第5話【怠惰と憤怒の合流】
「それにしても……ユーリ殿と合流できたのは幸いです……ドラゴはともかくとして……私は完全に支援系なので……」
「アンタは一発撃てば終わりじゃないかい。【怠惰の罪】は一回使えば睡眠欲を溜めるのに三日ぐらいはかかるだろう?」
「威力は弱まりますが……撃てなくもありませんよ……」
撃った相手を強制的に睡眠状態とさせる強力なスキル【怠惰の罪】は、その発動条件が厳しい。発動する際に犠牲となるものはスキル所有者の睡眠欲であり、眠ければ眠いほど強力な睡眠状態にさせることが出来るのだ。
それはたとえ迷宮主相手にも例外ではないのだが、残念なことに一度発動すると睡眠欲のほとんどが解消されてしまうので発動は一度切りという使い勝手の悪いスキルである。そもそもユーリの【強欲の罪】でも代用できてしまうので使いどころはさらにないと言っていいだろう。
車椅子に腰掛ける深窓の御令嬢――アルアは、眠たげにぐらぐらと頭を揺らしながら言う。
「ユーリ殿がいれば前衛をやってもらえますしね……やったぜ……私はダーリンと安全地帯でのんびりやってますので……野蛮な……いえ……現役で探索者を続けているユーリ殿に戦場はお任せしましょう……」
「野蛮なって言ったろう、今」
「気のせいではないんですか……」
アルアは小さな手をフェイに伸ばして、
「さあダーリン……愛しのハニーにハグをしてくださいな……」
「え、普通に嫌ですけど」
フェイはお断りが出来る男になっていた。
アルアに関わると間違いなくユーリの機嫌が悪くなるし、フェイの中での優先順位はユーリとその他大勢の間に越えられない壁が三枚ほどある。アルアがフェイの主人ならまだしも、彼女はフェイに関係のない人間だ。
明らかにショックを受けるアルアへ、車椅子を押すドラゴからさらなる追い討ちが仕掛けられる。ポンと大きな手のひらがアルアの小さな頭に乗せられ、それから容赦なく五本の指先に力が込められる。
「はいギューッ!!」
「イタタタタタタタタタタタタタ」
「お嬢は懲りないねー!! そろそろその頭はいらないんじゃない!?」
「止めなさいドラゴ……止めなさいってば……貴女は最近になって遠慮がなくなってきましたね……」
「お嬢が悪いからね!!」
頭をギチギチと締め上げてアルアを大人しくさせてから、ドラゴは「ごめんね!!」と謝ってくる。
「あとでお嬢にはキツイ折檻をしておくからね!!」
「ドラゴさんもアルアさんに遠慮がなくなってきましたね。どういう心境ですか?」
「お嬢の親御さんから言われてんだ!! 娘を真っ当な子にしてくれって!!」
快活を通り越してもはや狂気しか感じられない笑顔を見せるドラゴは、
「特に他所様へ迷惑をかけるような娘にはさせるなって言われてるからね!!」
「だからって頭を締め上げることはないでしょう……」
「文句は親御さんに言おうね!!」
「イダダダダダダダダダダダダダダダダダダ」
ギチギチと、ギリギリとアルアの頭を容赦なく締め上げるドラゴにフェイは若干の恐怖を覚えた。ちょっとばかり目の前の光景が狂気的だった。
ただ、フェイもアルアとドラゴの合流は願ってもないことだった。
アルアはまあフェイにとって危険人物一号とも呼べる存在だが、ドラゴは頼りになる探索者である。この大迷宮【アビス】もユーリの力だけでは乗り越えることが困難になる場所もあるだろう、互いに協力が出来れば万々歳だ。
「ドラゴは【アビス】に何の用だい?」
「お嬢の付き添いなんだけどね!! どうせ一週間で吐き出されるなら置いていこうかなって思ってる!!」
「部下から反旗を翻されそうです……フェイ殿助けて……」
「もっと頭を潰す勢いで握った方がいいかな!?」
ドラゴはアルアの頭を握る手に力を込め、本気で頭を握り潰そうとする。部下に反旗を翻されたアルアは悲鳴を上げて車椅子の上でジタバタと暴れていた。自業自得である。
フェイの貞操はドラゴがいる限り平気そうだ。いざとなれば【鑑定眼】で値段をつけて【強欲の罪】の生贄に捧げる所存である。
ユーリは「そうかい」と頷くと、
「踏破が目的なら共闘しようかい?」
「いいの!?」
「アルアのスキルはまあ一回こっきりだとしても、ドラゴのスキルは使いどころがあるかもしれないしねェ」
ドラゴのスキル【憤怒の罪】は、自分自身の怒りや苛立ちを犠牲にして相手の怒りを煽るスキルだ。【怠惰の罪】よりマシな犠牲となるが、便利なのは勝手に仲間割れを引き起こしてくれることだろう。
相手が一人の場合は適用しても戦うのが困難になるだろうが、相手が複数で行動すれば互いに互いを潰し合ってくれる便利なものだ。余計な戦闘を避け、潰し合った際に積み重ねられた死体も価値あるものとして鑑定できる一石二鳥なスキルである。
この先、ドラゴのスキルが必要になってくる場面もある。探索者としての実力も申し分ないので、共闘してもらえるのはありがたい限りだ。
「俺も是非お願いします」
「ワンコ君もそう言うなら一緒に行かせてもらおうかな!! ちょうどこの車椅子の御令嬢さんに苛立っているしね!!」
「弾丸の貯蔵も十分じゃないかい。よかったねェ」
「私は何もよくありません……」
頭を押さえてしくしくと泣き真似を披露するアルアは、
「この先に……この階層の主がいます……次の階層を目指すのにも早めの突破が必要なのでは……?」
まだまだ先は長いのだ、ここを早く突破しなければ【アビス】の最深部まで辿り着けない。あとどれほど階層があるのか分からないのだ。
大迷宮【アビス】が開放されている期間は一週間である。それまでに最深部へ辿り着き、ユーリの踏破記録に輝かしい歴史を残すのだ。
ユーリは残りの熊肉を口の中に放り入れると、
「フェイ、片づけな。行くよ」
「了解」
調理道具をユーリから授かった銀色の拳銃を使って片づけ、フェイは出発の準備を整えるのだった。




