第2話【雪原行軍】
しんしんと雪が降る。
足音だけが静かな雪原に落ち、真っ白な大地に人間のものと見られる足跡が刻まれる。ただし足跡は目印にすらならず、曇天から絶えず降り注ぐ雪によって徐々に掻き消されてしまう。
突き刺すような寒さが探索者たちの体力を容赦なく奪い、彼らはいつしか無言になる。目の前に広がる銀世界は、絶望を与えるのに十分すぎた。
「……雪合戦したいなぁ」
金髪に降り積もった雪を払い落としながら、フェイがぼんやりと呟く。
今までの『体力を容赦なく』云々の下りは、一般の探索者だったらという注釈が入る。だがこの場にいるのは数々の迷宮区を踏破してきた猛者たちだ、こんな雪景色程度で絶望している暇はないのだ。
思った以上にサラサラな雪をギュッと固めて「それッ」とフェイは雪玉を投げる。近くにあった針葉樹にぶち当たり、衝撃で枝に積もっていた雪がドサドサと落ちた。
その様子を見ていたご主人様のユーリは、
「意外とコントロールがいいんだねェ」
「雪合戦は誰にも負けなかったよ」
故郷では意外と雪が積もるので、近所の子供たちと一緒に雪合戦をして遊んだものだ。フェイの投げる雪玉は的確に子供たちにぶち当たるので『雪合戦の鬼』とか『狩人』とか呼ばれたもの。
奴隷となってしまった今では懐かしい思い出である。別に後悔はないのだが。
すると、ドラゴも「そうなの!?」と瞳をキラッキラと輝かせながら言った。
「あたしもやってたよ、雪合戦!!」
「本当ですか?」
「あたしは弱かったんだよね。でも雪玉に石を仕込んで殴りかかったりはしたよ!!」
「それはよかったんですか?」
雪玉に石を仕込んだ上で殴りかかるとか聞いたことのない戦術を聞かされ、フェイはちょっと混乱した。もうそれは雪合戦ではなく、ただの合戦である。子供の遊びではない。
そうなると、ドラゴの子供時代は何をして過ごしていたのだろうか。雪合戦の時に石を仕込んだ雪玉で突撃するぐらいだから、きっとガキ大将的な過ごし方だったのだろうかと邪推してしまう。
ドラゴは「真似しない方がいいよ!!」と言い、
「血がめっちゃ出て親に怒られるからね!!」
「でしょうね」
「でもムカつくクソガキだったからやったんだけどね!!」
「すみません、それ本当に子供時代の話ですか?」
「だいぶ前になるけど、あたしが大人になってからだよ!!」
全然大丈夫な話題ではなかった。分別のつく大人になってからの暴力だっだ。
となると、親に怒られたということは被害者の両親ということになるだろうか。石が仕込まれた雪玉を投げつけられた子供の怪我の具合が心配である。
笑うドラゴの懐でぬくぬくと暖まるアルアは、
「だいぶ眠くなってきた……」
「お嬢、こんなところで寝たら凍死するよ!! そうなったら置いていくね!!」
「そこは助けてくださいよ……」
モゾモゾとドラゴの着ている外套に包まるアルアは、そっと小さな手を外套の下からフェイに伸ばしてきた。
「フェイ殿……いいえダーリン……私を暖めてくださいな……?」
「戯言が聞こえるねェ、このまま置いていくかい?」
まだ敵の影すら見えないのに銀色の散弾銃を抜き放ち、その銃口をグリグリとアルアに押し付けるユーリ。本当に雪の中でも元気なものだ。
さすがに命の危機でも感じたのか、アルアは「置いていかないでください……」なんて言いながら手を引っ込めた。懲りない人である。
フェイはぐるりと周囲を見渡すと、
「あ」
「どうしたんだい、フェイ」
「小屋がある」
フェイの視線の先には、雪景色の中にポツリと佇む丸太を組み上げて作られた小屋があった。
雪が積もった針葉樹がポツリポツリと立ち並ぶ、酷く殺風景な世界で小屋の出現である。罠だとは思うが渡りに船だ、あの小屋で少し休んでいこう。
数々の迷宮区を踏破して体力に自信のあるフェイやユーリ、ドラゴやアルアでも寒いものは寒いのだ。少しでもいいから暖まって、この極寒の迷宮区を突破したい。
「いいねェ、少し休んでいくかい」
「ちょうどお嬢を抱えているから疲れてるしね!!」
「ユーリ殿が防寒具を出してくれれば……それかダーリンが私を抱えてくれれば万事解決なのでは……?」
「凄いねェ、戯言がまだ聞こえるよ」
「お嬢、今度口を開いたらここに置いてくね!!」
「すみませんでした……」
そんな軽口を叩きながら――いやユーリとドラゴでタッグを組み、ふざけたことをいつまでも抜かすアルアを責め立てながら、雪の中に立つ小屋を目指す。
罠だとしたら小屋が遠ざかっていくかと思ったが、フェイの【鑑定眼】でもきちんと小屋と表記されるし値段もそこまで高いものではない。かと言って安くもないので微妙なところだ。
あとは扉を開けた瞬間に襲い掛かられる、という真似は避けたいところである。
「マスター、俺が扉を開けるね」
「敵なんかいないよ、フェイ」
「でも念の為だよ」
小屋の前に到着し、この中で唯一の男性であるフェイが小屋の扉を開けた。
ギィ、と蝶番が軋む音。
僅かに開いた扉の隙間から暖かな空気が流れ込んでくる。凍てつく寒空を歩いてきた身体に染み込むような暖かさだ。
「あ」
「…………」
小屋に設置された立派な暖炉の前に、何故か薄着の状態の見知った金髪ロリッ娘がいた。おそらく上着等の装備品は、煌々と明かりを落とす暖炉の前で乾かしていることだろう。
金髪ロリッ娘はあんぐりと口を開けて固まり、それから自分の平坦な胸元を腕で隠す。確かに彼女の衣服は濡れていて、その下に秘められるべき下着が透けていたのだが、これに関してはフェイに罪などない。
数秒間でフェイが出した次の行動は、
「お邪魔しました」
扉を閉ざす。
見てはいけないものを見てしまった。
一刻も早くご主人様たちに異変を伝えなければ。
「き、貴様ぁ!! 責任を取れぇ!!」
「ぎゃーッ!! み、見間違いじゃなかったー!!」
小屋を飛び出してきた金髪ロリッ娘――メイヴ・カーチスに飛びつかれて、フェイは悲鳴を上げるのだった。
ご主人様がすぐに助けてくれたので責任を取るようなことは一切なかったのだが、正直な話、見たくもないものを見せつけられたフェイの方が被害者ではないのか。いやよく小屋を確認しなかったフェイも悪いのだが。
ユーリとメイヴによる取っ組み合いの側で、フェイは「運が悪かった……」と嘆くのだった。




