら……ううん。それにしたって早い気がする。――って、いやいやいや! 前世の年齢を足すな、私! 16歳! 私は16歳の女の子!
「ああ、そうだ。あなたが寝ている間に診察させてもらったわ。特に身体に異常はなかったんだけど、どこか気になるところとかある?」
「いいえ。大丈夫です。倒れちゃったのは……その、安心したからだと思うので」
ジャイアントラビットに襲われて、死にかけて、ディックたちに助けてもらった後も気が休まる事はなくて。
けれど、ジョルナルドの安らぎ亭に戻ってグレイグさんたちと話して、「ここに帰って来れたんだ」と実感した途端、それが一気に切れてしまった。
その結果、私はその場に倒れる事となった。
冒険者のくせに、何とも情けない話である。
「そう……。でも、ちょっとでも身体に異常を感じたら言ってね?」
「はい。ありがとうございます」
◇ ◆ ◇
支度を整えて、私はまごころ診療所を出た。
レドルフはちょうど患者さんの診察中で挨拶できなかったから、また後日診療所を訪れよう。
ジョルナルドの安らぎ亭に辿り着き、扉を開けようとした私はふと違和感を覚えた。数歩後ろに下がって、建物全体を見る。
違和感の正体は何だろうかと探していた私は、ようやくそれが扉にある事に気づいた。目の前の真新しい扉に、私はカローナの話を思い出す。
床に額をこすりつける勢いでグレイグさんに謝ろう。
私はそっと扉を開けて、顔を覗かせて中の様子を窺う。受付にはカウンターに頬杖をついているアルドくんと顔を伏せているニコちゃんがいた。その光景が初めてこの宿に来た時の事を思い出させた。
「あ」
あ、アルドくんが気づいた。
これもあの時と一緒だなと思っていると、アルドくんの声に気づいたニコちゃんが顔を上げて、目が合った。あの時と同じようにその目がキラキラと輝く――事はなく、ニコちゃんの目から涙が零れ落ちた。
カウンターの向こうで台から飛び降りたニコちゃんが、真っ直ぐ私に向かって走って来る。
「おねえちゃん!!」
泣きながら飛びついてきたニコちゃんを抱き留めようとしたのだが、その勢いがすごくて後ろにあった扉に思い切り後頭部をぶつけてしまった。
……かなり痛い。
「ニコ――!!」
「だ、大丈夫だよ! アルドくん……」
ズキズキとぶつけたところが痛むが、これぐらいどうって事ない。……うん。本当に。
木にしがみついているコアラのように私に抱きついて離れないニコちゃんを抱え直し、その頭を撫でる。昨日から私はニコちゃんを泣かせてばかりだ。
「フィリア!?」
食堂の方からグレイグさんとセレナさんが現れた。
階段の方もバタバタと騒がしくなり、二階からディックたちが降りて来た。一気に勢ぞろいだ。
「お前、身体は大丈夫なのか?」
「はい! いろいろとご迷惑をおかけして、本当にすみませんでした」
「迷惑だとか思っちゃいねぇよ!」
「フィリアさん、本当に体調は大丈夫なんですか?」
「はい! もう元気いっぱいです!」
ニコちゃんを抱えているので、右腕だけでガッツポーズを作って見せる。
「やせ我慢してんじゃねーのか?」
「してません! ピンピンしてます!」
本当にもう大丈夫なんだけど、どうしたら信じてもらえるんだろうか?
ぐぅうううううううう……
突然腹の虫が鳴り響いた。
グレイグさんたちに信じてもらうにはどうしたらと考えていた私の顔に、一気に熱が集まる。
なぜ! このタイミングで鳴り響くんだ!? 私の腹よ!?
「……プッ! あはははははは!!」
グレイグさんが吹き出して笑いだした。それにつられてセレナさんやアルドくん、ディックたちも笑い始めた。
めちゃくちゃ恥ずかしい!!
恥ずかしさのあまり唸っていると、グレイグさんに頭を撫でられた。
「お前昨日から何も食ってねぇもんな! 腹が減るのも当然だ!」
「確かに元気いっぱいだな、フィリア」
ぐぬぬ……。キールさん、絶対バカにしてるでしょ!
ガルアさんは腹抱えて笑ってるし、ディックもニヤニヤしてるし! もう!
「ちと早いが夕飯にするか!!」
グレイグさんは大笑いしながら、夕飯の準備のために食堂に入って行った。「手伝うわ」と言って、セレナさんがあとをついていく。
「今日の夕飯は何だろうねぇ」
「腹ペコフィリアに飯取られねぇようにしねーとな」
「そんなことしません!」
ぞろぞろとディックたちも食堂に入って行く。ガルアさんはまだ笑っていた。いい加減、笑いすぎじゃないですかね?
「ほら、ニコ。いい加減フィリアさんから下りろよ」
まだこの場に残っていたアルドくんが、私が抱いているニコちゃんに声をかける。
私が盛大にお腹を鳴らしてみんなが大笑いしている間も、ニコちゃんはずっとぐずぐずと泣いていた。もう肩がニコちゃんの涙でぐっしょりと濡れている。
「ニコちゃん」
優しく声をかけてみれば、ニコちゃんの小さな肩が揺れた。
それからゆっくりと顔を上げて私の方を見たニコちゃんの目は、痛々しいほどに真っ赤になっていた。その様子に胸が痛む。
「たくさん心配かけて、ごめんね」
私がそう言うと、ニコちゃんは首を横に振った。
「ニコちゃん」
もう一度、私はニコちゃんの名を呼んだ。
ニコちゃんが私を見てくれた。
「ただいま!」
そう言って笑えば、ニコちゃんの目からまた涙が零れてしまった。
泣かせてしまったと私が慌てていると、ニコちゃんは私の首に抱きついて涙声で言ってくれた。
「おかえり。おねえちゃん」




