第1話 どうやらゲームの世界に転生したようです。
その日もいつも通りに起きて、いつも通りにご飯を食べて、いつも通りに両親に「いってきます」と言って登校したはずだった。
鼻歌混じりに歩いて、目の前の信号が赤になったのに気づいて立ち止まる。
帰ったら何をしようかな? 撮り溜めてるアニメを見ようか、それとも大好きなあのゲーム……いや、どっちもかな? なんて呑気に考えていたら、目の前に暴走車が。
順風満帆とは言わないけれど、それなりに楽しかった私の人生は、呆気なく幕を下ろした。
――はずだった。
「フィリア!!」
私の顔を心配そうに覗き込んでいる少女と少年。
ゆっくりと身体を起こせば、少年が背中を支えてくれた。
「ありがとう、ジュード」
黒髪に灰色の瞳のこの少年の名は、ジュード・マティール。私の幼馴染。
「フィリア……」
「心配かけてごめんね、ルーラ。私は大丈夫だよ」
茶髪に青い瞳のこの少女の名は、ルーラ・ペタス。私のもう一人の幼馴染。
私は木に登って降りられなくなっていた猫を助ける為に木に登り、足を滑らせて落ちて地面に頭を打ちつけて、どれくらいかはわからないが気絶していた。後頭部が今もズキズキと痛んでいる。
しかし、その衝撃のおかげと言うべきか、私は前世の記憶を思い出した。
私の名前はフィリア・メルクーリ。
このサンザシ村に暮らす平凡な16歳の少女だ。
そして、この世界は私が前世で何度も遊んでいた大好きなゲーム「オリヴィリア」の世界。
私はこのゲームのヒロインに転生――などしていなかった。
誰だ“フィリア”って!?
誰だ“ジュード”って!?
誰だ“ルーラ”って!?
そんな名前のキャラはゲームでは一切登場していなかった!
私は思わず頭を抱え込む。
なぜよりによって転生したのがヒロインではなくモブキャラなのか!?
せっかく大好きなゲームの世界に転生できたというのに、これでは推しキャラとのキャッキャでウフフなハッピーライフを過ごせないじゃないか!!
ああ、なんだか頭痛が酷くなってきたような……。
頭を抱えて自分の今置かれた状況を嘆いていた私は、そのままフッと意識を手放した。
「え!? フィリア!?」
「おい、しっかりしろ!! おい!!」
◇ ◆ ◇
次の目を覚ました時、私はベッドの上にいた。
ここは私の部屋だ。おそらくあの後ジュードが運んでくれたのだろう。あとでお礼を言わなければ。
私は、木製の天井を眺めながら考える。
私が転生したのは、前世でプレイしていたゲーム「オリヴィリア」の世界。
シリーズ化されている恋愛要素有のファンタジーRPGゲームで、私は全シリーズプレイ済みだ。
私が転生したのはシリーズ一作目の世界。記憶喪失の主人公が、ドラセナ大陸のサルビアという町の近辺で倒れていたところを攻略対象キャラであるジークに助けられるところから物語は始まり、世界征服を目論むルーイン帝国を倒す事でこのゲームはクリアとなる。
このゲームはサルビアを中心に物語が繰り広げられ、単純に魔物を倒してレベルを上げてルーイン帝国を倒すだけではなく、クエストや恋愛攻略などたくさんの要素も盛り込まれていて、私は帝国を倒す為のレベル上げと攻略対象キャラとの恋愛に力を注いでいた。このゲームは主人公の性別が選べるので、男主人公を選んだ場合は女性キャラとの恋愛模様が、女主人公を選べば男性キャラとの恋愛模様を楽しむことが出来る。
私のこのゲームの一作目の推しキャラは“ジーク・スティード”だ。
彼はイケメンで面倒見が良く、若干18歳ながら冒険者ランクAの有名人。
前世を思い出す前の私は一度、母親と一緒にサルビアに出かけた際にジークの姿を見かけている。
なぜ彼の姿を見た時に前世の記憶を思い出さなかったのか!? 後悔先に立たずとはまさにこの事。
とにかく、前世の記憶を思い出せた以上、これから私が取るべき行動は一つ。
「フィリア! 良かった、目が覚めたのね……」
ギィッと音を立てながら部屋の扉が開かれ、水の入った桶を持った母ユフィアが入って来た。
「お母さん……」
燃えるような紅い髪と、それとは対照的な海を思わせる深い青色の瞳をした美人な母親だ。その上とても優しくて、大好きで自慢のお母さんだ。ただ残念な事に、私が母から受け継いだのは髪色だけで、顔立ちはあんまり似ていない。……美人なお母さんの血を色濃く継ぎたかった。
ベッドの傍らに座ったお母さんが優しく頭を撫でてくれる。とても気持ちが良くて、このまま眠りについてしまいそうになる。
「フィリア!!」
ウトウトし出した時、バーンッと大きな音を立てて部屋の扉が開かれた。びっくりしてお母さんと共に扉の方を見てみれば、父親であるカルムがぜえぜえと荒い呼吸を繰り返しながらそこに立っていた。
「お父さん……」
「あなた! フィリアの怪我に響くでしょう!?」
おお、お母さんが怒った。お父さんは怒られて身を小さくしている。
「大丈夫だよ、お母さん。心配かけてごめんね、お父さん」
助け舟を出してやれば、お父さんはわかりやすく顔色を良くした。お母さんが私の頭の傷を心配して怒ってくれたのもわかるが、それだけ娘である私の事を心配してお父さんは駆けつけて来てくれたのだ。今回ばかりは大目に見てやってほしい。
栗色の髪に緑色の瞳のイケメンな父親――ではなく、平凡な顔つきの父親。私の瞳の色と顔立ちは父親譲りだ。お父さんはお母さんと娘の私を本当に大事にしてくれていて、少しお母さんに尻に敷かれてる感はあるけれど、お父さんも私にとって大好きで大切な存在だ。
「お父さん、お仕事は……」
「ああ、無理して起きるな。娘の一大事に呑気に仕事なんてしてられないよ」
身体を起こそうとした私を制止したお父さんは、先ほどのお母さんと同様に私の頭を優しく撫でてくれた。
「本当にごめんなさい……」
「謝らなくていいんだよ。今はゆっくりとお休み」
うん、と頷きそうになった私は、大事な事を思い出した。
先ほどお母さんが部屋に入って来る前に決めた、私のこれからの事。ちょうど両親が揃っている今、伝えなければ。
私はそれを伝える為に身体を起こし、両親に向き合った。
「二人に伝えたいことがあります」
「どうしたの? 改まって……」
緊張する。
私は一度深呼吸して気持ちを落ち着かせてから言った。
「私、この村を出る。そして、冒険者になる!」




