第2話【崩壊しかけた舞踏会】
やがて廊下は終わりを迎え、立派な扉がフェイたちの目の前に立ち塞がっていた。
天鵞絨張りの扉である。随所には金で作られた装飾品があしらわれ、絢爛豪華な仕様となっていた。
試しに【鑑定眼】のスキルでお値段を確認すれば、なかなかいい金額が算出された。貴族の屋敷っぽい場所を再現しているのだろうが、現れるのは幽霊ばかりである。ちょっとやだ。
「開けてみますか?」
「お願い!!」
赤色の銃火器を装備し、扉の脇に隠れるドラゴ。そのすぐ側ではアルアが同じように緑色の狙撃銃を装備し、メイヴもまた黄金色の回転式拳銃を構えていた。この先で待ち受ける敵の存在に警戒している模様だ。
さすがSSS級探索者たちと言うべきだろうか。ご主人様のユーリもフェイの背後に隠れながらも、銀色の散弾銃を取り出して戦闘準備を整えていた。相手が幽霊でもちゃんと踏破するという意思は感じられる。
フェイは囮として、それから唯一の男性として覚悟を決め、埃を被った天鵞絨張りの扉に手をつける。それから軽い力で押せば、扉は簡単に開いた。
「わ」
ギィ、と蝶番が軋む音と共に扉が開き、その向こうから弦楽器の演奏が聞こえてきた。
古びた弦楽器を自在に操る半透明の音楽家たちが、舞踏会でよく聞くような音楽を奏でているのだ。広々とした部屋の奥にはパイプオルガンまであり、舞踏用の音楽に荘厳な雰囲気を足している。
天井は高く、埃を被った垂れ幕の隙間を子供の幽霊が楽しそうに飛び回っている。荘厳な音楽に合わせてドレスや燕尾服を着た半透明の人間たちがくるくると楽しそうに踊っていて、ダンス会場の隅ではどこか腐った食事が銀の皿に盛られて大量に並べられていた。
「ウチが主催するダンスパーティーよりも豪華ですね」
「私の家でもここまで盛大にはやらんがな。成金趣味の貴族でもあるまいし」
アルアとメイヴが、揃って目の前に広がるダンス会場に評価を下す。
奴隷である以前にど田舎の民宿出身のフェイからすれば、舞踏会などおとぎ話で見かける以外にない。本当に豪華な演奏が会場を支配し、人々が楽しそうに手を取り合いながらダンスを楽しみ、食事が山のように出てくるのかと感動を覚える。
ただし、参加者が全員幽霊でなければの話だが。近くを通りかかった給仕の幽霊は、眼窩から目玉が外れた状態でシャンパンの酒盃を大量にお盆で運んでいた。その状態でよくもまあ歩けるものだ。
フェイは「マスター」と呼びかけると、
「凄いよ、マスター。幽霊たちが踊ってるよ」
「……本当だねェ」
フェイの背中からひょっこりと顔を出したユーリは、
「でも幽霊であることには変わらないね。とっとと抜け出したいとこほだよ」
「うん、分かってる。――でも」
フェイは周囲をぐるりと見渡す。
どこにも次の階層へ繋がる道がないのだ。会場に扉もなければ廊下もない。まさか反対方向に来てしまったのだろうか。
そんなはずはない。後ろへ進めばあの雪原の中を泳ぐ鮫がいる銀世界へ逆戻りだ。あの極寒の世界は出来れば二度と経験したくない場所である。
この会場のどこかに隠されているのだろうか、とフェイはダンス会場に足を踏み入れるのだが。
「なぁにあの見窄らしい格好」
「舞踏会に相応しくないわ」
「摘み出せ」
「追い出せ」
音楽が唐突に止み、楽しく踊っていたはずの幽霊たちが一斉にフェイたちを睨みつけてくる。何が彼らの地雷に触れたのだろうか。
慌ててフェイは会場に踏み入れた足を引っ込め、急いで扉を閉めた。幽霊たちの批判はしばらく続いたが、フェイが扉の向こうに姿を消した為に再びダンスパーティーを楽しみ始める。
聞こえだした豪華な演奏に、フェイは安堵の息を吐いた。これで追いかけられたら溜まったものではない、フェイにも心的外傷が残ってしまう。
「どうやら正装をしなければ通れそうにないようですね」
緑色の狙撃銃を抱えるアルアは背後へ振り返り、
「ちょうど、あそこの部屋の扉が開いています。あの場所で着替えを探してみましょうか」
「着替えって、ドレスとか燕尾服とか?」
「まともなものはないでしょうが、あの幽霊たち全員を相手にするよりマシです。ボロボロな布はユーリ殿に綺麗にしてもらいましょうれ
フェイは「マスターは納得するかなぁ」と背中に張り付くご主人様の様子を窺うと、
「仕方がないね、必要経費だよ」
「いいんだ」
「幽霊を相手にしなくていいならしたくないのさ、アタシは。ドレスでそれが免除されるならやる他はないだろう?」
ユーリも幽霊が犇めく舞踏会を突破する為に、普段は着ないドレスの着用を決めるのだった。ボロボロになったドレスも彼女のスキル【強欲の罪】に言えば新品同然になることは間違いない。
ご主人様がやるなら、フェイもまた燕尾服を着なければならない。燕尾服など着たことがないし、舞踏会の作法も知らないのだがいいのだろうか。
まあ問題ないだろう。会場に入ればこっちのものだ。
「フェイ殿の衣装は私が見繕いましょうか。ダーリンのお世話もお嫁さんのお仕事ですもんね」
「マスターはどんな奴がいい? 俺、エスコートする自信がないんだけど教えてくれる?」
「任せな、フェイ。アンタに似合う燕尾服を選んでやるさね」
「私の話は無視でイタタタタタタタタタタタタタ」
変なことを言ってアルアを無視したフェイは、会場を突破する為の衣装を探すのだった。




