第3話【魔石を生やした熊】
「があああああああああああああああああッ!!」
身体中に魔石が埋め込まれた熊は、鋭い牙がぞろりと並んだ口から咆哮を放つ。耳障りな絶叫が竪穴全体に響き渡った。
「こっちだ熊あああああッ!!」
鋭い爪を振り上げる熊の脇をすり抜けて、フェイは身体能力を余すところなく使って逃げ回る。
熊の体表から突き出た魔石を【鑑定眼】のスキルで見てみると、意外といいお値段がするようだ。早速だが、ご主人様から賜った銀色の拳銃を使う時が来たらしい。
銀色の拳銃を熊に突きつけ、フェイは【鑑定眼】で確認できた値段を口にしてから拳銃に命じる。
「五万八〇五五ディール、シルヴァーナ食らえ!!」
銃口が縦に割れ、まるで獣の口のように拡張される。広がった銃口から風が吹き、熊の体表に埋め込まれた魔石がベリベリと皮ごと剥がされた。
熊がいたそうな絶叫を迸らせる。皮を剥がされた部分は血が滲み出していて、痛みを怒りに変換して熊が鋭い爪を振ってくる。
拳銃に五万八〇五五ディールというなかなかいいお値段が貯蓄される。おそらくこの金額はご主人様であるユーリのスキル【強欲の罪】に直結しているのだろう。囮として走り回りながら、弾丸として金銭をせこせこ稼いでいけばいい。
「よし次は、ッとお!?」
慌てて膝を折れば、熊の爪がフェイの頭上を通り抜けていった。金色の髪が何本か舞う。
熊の眼球は血走っていた。フェイを敵として認識しているのは明らかである。
拳銃を落とさないように両手で握りしめながら走り、熊から距離を取る。次にいい値段のする魔石を探さなければならない。
頑丈なゴーグルで守られる青い瞳を細め、フェイは熊の体表に視線を巡らせる。どれもいい値段がするのでまとめて剥ぎ取りたいところだが、その前に殺してしまった方がいいだろうか。
(それは悪手な予感がするんだよなぁ)
唾を吐き散らしながらドスドスと二足歩行で追いかけてくる熊から逃げ回り、フェイは熊の体表から魔石を剥ぎ取る方法を考える。
ああいう形式の魔物は、死んだら価値が減るという欠点が考えられるのだ。
生きている間は綺麗な魔石を生み続けるということで価値は高くなるが、死んだ途端に価値がガクンと落ちる場合が多く見られるのだ。出来ればその未来は避けたいところである。
ただ、そうするとこの拳銃で熊を吸い取るのはいかがなものか。というか吸えるのだろうか。熊全体の価値を算定するのは時間がほしいので、逃げ回りながらだと集中力が削がれてしまう。
「三万ディール装填」
銀色の散弾銃を突きつけたご主人様のユーリが、熊の背後に立っていた。
「《右腕を吹き飛ばしな》!!」
願いを叶える為の対価を捧げ、引き金を引く。
ガチン、という音と共にフェイめがけて振りかぶられた熊の右腕が、何かに無理やり切断されたように吹っ飛んだ。くるくると円を描きながら吹き飛ぶ熊の腕が、ゴツゴツとした硬い地面に落ちる。
断面から鮮血を噴き出しながら、熊は「がああああああああああああああああああッ!!」と耳障りな絶叫を上げる。
「フェイ、今のうちに右腕の値段を算定しな!!」
「了解、マスター!!」
右腕を吹き飛ばされたことで、熊の標的がユーリに移る。
唾を撒き散らしながら左腕を振るうが、痛みに支配されている影響かあまりキレはない。ユーリは持ち前の身体能力を使って熊の攻撃を回避すると、それから距離を取って熊の攻撃を回避し続けた。
フェイは、ユーリが熊の標的を引き受けてくれている隙を見計らって右腕の鑑定をする。右腕にも大粒の魔石が埋め込まれているので、本来ならそれなりのお値段になるはずだが――――。
「一〇三万五八七〇ディール……?」
意外と高かった。
魔石の他に熊の肉も売れる模様である。なるほど、熊の死体の方が売れるか。
フェイは「マスター!!」とユーリへ振り返り、
「熊は殺した方が値段が高くなるよ!!」
「一〇〇万ディール装填!! 《今すぐ死ね熊》!!」
「判断が早すぎる!!」
即座にユーリは銀色の散弾銃に貯蓄された金額から一〇〇万ディールを装填し、熊に「死ね」と命じた。
死を願われた熊は足を縺れさせて地面に倒れ込み、苦しそうに呻きながら舌をだらりと垂らして死んだ。呆気ない死に様だった。
判断が早すぎるご主人様に苦笑するフェイは、
「少しも躊躇わなかったな」
「躊躇う訳がないだろう? アンタが言うんだからやるまでさね」
「疑いもしないんだ」
「アンタを疑うなんて一度もないよ」
ご主人様からの信頼が厚い様子で、奴隷冥利に尽きる限りだ。
フェイは倒れた熊を【鑑定眼】で観察する。
大小様々な魔石が埋め込まれた熊は、熊自身の肉も含めてかなりいいお値段がした。魔石は全部で二〇〇万ディール以上はするし、熊の肉は一〇〇万ディールぐらいするだろうか。少し食べてみたいところである。
腕を組んで考えるフェイは、
「マスター、提案があるんだけど」
「何だい、フェイ。言ってみな」
「熊の肉は食べてみたくない?」
「いいねェ。フェイ、料理をしな。調味料なら出すよ」
「分かった、マスター。今日は豪快に熊肉の丸焼きだね。その前に魔石だけは全部回収しよう」
「回収作業はアタシがやるよ。アンタは拳銃を使って調理器具を召喚しな」
「了解」
探索者として毎日のように連れ回されているので、迷宮区に於ける野宿も慣れたものである。食事も現地調達が基本なら尚更だ。
フェイは早速、銀色の拳銃の能力を使って調理器具を召喚する。フライパンや包丁など必要なものが揃ったのを確認してから、包丁を手に取った。まずは熊肉の解体である。
魔石が埋め込まれた体表を引き剥がすユーリを眺めながら、フェイは落ちた右腕を手に取る。とりあえず魔石を引き剥がしてから、右腕を焼いてみよう。
「ふんふふふん、ふんふーん♪」
鼻歌混じりに右腕から突き出した魔石を包丁で抉り取るフェイは、着々と熊肉料理の準備を進めるのだった。




