第6話【ヌシ】
雪原を自由に泳ぐ鮫が、フェイたちの乗る木製の帆船へ食らいついてくる。
手摺に近づけば、すぐさま鮫の腹の中に収まるだろう。かろうじて真ん中に集まるが、いつ鮫が甲板に飛び乗ってくるか分かったものではない。
頭上をぴょんぴょんと飛び交う鮫の群れに、フェイは早くも遠い目をしていた。こんなのありか。
「わあ、しかもいいお値段……」
フェイのスキルである【鑑定眼】は、しっかりと頭上を飛び交う鮫の値段を算出していた。
一匹の値段はそれぞれ違うが、大体五〇万ディールから七〇万ディールと言ったところか。これだけ鮫が泳いでいるのだから、きっと全て食らってご主人様のスキル【強欲の罪】に捧げてしまえば凄い値段の貯蓄が捗るだろう。
適宜スキルを使って鮫を吹き飛ばすユーリは、
「フェイ、どうだい?」
「大体五〇万から七〇万ぐらいかな」
「もう少し上がらないかい?」
「上がる要素がなぁ……」
そう、上がる要素がまず見つからないのだ。鮫の価値が上がる要素とは一体何なのか、とフェイは悩む。
「争わせてみる!?」
赤い銃火器を構えたドラゴがそう提案してきた。
握り拳がすっぽりと収まる大きな銃口と、継ぎ目がない玩具のように見える銃火器だ。拳銃でも散弾銃でもなければ、狙撃銃でもない。まるで小型の大砲を思わせる大振りの銃火器である。彼女のスキルである【憤怒の罪】によって作られる代物だ。
この状況を打開するなら、メイヴの【傲慢の罪】で鮫を従えさせるかドラゴの【憤怒の罪】で仲間割れを引き起こした隙を突くしかないだろう。現状、メイヴに打開策を頼めばユーリの機嫌を損ねる原因を作りそうだし、ドラゴの提案はありがたかった。
「ドラゴさん、お願いします!!」
「分かった!!」
「ゥオイ!! 何故、私に頼まんのだ!! 私もこの状況を打開できるスキルを持っているぞ!!」
黄金色の回転式拳銃を振り回して主張してくるメイヴに、フェイは素直に「ごめん、メイヴさん!!」と謝った。
「メイヴさんに頼んだら『助けてやったんだから何かをしろ』って言われそうでやだ!!」
「私の考えが読まれている、だと……ッ!?」
「あ、やっぱり」
驚愕するメイヴに、フェイはそっとため息を吐いた。やっぱりそういう魂胆で助けようとしていたのか。まあ、アルアも「一発撃ち切りでなければ私だって……」と対抗心を燃やしていたので、そうだろうとは予想していた。
ご主人様のユーリはメイヴを睨みつけ、鮫そっちのけで今にも襲い掛かろうとする雰囲気があった。せめて耐えてほしい。
そんな傲慢の罪を背負う少女を無視して、フェイから依頼を受けたドラゴが赤い銃火器を鮫の群れに突きつける。雪原の中を自由に泳ぎ回っていた鮫たちは、また木製の帆船に襲いかかるべく雪の中を潜った。
「雪の中に隠れても無駄だァ!!」
普段の溌剌さから想像できない怒声を叩きつけ、ドラゴは赤い銃火器の引き金を引く。
雪の中に潜っていたとしても、七つの大罪の名前を冠するスキルは遺憾なく発揮された。やはり反則的に強力なスキルである。
ざばり、と雪の中を掻き分けて頭を突き出した鮫たちが互いに互いを見つめ合う。【憤怒の罪】によって怒りを触発された鮫の集団は、ゾロリと鋭い牙が生え揃った大きな口を開けて他の仲間たちに噛みつき始めた。
「ぎゃあああああああああああああ!!」
「ぎぃ、ぎぃ、ぎぃいいいいいいいい!!」
「ぎゅうううううううううううううッ!!」
怒りに満ちた絶叫、痛みによる断末魔を雪が絶え間なく降り注ぐ曇天に響かせて、鮫たちは互いに互いを潰し合っていた。鋭い牙が味方の身体を食い破り、食い千切り、鮮血が雪の上にパッと飛び散る。
フェイはその隙に【鑑定眼】を発動させる。
もうあるんだかないんだか分からない船の手摺から少しだけ身を乗り出し、仲間割れをしている鮫たちの値段を算出。先程までは五〇万から七〇万という中途半端な数字だったが、今は割と値段が上昇していた。
「マスター、値段が上がってるよ!!」
「よしフェイ、吸い込みな!!」
「うん!!」
フェイはご主人様から賜った銀色の拳銃を争い合う鮫たちに突きつけ、
「シルヴァーナ、頼む!!」
さながら肉食獣が獲物に食らいつくかの如く、銃口が縦に割れて広がる。生き物の口のように広がった銃口から風が吹き、巨大な鮫が次々と銀色の拳銃に飲み込まれていった。
耳障りな絶叫を残して飲み込まれた鮫たちの値段は、一匹あたり九〇万から一〇〇万程度となっていた。先程よりもかなり上がった。鮫たちは戦わせれば値段が上がるのか。
ご主人様のスキル貯蓄に貢献できたフェイは「ふぅ」と息を吐くが、メイヴが何故か悲鳴を上げた。
「何だそれは!! 何だそれは!!」
「え?」
「貴様、何故に【強欲の罪】の拳銃を持っている!?」
メイヴはフェイの持つ銀色の拳銃を指差し、
「そんな馬鹿な真似が出来るか!?」
「うるさいねェ、鮫の餌にでもすればよかったかい」
「あいたァ!!」
ユーリがメイヴの頭を銀色の散弾銃で思い切りぶん殴り、フェイに歩み寄ってきた。あわやメイヴと同じ扱いを受けるかと思いきや、彼女の手はフェイの頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。
「よくやったよ、フェイ」
「ん、ありがとマスター」
ユーリのナデナデを享受するフェイだったが、
「――誰だ、雪の海で騒がしくする馬鹿タレどもは」
どこからともなく聞こえてきた嗄れ声に、誰もが動きを止める。
ざぶん、と雪原に突き出た鮫の鰭。ただしそれは先程の鮫たちよりも巨大であり、それから傷だらけでもあった。この雪原という強敵犇めく世界で勝ち抜いてきた猛者の雰囲気だ。
船の上から近づいてくる巨大な鮫の鰭をじっと観察していたフェイたちは、次の瞬間、この階層の主と対峙することとなる。
「騒がしくする奴は食ろうてくれるわ!!」
雪原を掻き分けて現れたのは、全身が傷だらけで片方の眼球も潰された超巨大な鮫だった。




